10 運命の再会

 ……ギャオォォォォォォォォォーーーーンッ!?!?


 ワイバーンは何が起こったのかわからないような絶叫とともに、空中で大きくのけぞる。

 乗っていた男は放り出され、尾を引くような悲鳴とともに村のはずれにある森へと消えていった。


 ワイバーンは滞空を維持できなくなり失速、きりもみしながら急降下していく。

 上空では嵐が巻き起こり、雲が激しく渦を巻いていた。


 ワイバーンが墜落した先は村の近くにある岩山で、剣のような峰にどてっ腹を貫かれる。

 逃げだそうと翼を暴れさせ、虚空を掻きむしるワイバーン。しかし、逆に深く埋没していった。


 あたり一帯を震撼させるほどに激しくもがいていたが、やがて動かなくなる。

 串刺しになったその姿に、世界は言葉を失っていた。


 やってのけた張本人だけが、かわらない平静を保っている。


「ワイバーンを串刺しにするのは久しぶりでしたが、うまくいきました」


「ま……まさか、狙ってやったの……!?」


 マドカの驚愕を、酒場の店主が引き継ぐ。


「は……ハイランダーズのワイバーンを……! 長年この村を苦しめてきたヤツを、蚊みたいにあっさり殺しちまうなんて……! はっ……!? ま……まさかアンタ……伝説の竜殺しといわれた、『ドラゴン線香アロマ』……!?」


 オッサンの二つ名が飛びだした途端、ハイランダーズの面々は「ひぎいっ!?」とひっくり返っていた。

 彼らはいっせいにひれ伏し、額を地面にこすりつける。


「まままま……まさか、テメ……いや、あなた様があの、ドラゴン線香アロマだったなんて……! ど……どうか、お許しを……! 命ばかりはお許しくださぃぃぃぃーーーーーーーーーっ!!」


「そうですか。なら、なにをすべきかはわかりますよね?」


 Vの冷たい一言に、ハイランダーズたちはすぐさま四つん這いになり、先を争うようにヒツジのマネをはじめた。


「めぇーっ! めぇーん! んめぇーーーっ!」「お、面白いでしょ!? んめぇぇ!」「だ、だから許して! んめぇぇぇぇぇーーーーーーーっ!!」


 Vはもう彼らには一瞥もくれない。背を向けて、酒場の前に集まっていた村人たちに言った。


「これで、この村はしばらく平和になるでしょう」


「あ……ありがとうございます……! あなたは、この村の英雄だ……!」


 村人たちはヒザを折ろうとしたが、Vはそれを手で制する。


「ワイバーンを倒せたのは、私ひとりの力ではありません。この村のチーズが私の血肉となったからこそ、『ホーンクチーズ・グランドール・ダルパージュ』が放てたのです。ですからこれは、村のみなさんの功績でもあるのです」


「お……おおっ……!」


 伝説のオッサンにチーズを褒められ、村人たちは感涙にむせぶ。


「これからも、素晴らしいチーズを作ってください。また、食べに来ますよ」


 マドカはすっかり蚊帳の外にいたが、そんなことはもうどうでもよくなっていた。



 ――かっ……! かっけぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーっ!!



 マドカの心はヒーローを目にした子供のように、胸キュンが止まらない。

 視界には虹色の紗がかかり、オッサンはもはや白馬の王子様のように映っていた。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 そのあと、私とマドカさんは村の人たちに見送られ、フロマの村の広場から地球へと戻りました。


