03 我が名はV
「誰だっ!?」
ゼットはマドカと小男を床に放り捨てながら振り向く。目の前にいたのは、ジャックランタンを被った死神であった。
ふたつの世界で敵なし、怖いモノなしのゼットであったが、その威容には思わずあとずさっていた。
「なっ、なんだテメェ!?」
「あなたがゼットなら、私は
>V様キター!
>なになに、コラボ!?
>でも、あんな配信者見たことねーぞ!
盛り上がるコメント欄を横目に、死神は静かに問うた。
「ところで、それが本当にしたいことなんですか?」
「なんだと?」
「戦争のあとには、新しい世界が訪れます。このアストルテアもそうです。勇者たちによって魔王が倒されたあと、エルフ族の尽力で、アストルテアは地球と繋がりました。双方の人類にとって、新しい世界が生まれたのです」
「ああん? なにいってんだテメェ?」
眉を吊り上げるゼット。しかし死神はかまわず続ける。
「先人たちが命を賭して戦ったのは、後世の者たちにいまとは違う未来を残すためでした。若い命を戦いに費やすのではなく、したいことができる世の中にするためだったのです」
死神の口調は、志半ばで散っていった者たちの想いを噛みしめているかのようだった。
「もういちど尋ねます。先人たちの命が礎となっているこの世界で、あなたしたいことは……誰かの命を奪うことなのですか?」
「わ……わけのわかんねぇこと抜かしてんじゃねぇ! その被り物をしてるってことは、テメェも女に騙されてノコノコついてきたオヤジだろうが! エロオヤジのくせして、偉そうに説教垂れてんじゃねぇぞ! 死ねや、オラァ!」
ゼットの豪腕がうなりをあげる。丸太で城門を突くような強烈なボディブローが死神の腹の真芯を捉えた。
>Z様の必殺腹パンキター!
>アレくらって内臓破裂しなかったヤツいねーぞ!
>死神が殺されちゃったw
しかし死神は大樹のごとく微動だにしていなかった。
「なっ……!?」
と目を剥くゼット。死神は、腹にあてがわれていた拳の手首を掴んだ。
「穢らわしい……!」
次の瞬間、ゼットの手首に万力で締め上げるような強烈な圧力が加わった。
骨がヒビ割れるような音がして、ゼットは引きつれた悲鳴をあげる。
「なっ、なにっ!? ぎゃあああっ!? い、いてぇいてぇ! いでぇよぉっ!?」
ゼットは死神に掴まれた手首を、両腕の力を総動員して振りほどこうとする。
しかし相手は片手で、しかもさして力を込めている様子はないのにびくともしない。
「ぐ……ぎぎぎっ! な……なんなんだコイツ!? バケモノみてぇなバカ力だ!」
掴んだ腕を死神が少し前に倒しただけで、ゼットは苦悶の表情とともにヒザを折ってしまう。
その光景はまるで、大人と赤子の力比べのようであった。
>ま……マジ?
>Z様の必殺腹パンを受けて、立ってるどころか……!
>あのZ様に、ヒザを付かせるなんて……!
「い……ぎゃあっ!? は、はなせ! はなしやがれぇぇぇぇっ!」
とうとう半狂乱になって暴れだすゼット。死神がパッと手を離すと、勢いあまって後ろに転がった。
後転の途中で止まってしまったような、尻を天井に向けた情けないポーズのゼットがスクリーンに大写しになる。
>ひとりまんぐり返しキター!
>アッー!
>特区最強のZ様が、完全に遊ばれてる!
「ふ……ふざけやがってぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーっ!!」
嘲笑が聞こえてきそうなコメントにゼットは激昂。ヘッドスプリングで猛然と起き上がった。
「この俺様をマジにさせやがったな! ぜってーブッ殺すっ! おらあっ、最強ソバットぉぉぉぉぉーーーーーーっ!!」
ゼットの巨体がうなりをあげる。あたりに旋風を巻き起こすほどの回し蹴りが放たれた。
このソバットで、ゼットはこれまで数え切れないほどの首をへし折ってきた。
しかし死神はその場から一歩も動かず、片手でやすやすと蹴りを受け止める。
そのまま足首を掴み取り、ゼットを逆さ吊りにしていた。
「なっ!? なにしやがる!? やめろ!? はなせ! はなしやがれっ!」
今度ばかりは死神も離してはくれない。
顔面が床に叩きつけられるたびに頭蓋が砕けるような音がして、折れた歯と悲鳴が口からこぼれる。
トレードマークの金の八重歯も、血とともに吐き出されていた。
「ぎゃっ!? ぐっ!? がはっ!? うげっ!?」
>Z様の顔面崩壊キター!
