第1話『Serial killer』 <15>
真鍋愛美の記憶から連続殺人鬼(シリアルキラー)・時任暗児の居場所の手掛かりを得た僕たちは車に乗り込んで推理を始める。
アルペジオの右手には牛乳、左手にはアンパン。こんなときにとも思ったが、HP(体力)とMP(マジックポイント)を消耗して疲れ切った彼を少しでも回復させないと、このあとの捜査に差し支える。
「もぐもぐ。うん、やっぱりシャバの食べ物は美味しいですねー」
それにしてもよく食べる。あんな残酷な光景を目の当たりにした直後だというのに。
僕はといえば、当然のごとく食欲などなく、ちびちびとコーヒー牛乳を口にするのがやっとである。
呆れた表情でアルペジオを一瞥するが、僕も魔法犯罪捜査係の捜査官として任務を遂行するためには、これぐらいの神経の太さを身につけなければいけないのかもしれない。
ともあれ、推理だ。
一つ目の手掛かりは、消防車のサイレン音。被害者・真鍋愛美の苦悶の声をかき消すように、激しいサイレン音が鳴り響く場面が残っていた。あれだけの音量だ。犯行現場のすぐ近くを通り過ぎたに違いない。
この手掛かりは遺体安置所を出てすぐに捜査本部と情報共有してある。都内の消防署すべての出動記録と、真鍋愛美の死亡推定時刻を照らし合わせれば、犯行現場を限定することができる。
都内の消防車の出動は1日10~15件だから、限定すると言っても10~15箇所に絞り込めるだけだ。それでも都内全域を当てもなく探すよりは遥かにマシだ。これが消防車でなく救急車だったら目も当てられない。なにせ救急車の出動件数は消防車の約200倍にも上るのだから、ほぼ手掛かりとして機能しない。
ピピッ。
アルペジオが二つ目のアンパンにかぶりついたところで、オラクルの着信音が鳴る。ちなみに、彼が美味しそうに頬張っている二つ目のアンパンは一応購入しておいた僕の分だ。
「あ、捜査本部から情報が届きました」
オラクルに表示されたのは7件分の消防車の出動記録だった。余計な情報は一切ない。捜査一課が設けた捜査本部の面々も、魔法犯罪捜査係には極力関わりたくない姿勢か。つい先日まで同僚だったのに、つれないなぁ。……なんて思うのは僕の被害妄想だろうか。
真鍋愛美の死亡推定時刻に出動した消防車は都内全域にバラついていた。出動した消防署から出動先の現場までのルートは、追加で送られてきた画像ファイルに記されてあった。まだまだ犯行現場の特定には至らないものの、砂漠で一粒の宝石を見つけるような作業はせずに済みそうだ。
時任暗児が潜伏している可能性もある犯行現場を特定するには、もう一つの手掛かりを精査する必要がある。それは真鍋愛美の瞳がとらえていた看板だ。窓越しに見える古びた看板。そこにはロゴマークと思われる図柄と漢字二文字の一部が映し出されていた。
ロゴマークは至ってシンプルなもので人間の『目』を象ったものだった。この目が決定的な目撃者になってくれるかどうかは、ここからの僕たちの推理にかかっている。
目のロゴマークの入った看板を掲げる店舗としては、眼科、眼鏡屋、コンタクトレンズ取扱店が考えられる。これだけではまだ手掛かりとして充分ではない。特定に至るには漢字二文字の答えを導き出さねばならない。
漢字二文字は最初『山』、次に『口』だった。単純に考えれば『山口眼科』『山口眼鏡店』『山口コンタクトレンズ』などが浮かび上がるが、そう単純な話ではない。なぜなら、漢字二文字はわずかに下の部分が見えただけだったからだ。
念のために携帯電話を取り出して検索してみるが、案の定、消防車が通ったルートに合致する店舗は存在しなかった。
「『山』じゃないとするなら、『出』とかでしょうか……」
口に人差し指を当てて、車の天井を見ながらつぶやくアルペジオ。その口にはアンパンの餡子がへばりついている。
「『田』や『由』の可能性もありますよ」
「おお、なるほど。では、『苗』や『宙』もあり得るのでは?」
「ええ。同じ要領で考えるなら『口』のほうは『日』『目』『古』『吉』あたりでしょうか」
さっそく二人の頭に思い浮かんだ漢字を、すべての組み合わせで検索してみる。
しかし、結果は得られず、該当する店舗はヒットしなかった。
「あれれー? どうしてでしょうか?」
「うーん。これで答えにたどり着けると思ったんですけど……」
なかばこれで正答にたどり着けるという手応えがあっただけに、脱力感が半端ない。
真鍋愛美が苦痛と恥辱にまみれて残してくれた手掛かりだったというのに、その手掛かりを活かせないなんて、僕はなんて無能なのだろう。
まさか他にも手掛かりがあったのに見落としてしまったとか?
