第1話『Serial killer』 <18>

 それからしばらく。

 僕たちはLV20未満の魔法生命体(ゴーレム)のうち、どうしても戦わなければならない相手――例えば、行き止まりの通路に追い込まれたときや、次のフロアへの階段の前で動かずにいるやつだけを速やかに排除した以外は、LV1の魔法生命体(ゴーレム)ですら戦闘を回避して捜査を続けた。

 MP(マジックポイント)の回復手段がない以上、MP切れは即、死につながる。迷宮探索はMPというタイムリミットとの戦いなのである。


 ①そもそも怪物に見つからないように慎重に行動する

 ②損耗を避けるために極力戦闘を避ける

 ③万が一戦闘に突入しても逃げられるなら迷わず逃げる

 この真鍋愛美の記憶の中で決めた3つの方針は、今や迷宮探索の3原則として確固たる地位を確立している。


 しかし、これだけMPを切り詰めて慎重にやり繰りしていても……いや、それだけ神経をすり減らしながら迷宮探索しているからこそ、その疲労度は通常の犯罪捜査の比ではない。

 魔法使いとして数々の犯罪現場を捜査してきたであろうアルペジオでさえ、徐々に表情に疲労の色が浮かんできている。

 MPの重要性もさることながら、HP(体力)も命の危険に関わる重要な指標である。HPが0になれば戦闘不能に陥る。この怪物たちが蠢く魔窟においては、それは確実な死を意味する。


 僕たちは身近に横たわる死の危険を感じながらも迷宮内の捜査を続けていく。

 すると、どこからともなく異臭が漂ってきた。この臭いは……。今まで何度も体験してきたけれど、一向に慣れない臭い。死臭だ。

 さらに歩みを進めると、一目見てそれとわかる死体が目に入ってきた。それも1体だけではない。ひぃ、ふぅ、みぃ……5体。死体は、いずれも体格から見て男性。着衣に乱れはないものの、損傷はかなり激しい。人間の肉体を弄ぶように損壊する手口から見て、まず間違いなく連続殺人鬼(シリアルキラー)・時任暗児の犯行だろう。


 気の毒な犠牲者たちの姿を、つい僕自身とアルペジオの行く末と重ねてしまう。

 いや、ここで弱気になって、どうする。ここは彼らのためにも何としても時任暗児の凶行を阻止せねばと己を奮い立たせる場面ではないか。


「おや?」


「どうしましたか、アルペジオさん」


「いえ。今、遺体が動いたように見えたもので」


「や、やめてくださいよ、こんなときに」


「あ、やっぱり動いていますよ。ほら」


 アルペジオがひょいと腕を上げて指さした死体のほうを見てみると――

 むくり。


「ぎゃあああああああああ!!!?」


 何としても時任暗児の凶行を阻止せねばと己を奮い立たせたのも束の間。勇気はいずこかへ綺麗さっぱりと消え去り、僕は誰に憚ることなく、恐怖のあまりに叫び声を上げた。


「お、お、お、おばけ!!」


「ははは。やだなぁ、捜査官殿。この世におばけなんていませんよ」


「いやいや! だって、ほら!!」


 僕は必死になって動く死体を指さす。そうこうしている間にも、他の死体がムクリと起き上がっていく。まるでゾンビ映画の中に迷い込んでしまったみたいだ。


「あれは、おばけなんかじゃありません」


「じゃ、じゃあ、死人が蘇ったとでも?」


「いいえ。死者を蘇生するのは不可能です。魔法による永遠の命を望む輩もいるようですが、魔法はそこまで万能ではありません。あれは被疑者が殺害した人間を魔法で操って、この迷宮の番人代わりにしているのでしょう」


「じゃあ……ということは、彼らは死んでなお、時任暗児に縛られているということですか?」


「はい、そういうことになります」


「そんな……」


 不幸にも残忍な連続殺人鬼(シリアルキラー)と出くわし、嬲り殺しにされ、その上、死後も利用されるだなんて。あの世や魂なんてものが実在するのかはわからないが、それでもこの仕打ちはあんまりだ。これでは死者が浮かばれない。

 しかし……。

 この可哀そうな被害者たちを、できれば今すぐ火葬にしてあげたいところだけど、ここで貴重なMP(マジックポイント)を消費して良いものか。目に見えて損耗しつつあるアルペジオに対して、一時的な感情に流されて「余計な戦闘は回避する」という大原則に外れた指示を出すのは捜査官としていかがなものか。


「MPのことなら大丈夫ですよ。捜査官殿がここまで随分と節約してくださいましたから」


「え?」


「彼らを火葬してあげたいのでしょう?」


「ど、どうして……?」


「ははは、魔法じゃありませんよ。まともな人間なら誰だってそう思いますからね」


 そう言うとアルペジオは僕の指示を待たずに、腕を上げて炎属性の攻撃魔法を放った。

 被害者たちの着衣に炎が燃え移ると、瞬く間に燃え広がってゆく。

 アルペジオは僕を「まともな人間」だと評してくれた。僕が本当にまともな人間だとしたら、その僕の心情を何も言わずとも汲み取ってくれたアルペジオも「まともな人間」に違いない。

 迫害と言ってもいいほどの差別を受けている魔法使いが、世間で噂されるような怪物としてではなく、まともな人間として魔法を使用したことを今も僕たちを監視しているであろう管制官はどのように感じているのだろう。




次回更新は来週金曜日12:00を予定しています。

どうぞお楽しみに。

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