第41話 楽しかった

 フランクフルトを食べた後は、広場のマジックショーを見物したり、日用品を購入したりした。


 街をぶらぶらしているうちに日が暮れて良い具合にお腹も空いてきたので、リリアはジルを連れてよく行くレストラン、ジューシーハウスにやってきた。


 レストランは肉料理が推しのお店で、リリアはジルと一緒にお気に入りのメニューを注文する。


 肉を食べるのは久しぶりだったのか、牛ロース肉のガーリックバターステーキ、ハーブ鳥の煮込み、ローストポークのハチミツソースがけなど料理をジルは終始夢中でかぶりついていた。


 そんな様子を見て改めて(ジル君、ちゃんと男の子なんだなあ)と妙な感慨にふけるリリアであった。


ジューシーハウスは量も味も抜群、ジルも大層気に入ったようで「また来たい」と高評価だった。


 2人で5人前くらい平らげお腹も満足に膨れてから、二人は家に帰ってきた。


「あっ……髪!!」


 切らしていたシャンプーを戸棚に入れている時にリリアは気づいた。


「ごめん! ジル君の髪切るの、すっかり忘れてた!」


 両手を合わせてリリアは謝る。

 

「リリア、絶対に忘れてると思った」

「ええーっ、言ってくれて良かったのに……」

「リリア、楽しそうだったから……別に良いかなと思って」


 ジルの言葉に、リリアはハッとする。


「私、楽しそうだった?」

「ずっと笑顔だった」


 ジルはほんのり口元に緩ませて言う。


 一方のリリアは胸を温かくしていた。


 随分と長い間忘れていた、『楽しい』という感覚。

 それを今日一日、ジルと一緒に過ごすことで存分に得られていたことに、リリアは例えようのない充実感を抱いていた。

 

「うん、そうね……」


 思わず、リリアの手がジルに伸びる。


「今日はとても楽しかったわ。ありがとう、ジル」

「どういたし……まして?」


 なぜ感謝されているのかわからない、と言った表情を浮かべるジルだったが、撫でられているうちに気持ちよさそうに目を細めた。


 一方のリリアも、ジルの髪のふわりとした感触の良さに、思わず両手でわしゃわしゃと撫でくりまわしてしまう。


(なんだか、もふもふな子犬みたい……)


 そんなことを考えていると、ジルがじっと上目遣いを向けてきて口を開いた。


「あの……リリア、いつまで撫でてるの?」

「あっ、ごめんね、つい」


 パッとリリアは手を離した。

 同時に、ジルはふいっと顔を背ける。


 そんなジルにリリアは言った。


「明日は絶対に切りに行こうね」

「うん」


 こくりと、ジルはリリアに向き直って長い髪を縦に揺らす。

 ジルの所作を微笑ましげに思いつつ、リリアは尋ねた。


「ジル君は?」

「え?」

「今日一日、楽しかった?」


 リリアの質問に、ジルは一瞬キョトンとした後。


 小さく、頷いた。


「よかった」


 ホッとリリアは胸を撫で下ろす。

 まだぎこちない距離はあるものの、少しずつ警戒を解いてくれているような気がした。


「……女の子の服を着せられた時は、やばい人に買われたんじゃないかと不安になったけどね」

「本当にすみませんでした」


 床に頭と両手両足をつける勢いで、全力の謝罪を披露するリリアであった。

 

「さて、と……」


 今日一日動いて汗もかいたので、リリアはジルに提案する。


「とりあえず、お風呂にしよか」

「今日は別々だからね?」

「さ、流石にわかっているわ!」


 ジト目を向けてくるジルに、リリアはあせあせと言葉を返すのであった。

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