第37話 お着替え
しばらくしてジルの涙は収まった。
「落ち着いた?」
こくりと、両目を真っ赤にしたジルは頷き、ずずっと鼻を啜った。
「ほら、こっち向いて」
「んあっ」
リリアはハンカチで、ジルの鼻水を拭ってやる。
「うん、これでよし……って、どうしたの?」
「……な、なんでもない」
ぷいっと、ジルが顔を背けた。
小さな耳たぶがほのかに赤みを帯びている気がして、リリアは不思議に思う。
また、いつの間にか敬語が抜けていることに気づいたが、全く気にしない、むしろその方が距離感が縮まったみたいで嬉しいリリアは特に突っ込まなかった。
「それで、リリアはどこへ行ってたの?」
ジルが尋ねると、リリアは「そうだった!」と、先ほど放置した大きな紙袋を持ってきた。
「じゃーん!」
紙袋から例のブツたち──ジルのために買った子供服を持って見せて、笑顔を弾かせるリリア。
「ずっと私の服を着ているわけにもいかないから、ジル君に合いそうな服を買ってきたの。ね、似合いそうじゃない?」
説明するリリアの一方、ジルは目を丸めていた。
そして、リリアの持つ服を指差し言いにくそうに口を開く。
「あの、リリア……それ、どう見ても女の子が着る服じゃ……」
リリアが持っている服は、ひらひらとしたピンク色のワンピースだった。
スカート部分は軽やかに広がり、繊細なレースが縁を飾っている。
胸元には大きな白いリボン、袖口にも小さなリボンが踊っていた。
ジルくらいの年頃の女の子が着れば、まるでお人形さんのように可愛らしくなること間違いなしの一着である。
「あっ、間違えた! こっちはおまけで買ったやつなの。まず着て欲しいのは……」
「おまけってことは、僕に着せるつもりだったの……?」
ジト目をするジルの傍ら、リリアは別の紙袋を漁ろうとし──ぴたりとその動きを止めた。
そして、ワンピースとジルを見比べて、にっこり圧のある笑顔を浮かべて尋ねた。
「ね、ね。せっかくだから、先にこれを着てみない?」
「……………………ゔぇっ?」
◇◇◇
「わあああああっ……!!」
今、リリアの目の前では天使が誕生を果たしていた。
「か、か、可愛いい〜〜〜〜!!」
目をきらんきらんに輝かせ、リリアは思わず叫んだ。
リリアの圧に屈し、あれよあれよの間にワンピースに着替えさせられたジルはまさしく天使と言って差し支えない姿をしていた。
ワンピースはジルの細身の身体にぴったりとフィットし、ふわっと広がるスカートが軽やかに揺れる度に白い太ももがチラリと見える。
長いブロンドの髪は、繊細なレースの縁取りと相まってまるで金糸で編まれたような美しい輝きを放っていた。
「凄い……!! ジル君、本当に可愛いわ!!」
何がどう凄いのかさておき、まさかこんなに似合うとはと、リリアは興奮冷めやまない様子だった。
しかし当のジルは堪えられないように瞳を潤ませ、涙がこぼれ落ちそうになっている。
頬は紅潮し、小さな手はぎゅっとスカートを掴んでいた。
ぷるぷると震えるその姿はまるで怖がる小動物のようだった。
あまりにジロジロとリリアに見られているのと、ぷりてぃでキュートなワンピースを着せられている羞恥に耐え切れなくなったのか、ジルは叫んだ。
「リリア、恥ずかしいよ! ぼく男の子なんだよ?」
「あれ、そうだっけ?」
「怒るよ?」
「ああっ、ごめんね、ごめんね。へそ曲げないで、ほら、これあげるから」
ぷいっと顔を逸らすジルに、リリアが一口サイズにちぎったクロワッサンを差し出す。
ジルはちらりと視線を向け、さっとクロワッサンを受け取って口に放り込んだ。
もぐもぐとパンを頬張るジルのムッとした表情が、徐々に至福へと変わっていく。
相変わらず絵面が餌付けのそれであった。
(ふふっ……可愛いなあ……)
両掌の上に顎を置いて、小動物を見るような気持ちでニコニコしていると、ジルがハッとして言った。
「あの、もう着替えていい?」
「もちろん! ごめんね、ジル君あまりにも可愛いから、遊びすぎちゃった」
リリアが率直な感想を口にしながら、ちゃんと男児用の服を紙袋から取り出す。
一方のジルはなんだか不服そうな顔をして、しかしどこか諦めたようにため息をついた。
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