第1話『Serial killer』 <19>

「アルペジオさん。そろそろHP(体力)を回復しておいたほうがいいんじゃないでしょうか」


 アルペジオが僕の言葉にきょとんとした表情を見せる。一瞬、戸惑ったような、言葉の意味を測りかねているような、そんな表情だ。しかし、一拍置いてようやく僕の言葉の意味するところが理解できた様子で笑った。


「あの、これまでもずっと気にかかっていたのですが、もしかして捜査官殿は私の身体のことを心配してくださっているので?」


「ええ、もちろんです。他にどういう意味があるって言うんですか?」


「いや、気を悪くしないでください。損得抜きで魔法使いの身体を心配する捜査官なんて聞いたことがないものですから驚いてしまって。魔法使いはお国にとっても、その一部の管理をしぶしぶ任されている警視庁にとっても厄介者です。だから、使えるだけ使い倒して殉職してもらうのが一番というのが暗黙の了解なのですよ。お偉いさんたちは『死んだ魔法使いだけが善良な魔法使いだ』なんて言っているぐらいですからね。ははは」


 光のない瞳。乾いた笑い声。

 アルペジオの言葉は魔法使いを取り巻く環境を如実に物語っていた。

 確かに魔法犯罪捜査係に配属される前の研修期間中に教官たちから同様の言葉を何度も聞かされた。「魔法使いは道具だ、人間だと思うな」「魔法使いなんてものは消耗品だ」「間違っても魔法使いに感情移入なんてするんじゃないぞ」などなど、さんざん警告されたものだ。

 実際に魔法を体験してみて、教官たちが口を酸っぱくして警告する魔法使いの危険性は十二分にわかったつもりだ。しかし、それと同時に少なくとも僕の隣にいるこの魔法使いが怪物などではなく、一人の人間だということもよくわかった。


「他の人たちはともかく、僕はあなたのことを事件解決のために必要なパートナーだと思っています。だから、使い捨てみたいな真似は絶対にしません」


 僕の言葉にアルペジオは驚いたように目を見開いた後、はにかんだようにうつむき加減に微笑んだ。


「……私には過分な評価ですね」


 我ながら、なんだか青臭いセリフを吐いてしまった気がする。

 場に似つかわしくないふんわりとした空気が流れ、今更気恥ずかしくなってきたので話題を本題に戻すとしよう。


「それでは、HPを回復しましょう。えーと、回復系の魔法は……」


「ありません」


「は?」


「ありません」


「ありませんって……そんなことあります?」


「幸いにしてダメージを負うような機会が少なくて、LV20以下の回復魔法は勉強していないんですよ、ははは」


 まるで危機感のない表情でのん気に笑うアルペジオ。生死を左右する回復魔法を習得していないということが、どれだけの危険性を孕んでいるのか理解しているのだろうか。

 それにダメージを負う機会が少ないだなんて、よく言う。被害者の父親に殴られて涙目だったくせに。それとも逃げ回ってばかりいたからダメージを負うことがなかったってことか。

 いずれにしてもMP以外に、HPという制約が加わったわけだ。魔力切れと体力切れの両方を気にしながら、迫り来る魔法生命体(ゴーレム)たちをかいくぐり、連続殺人鬼(シリアルキラー)を追い詰めなきゃならないなんて……。やれやれ、もはや溜め息を吐くしかない。

   ・

   ・

   ・

 魔力切れと体力切れを気にしながらの迷宮探索は想像以上に消耗が激しく、アルペジオは時が経つにつれ、隠し通せないほどの苦悶の表情を浮かべるようになっていた。

 それでも本人は笑顔を絶やさないように心がけている様子だが、それがまた悲壮感漂う。

 見るに見かねた僕は、回復魔法を使えるようにレベル制限の上方修正を申請することにした。

 この廃ビルは記憶の中の世界と違ってオラクルを使うことができる。本来なら被疑者の拠点で通信するのは避けるべきだろうが、そんなことも言っていられない。管制官からお小言の一つや二ついただく覚悟で、僕はオラクルを手にした。


「捜査官から管制官に連絡。魔法使いアルペジオの損耗大。回復魔法の使用ができるように魔法使用制限の上方修正を申請します」


「申請を却下します」


 有無を言わせぬ拒絶。

 そこに感情は一切なく、ただただ職務を冷徹にこなすAI(人工知能)と話しているような気分にさせられる。この廃ビルの場所を特定するときには助言してくれたのに……。到底同じ人物とは思えないほどだ。


「なぜですか? 納得いきません」


「あなたが納得する必要はないのだけれど、魔法捜査の初心者だから教えてあげるわ。魔法使いアルペジオが使用できる回復魔法はLV40よ」


 LV40――

 LVの上限は99だと聞いたことがある。99とまではいかないまでもLV40となると、相当危険性の高い魔法が含まれるに違いない。たったLV1の魔法の使用ですら許可が必要なのが現実なのに、よほどの緊急事態でもない限り、LV40の許可が下りるはずもない。


「納得いったかしら? LV40ともなれば、その廃ビルを丸ごと消し去る破壊力の魔法も含まれている。よって魔法使用制限の上方修正の申請は却下。そのまま捜査を続行せよ」


 アルペジオの顔を見ると、前歯の欠けた緊張感のない笑顔が返ってくる。

 この虫も殺せそうにない優男が、それほど危険な魔法を使えるだなんて、とても信じられないのだが……。


「し、しかし、たとえ破壊力の強い魔法が含まれているとしても、使用しなければ済む話じゃないですか。LV40までの魔法を許可していただければ、アルペジオの体力の回復はもちろん、魔法生命体(ゴーレム)の排除だって安全に確実にできるのに……」


「キミと議論するつもりはない。私はマニュアルに従って判断しているまでよ」


「マニュアルって……。マニュアル通りの指示で殺されちゃ、たまりません」


「指示じゃないわ。命令よ。そして、私の判断を覆す権限はキミにはない」


 ブツリと通信が切れる。

 僕の脳みその血管もブチ切れそうだ。思わずオラクルを叩きつけてやりたくなる。


「理不尽だと思いますか?」


 管制官の対応に憤る様子もなく、アルペジオは飄々とした態度を崩さない。生命の危険と天秤にかけてマニュアルを選ばれたのに、さも当然であるかのようだ。魔法使いにとって、この仕打ちは日常茶飯事ということか。


「上層部の方々にしてみれば魔法使いは厄介者。できることなら妙な反抗心など抱かないうちに次々と殉職してもらって使い捨てにしたい。それが彼らの本音です。本来、この世に魔法など存在してはならない。おそらく、そういうことなんでしょう」


 マニュアルの根底には、そのマニュアルの作成を命じた権力者の思惑が多分に含まれる。

 魔法使いが世間から疎まれているのは承知していたが、犯罪捜査をおこなう現場においてもここまで不遇だとは予想だにしなかった。

 これはもはや世間で言われるような、ただの差別ではない。国家ぐるみの明確な意志を感じる。

 日本における魔法使いへの差別……いや、迫害は日本の魔法使いを減らすための某国からの指示だとする陰謀論がインターネット上で展開されていると聞いたことがあるが、あながち的外れではない気がしてきた。




次回更新は来週金曜日12:00を予定しています。

どうぞお楽しみに。

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