第1話『Serial killer』 <4>

 魔法犯罪捜査に伴う魔法使いの外出に関する所定の手続きを済ませた僕は、アルペジオとともに被害者宅のある世田谷区にやって来た。

 例の新宿ニルヴァナイト猟奇通り魔事件の惨状を目の当たりにした経験を持つ身としては、これから始まる捜査を思うと極めて気が重く、胃が痛い。

 そんな僕を心配そうに見つめるアルペジオ。

 ファーストインパクトが凄すぎて相当の変わり者だと警戒していたが、さすがに捜査に黒猫のニャンゾ~くんのぬいぐるみを連れてくることはなかった。ちょっと安心。


「……どうしました、捜査官殿?」


「いえ、その……。まさか自分が魔法犯罪の捜査に関わるとは思ってもみなかったので」


 配属決定から今日までの一週間の研修では、魔法使いの危険性を執拗に叩き込まれた。

 魔法犯罪の捜査は、原則として捜査官1名、魔法使い1名のバディでおこなわれる。

 魔法使いは上司たる捜査官の指揮下でのみ行動を許され、その命令には絶対服従である。

 魔法犯罪捜査係の捜査官は、通常の捜査と同じく犯人を発見・保全し、公訴の提起及び維持に必要な証拠を収集・確保する行為の他に、本庁で指揮を執る管制官の手となり足となり耳となり目となり、現場で魔法使いを徹底的に管理・監督するという重大な役割を担っている。

 魔法は銃火器や爆弾などの破壊兵器と同等の意味と威力を持ち、魔法使いはそれを自由自在に操れる危険極まりない存在なのである。


 重火器を持たず、手ぶらで飛行機に乗ってテロを引き起こせる人間がいたら、どうなるか?

 支持者を装って国家元首に近づき、難なく暗殺を遂行できる人間がいたら、どうなるか?

 考えるまでもなく、世界はたちまち大混乱だ。

 ゆえに魔法の使用を法律で固く禁じ、わずかながらでも魔力を持つ者には首輪を付けて厳重に管理するのだ。

 当然ながら魔法犯罪捜査係の捜査官といえども、魔法の運用については管制官の監視の下、徹底的な管理がなされている。


 警視庁に所属する魔法使いたちは、なまじ高い能力を持つだけに自由など一切ない。

 捜査中に魔法の使用が必要になったとしても、グリムロックが解除されない限り、魔法使いは魔法を使用することはできない。現場の捜査官が魔法の必要性を判断し、使用許可を管制官に求め、管制官が法に基づき承認した場合にのみ、ようやくグリムロックが解除され、魔法の使用が許される。

 ここに魔法使いの意志は一切介在しない。魔法使いは、あくまで道具にすぎないのだ。

 たとえるなら、魔法使いは拳銃、捜査官は引き金を引く指、管制官は発砲するかどうかは判断する脳の役割と、完全に分業制となっている。


 命のやり取りの危険が常に付きまとう魔法犯罪の捜査現場。

 しかし、その唯一の武器たる魔法の使用を判断するのは、現場にいない管制官である。

 現場を知らない管制官に命を預けるこの制度を疑問視する声も過去にあったそうだが、捜査官が指揮下の魔法使いに惨殺される事件が発生して以来、その声もピタリと止んだという。


 警視庁所属の魔法使いは、いついかなる時にでも出動可能なように、24時間365日を警視庁の地下で過ごしている。

 しかし、これは建前だ。主たる目的は所属する魔法使いの監視。束の間の外出が許されるのは魔法犯罪の捜査のみというのだから、魔法使いたちにして見れば監禁も同然。自由など夢のまた夢だ。


 警視庁所属の魔法使いは、魔法の脅威から国家国民の安全を守るための暴力装置であり、同時に国家国民の安全を脅かす恐れのある危険分子でもあるのだ。

 魔法犯罪捜査係の捜査官は、所属する魔法使いの手綱を握る飼い主だ。だが、手綱の先にいるのは飼い主に従順な忠犬とは限らず、いつ飼い主に牙をむいてもおかしくない恐るべき力を持つ猛獣なのである。


「魔法使いは、怪物だ。決して気を許すな」


 捜査官の任を仰せつかったときに捜査一課長から餞別代りに贈られた警告が、今でも頭にこびりついている。

 魔法使いは、危険な怪物か……。


「ねえねえ。見てくださいよ、捜査官殿。あの立派なお屋敷、芸能人のお宅ですかね? それとも大企業の社長さん? いやー。世田谷区って、すごいですねー」


 住宅街をキョロキョロしながら進むアルペジオは、田舎から初めて東京に出てきたおのぼりさんそのものだ。

 これが危険な怪物ねぇ……。

 悪いけど、全然ピンと来ない。

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