>やりたい放題のZ様に、やりたい放題やってる……!
>す……すげ……! あのオッサン……何者なんだ!?
ゼットは最後の力を振り絞り、死神の片足にしがみつく。自分の吐いた血で溺れながら叫んでいた。
「げほっ! ぐはっ! て……テメェら、なにやってる!? 俺様が押さえてる間に、このオッサンをぶちのめせっ!」
死神のあまりの強さに、チンピラたちは壁にピッタリと張り付くほどに畏縮していた。
ちょうど逃げだそうとしていた者もいたが、ゼットの一言で蛮勇を振り絞る。
彼らはナイフや棍棒を手に、死神に襲いかかっていった。
「お……おらぁぁぁぁぁっ!」「死ねやぁぁぁっ!」「この、クソ野郎がぁぁぁっ!」
チンピラは複数、しかも武器を持っている。相手はひとり、しかも片手と片足を封じられている。
しかし死神が直立不動のまま軽くジャブを放っただけで、空気が震えた。
ボッ! と燃えるような音がして、空間が歪む。直後には顔面に砲丸を受けたかのように、顔がひしゃげたチンピラたちがまとめて吹っ飛んでいた。
>わ……ワンパン!? しかも、5人まとめて……!?
>やべーよ! やばすぎるよあのオッサン!
>あのオッサンのチャンネルどこ!? 投げ銭してー!
そこから先は、オヤジ狩りというよりチンピラ狩りだった。
一方的な蹂躙。騒ぎを聞きつけた酒場の用心棒たちがなだれこんできたが、焼け石に水滴。
だらりと垂らしたノーガードの腕から刹那のジャブから放たれるたび、暴風のごとき拳圧がチンピラたちの顔面を卵よりもやすやすと粉砕する。
チンピラたちはきりきり舞いさせられ、あたりに
もはや狩りですらない。戦場に舞い降りた死神が命を収穫しているかのよう。
やがてその光景は、ゴキブリの巣に駆除剤を撒いた後のようになった。
縮こまってピクピクと痙攣するチンピラたちで、足の踏み場もなくなる。
配信者であるゼットが意識を失ったことで、スクリーンには『配信は終了しました』と文字が浮かんでいた。
死神はチンピラたちを跨ぎ越え、壁際で震えているマドカと小男に近づいていく。
人外の強さを見せつけられたマドカはゼットに襲われていた時よりも怯えており、瞳はすっかり光を失っていた。
「お……オジサン……!? な……なんなの……!?」
「とりあえず、Vとでも呼んでください」
Vはそう言いながら、マドカの隣にいた小男の被り物を掴む。
「な……なにしてんの?」とマドカ。
「壊すんです」
「それ、呪いのアイテムだって言ってたよ? 呪いのアイテムは壊れ……」
マドカの言葉が終わるより早く、カボチャの被り物は粉々に弾け飛んでいた。
中から、毛髪がやや寂しいが人の良さそうな初老の男の顔が現れた。
マドカは呪いのアイテムがわけもなく破壊されたことに驚いていたが、それ以上に、呪いのアイテムの中から出てきた人物に肝を潰していた。
「ヤバっ」と魔女の仮面を手で押さえながら、そそくさと立ち上がる。
「あ……あたし、用事思い出しちゃった! Vさん、助けてくれてサンキュっ! そんじゃ!」
マドカはチンピラたちを跨ぎ越える余裕もないほどの足早で部屋から出ていく。
踏まれたチンピラたちが「ぐえっ!?」「ぐあっ!?」「げこっ!?」と潰されたカエルのような声をあげる。
不審に思ったVは呼び止めようとしたが、涙ながらの小男にしっかりと手を掴まれていて動けなくなっていた。
「お……おおっ……! 一時はどうなることかと思ったけど、キミが助けてくれたのか! ああっ、ありがとう、ありがとう!」
「礼にはおよびません。ついででしたから」
「そうはいかん! なにかお礼をさせてくれ! ワシはこう見えても、社長をやってるんだ! といっても、小さな町工場なんだけどね!」
小男は作業服のポケットから名刺を取り出しVに差し出す。
そこには、『キヨキ工業 社長
Vは少し考えるような素振りをしたあと、ジャックランタンのアゴに手を当てて言った。
「もしよかったら、私の知り合いを雇ってはもらえませんか? その人は、会社をクビになったばかりで、行くあてもなくて……」
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