第29話 思わぬ再会、そして

 病み上がりということで重い物は食べられない。

 パンなら大丈夫だろうと、リリアは今日も今日とてこもれびベーカリーに足を運んだ。


「あっ」

「リリアちゃん!」

「エルシーさん!」


 思わぬ再会だった。

 パルケアに来て初日に泊まったホテルのスタッフ、エルシーとばったり出会った。


「わーっ、久しぶり……でもないかな? まだこの国にいたのね!」

 

 リリアを見るなりエルシーは嬉しそうに声を弾ませる。


「えっと……実は色々あって、この国に住むことになりまして……」


 リリアが言うと、エルシーはきょとんとした。


「えええっ!? 本当に!? どういう経緯で!?」


 目を見開き驚愕するエルシー。


 当然だろう。


 前回会った時、リリアは海外旅行者だった。

 それが、数日後に会うと『この国に住むことになりました』と言われたのだから。


「えっと、色々ありまして……」


 まさかエルシーと再会するとは思っておらず、それっぽい言い訳もなく濁した返答になってしまう。


(全部正直に話すわけには、いかないわよね……)


 隣国の伯爵家出身で、家族の処刑を免れるために宝くじで100億マニーを当てて永住権を獲得しました、なんてそれこそ創作だと思われてしまいそうだ。


「なるほど、色々訳ありなのね……」


 どういう経緯でリリアがこの国に住むことになったのか、エルシーに深掘る気はないようだった。


 こちらにも色々事情があることを察してくれたのかもしれない。


 ホッとリリアは胸を撫で下ろす。


「それで、どのあたりに住んでるの?」

「えっと……このパン屋を出て、右の大通りを進んで三つ目の十字路を左に曲がって、少ししたところです」

「めちゃくちゃここから近いじゃん! はええ、いいところに家を構えたわね」


 感心したようにエルシーは頷く。

 それから名案とばかりに言った。


「せっかくだし、また一緒に食べよ! この後仕事だから、あまり長くは話せないけど」


 エルシーの提案に、リリアは勢いよく頷いた。


「はい、是非!」


◇◇◇


 エルシーとの食事はとても楽しかった。


 エルシーはこの国のおすすめスポット、自分の仕事のこと、他愛のない身の上話などを話してくれた。

 リリアは事情が特殊なためあまり話を広げられなかったが、近所にあるボリューミーで美味しいお店の話で盛り上がった。


 また昨日一昨日と体調を崩したことを言うと、エルシーは心から心配そうにリリアを気遣ってくれた。

 本当に優しい人なんだなと、リリアは改めて思った。


 パンを食べ終え、また一緒にご飯をしよう約束して、これからホテルの仕事に向かうエルシーと別れた後。


「楽しかったな……」


 家路を歩きながらリリアは呟く。

 パンを食べながらエルシーとおしゃべりするのは、とても楽しい時間だった。

 

 この国に来て、一番楽しいひとときだったかもしれない。


 寂しさと病み上がりで沈んでいた心が弾んで、自然と足取りも軽い。


(もしかして、高い食べ物やブランド物にお金を使うより、人と交流している時の方が楽しかったり……?)


そんな予感を覚えながら、家への道を歩いていると。


「待てやてめぇ!! 逃げるんじゃねえ!!」

 

 突如響き渡った怒号にリリアはビクッと肩を震わせる。


 思わず声のした方へ振り向くと、燻んだ茶色の髪を背中まで下ろした少女が、こちらに走ってきているのが見えた。


「えっ、えっ……!?」


 困惑していると、少女はリリアの後ろに隠れるように回った。


 遅れて、大柄で毛深く、お世辞にも身なりが良いとも思えない男が息を荒げてやってきた。


「もう逃げられねえぞ!」


 リリアの後ろに隠れた少女を指差して、男は声高らかに叫んだ。

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