 特区ステーションの帰国ロビーにはマドカさんの姿はありません。

 受付のお姉さんが教えてくれたのですが、呼び出した相手は別の帰国ロビーに出るそうです。


 まぁいいでしょうと思ってひとりで外に出たのですが、時間はまだ昼過ぎ。

 特にすることもないので近所の公園でボーッとしたあと、家……キヨキ工業へと帰りました。


 そして次の日の朝、私はマドカさんに足蹴にされて目覚めます。


「ったく、いつまで寝てんの。朝ゴハンだから、さっさと起きるし」


「あ……はぁ……」


 今朝のマドカさんは、なんだか様子がへんです。

 心ここにあらずといった表情で、頬を染めたりため息をついたりしています。


 おかしいのはマドカさんだけではありませんでした。

 食卓を囲む社長や他の社員さんたちも、なんだか元気がありません。


「あの……社長、なにか……あったんですか……?」


 気になったので尋ねてみると、ハジメ社長は力なく笑います。


「今日で、キヨキ工業は最後なんだよ」


「……えっ?」


「借金を返せる目処がつかないから、うちの工場をキンガ重工に売ることにしたんだ。今日が、その契約日なんだよ。あ、心配しなくていいからね。みんなは引き続きこの工場で働けるように、話はつけてあるから。私はどうなるかわからないけど、たぶんこの家は出てかなくちゃならないだろうねぇ……」


「そんな……」


 自分の勤め先と住むところが無くなるのは、正直ショックでした。でもそれ以上に、こんなに良くしてくれた社長が路頭に迷うのが嫌でした。

 でもそう思ったところで、私にはどうしようもありません。


 私にできることといえば、なんとかハジメ社長も残れるようにお願いすることくらいです。

 食卓はすっかりしんみりしてしまいました。


「……もしかしたら、これがみんなで囲む最後の朝食になるかもしれないね」


「ちょ、オヤジ、縁起でもねーこと言うなし!」


「しょうがないだろう、本当にそうなるかもしれないんだから。だからみんな、今日は思い残すことがないように、たくさん食べてくれ! ほらほら、沈んでないで、楽しい朝食にしようじゃないか!」


 しかしそんな最後のひと時ですら、あの男は奪っていきました。


「待ってたぜぇ!! この瞬間ときをよぉ!!」


 玄関の扉が蹴破られるような音がして、板間をなにかが走ってきます。

「!?」と廊下のほうを見ると、板間にドリフトをかましながら何者かが滑り込んできました。


 その人物は身体じゅうを包帯でグルグル巻きにされていたので誰だかわかりません。

 最初に気づいたのは、ハジメ社長でした。


「ぜ……ゼット社長!?」


 続けざまに黒服の男たちがドカドカと茶の間に乗り込んできて、座卓にスロープのような台を設置しました。

 ゼット社長はそのスロープを車椅子で伝い、朝食を踏み潰しながら座卓にあがってきます。

 あまりのことにハジメ社長は二の句が告げずにいましたが、マドカさんが黙っていませんでした。


「ちょ、なに勝手にあがってきてんだよ!」


 しかしゼット社長は悪びれる様子もなく、立てた人さし指を返します。


「今日から工場もこの家も、なにもかもが俺様のものになるんだ! 俺様のものをどうしようが勝手だろうが!」


 ゼット社長はギプスの足でハジメ社長の前にあった朝食を蹴りのけると、空いた場所に書類の束を叩きつけました。


「おい、クソ野郎! その書類にサインしやがれ!」


 私は絶句してしまいます。

 工場の売却というのは、会社どうしの商取引のはず。

 ビジネスマナーに則って行なわれる事のはずなのに、こんなヤクザの殴り込みみたいなやり方をするなんて……。


「ひとが作ったゴハンをメチャクチャにして、どっちがクソ野郎だし!」


「座るんだ、マドカ!」「でも……!」「いいから座れっ!」


 マドカさんは負けじと立ち上がろうとしていましたが、ハジメ社長に一喝され、しぶしぶ腰を降ろします。

 ハジメ社長はみそ汁まみれになった顔で、ゼット社長を睨みあげていました。


「ゼット社長……前にもお願いしたとおり、うちの社員たちはキンガ重工さんで面倒を見てくれるんですよね……?」


 ゼット社長は絆創膏まみれの小指で、耳穴をほじっていました。


「しつけーなぁ、何度もそう言ってんだろ。お前んとこの社員2匹は、俺様んとこで奴隷として……」


 ゼット社長が座卓にいる面々を眺めまわした拍子に、私と視線がぶつかります。


「……!? 風船野郎がなんでこんなところにいんだよ!?」


「あ……その……」


「アユムくんは、うちの社員です」


「ははぁ、そういうことか……!」


 ゼット社長の顔が、壊しがいのあるオモチャを見つけた邪悪な子供のように、いやらしく歪みました。

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