だとしたら、もう取り返しがつかない。すでに48時間が経過し、真鍋愛美の記憶は悪夢とともに全部消え去っているのだから。
「逆じゃないかしら?」
不意に車内に女性の声が響いたため、僕もアルペジオもビクッと身体を反応させる。
声の主はオラクルの先にいる管制官だった。考えてみれば、管制官はオラクルとグリムロックを通じて四六時中、僕らを監視しているわけだから会話は丸聞こえなのだ。
……ん?
ということは、僕が盛大にげーげーと吐いた様子も全部聞かれていたわけか?
いや。今はそんなことは、どうでもいい。
これまで沈黙を守ってきた管制官がわざわざ口にした言葉の真意を確かめたい。
「逆とはどういうことですか?」
「被害者の記憶がそのまま手掛かりになるとは限らない。見つけた手掛かりを正しく分析するのが捜査官の任務よ」
「見つけた手掛かりを、正しく分析……」
僕は管制官の言葉を反芻する。
管制官とはまだ面識はないが、オラクルと通じて最初にコンタクトしたときの印象は最悪だった。融通の利かない冷血女。そんな印象しかなかった。
しかし今、オラクルの先にいるのは捜査のイロハを教えてくれる教官のようだ。彼女の言葉をただのお小言だとして聞き逃してはいけない。僕は必死に「逆じゃないかしら?」と言った彼女の言葉を頭の中でリピートしながら考える。
逆、逆、逆……。
そうか。逆だったんだ。
ガラスや鏡に反射した看板が真鍋愛美の瞳に映り、それが記憶されていたんだ。
僕は慌てて、漢字の組み合わせを検索し直す。
「あった」
真鍋愛美の死亡推定時刻、その時刻に出動した消防車の走行ルートに当てはまる眼科が1件だけヒットした。
「やりましたね、捜査官殿」
いや、僕の手柄じゃない。手掛かりは見つけたものの、反転した映像をそのまま手掛かりとして答えを見つけようとしていた僕では、永遠に答えにたどり着くことはなかった。
それを見かねて、管制官は手を差し伸べてくれたのだ。
ちょっと頭が固いだけで、案外彼女は悪い人間ではないのかもしれない。
「まったく、手が焼けるわね。魔法犯罪捜査係の捜査官の仕事は、魔法使いの運用だけじゃない。現場で見つけた手掛かりを元に被疑者を特定し、確保ないしは処分すること。その手段は何も魔法を使うことだけじゃない。今回は超法規的措置で記憶透視魔法ダイブを使用したけど、そこで得た情報を分析するのは魔法じゃなくて捜査官の知識、経験、ひらめきによるものでなくてはならない。その肝心の捜査官の能力に疑問符が付くようなら、管制官の権限でいつでもあなたを更迭します」
ブツリ。
言いたいことを一気にまくしたてて、管制官は一方的に通信を切った。
隣を見ると、アルペジオが処置なしといった表情で両手を上げている。
管制官の言葉はすべて正論だ。
魔法は万能に見えて万能ではない。今回のように魔法で手掛かりを得たとしても、その手掛かりを推理して真相にたどり着くのは、魔法ではなく捜査官の能力に依存する。
いくらアルペジオが有能な魔法使いでも、僕が無能な捜査官では意味がない。被害者たちのことを思えば、僕が魔法捜査の初心者だとか、魔法犯罪の現場が苦手だなんて言い訳は通用しない。
僕は込み上げる悔しさを噛み締めながら、この悔しさを決して忘れまいと心に誓った。
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『Rejection』 https://youtu.be/hoGp8nVQmb4
次回更新は3月22日(金)12:00を予定しています。
どうぞお楽しみに。
喜多山浪漫
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