第31話 うちくる?

「これで、お前は自由の身だ」


 パルケア中央銀行の前。

 少女の手首に嵌められた手錠を、男が解錠する。


 そして男はリリアを見やって、ニヤリと笑った。


「お嬢ちゃん、なかなか肝が据わってるな。恐れ入ったぜ」

「いえ、それほどでも……」


 引き攣った笑みを浮かべ、言葉少なにリリアは返した。

 確かに思い返してみると、見るからにガラの悪い奴隷商になかなか思い切ったことをしたものだと思う。

 

 一度死を経験しているのもあって、以前よりも精神的に強くなっているのかもしれない。


 まだリリアの後ろに隠れている少女を見て、男は言った。

 

「幸運の女神に感謝するんだな」

 

 リリアが銀行で下ろした2億マニーの証書を持って、男はご機嫌そうに立ち去っていった。


 本来であれば1億マニーで売る予定がその2倍の金が手に入ったのだから、男としては大満足の成果だろう。


(2億マニー、か……)


 改めて、リリアは思う。


 2億マニーは大金だ。

 普通の一般庶民だと、一生働いてやっと払えるかどうかという額だ。


 しかし、リリアに後悔はなかった。


 5万のレストラン代や100万のドレス代よりも、2億で少女を救えた方がよっぽど価値があると感じていた。


 銀行の残高は85億ほどになった。


 他人からすると、見ず知らずの子供に2億マニーを支払うなんて馬鹿げていると思われるだろう。


 しかし、リリアは自分の行いを間違っているとは思わなかった。

 これで少女が助かったのなら、後悔はなかった。


「ありが、とう……ございます」


 二人きりになってから、少女が小さく感謝の言葉を口にする。

 少女の声は中性的で、心地良い響きを纏っていた。


「どういたしまして」


 リリアは少女に、柔らかく微笑む。

 膝を曲げ、安心させるように少女の頭を撫でた。


 するとゴワゴワとした感触と共に髪からぶわりと埃が舞って、少女がゴホゴホと咳き込んだ。

 

「ああっ、ごめんね」


 慌ててリリアが謝ると、少女はふるふると首を横に揺らした。


「……さて、と」


 リリアは立ち上がり、少女に言う。


「もう貴方は自由よ。どこへ行っても良いし、何をしても良いわ」


 2億マニーで購入したとはいえ、リリアは少女を奴隷として扱う気はさらさら無かった。


 解放して、これから好きな人生を歩んでほしいと思っていた。

 という意図を含んでリリアが言うも、少女はその場から動こうとしない。


 手をもじもじさせて、所在無さげに視線をうろつかせた。


 リリアはハッとする。


「行くところ、ないの?」


 こくりと、目を伏せたまま少女は頷く。


 よくよく考えれば当然のことだ。

 彼女の生い立ちはわからないが、まともな家庭で育っていたら奴隷にはならないはずだ。


 きっと、身寄りも頼れる人もいないのだろう。

 また、リリアの胸がずきんと痛んだ。


「……じゃあ、うちくる?」


 自然と、リリアはそう提案していた。


 後から考えると、この提案には色々な感情が含まれていた。

 

 この子をこのまま放っておけないという気持ち。

 この子を買ったのは自分なんだから、しばらくは面倒を見ないとという責任感。


 そして……あの広く寂しい家で、少しだけでも誰かと過ごしたいという下心。


 少女が顔を上げる。


 いいの?


 とばかりに、目を丸めていた。


「もちろん」


 にこりと笑ってリリアが言うと、少女は濁った瞳に仄かな輝きを浮かべて、しっかりと頷いた。

 その所作が可愛らしくて、リリアは思わず笑みを溢す。


 リリアが手を差し出すと、少女はおずおずと手を重ねてくれる。

 掌から伝わる少女の手は小さくて、少しでも力を入れたら折れてしまいそうな怖さがあった。


 優しく少女の手を握って、リリアは家路へ就く。


──こうして、ひとりぼっちとひとりぼっちが、出逢ったのだった。

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