遡及

@Eclair_Au_Chocolat

遡及

 ポタポタと水の滴る音がする。

「どんな罪でも償えると思うかい?」

 父の突然の質問に私は顔を上げた。

「償えると思いますよ」

 父の目を見て答える。父は善人だったと思う。人を傷つけて喜ぶタイプではなかったし、困っている人がいるなら自分が損をしても助ける人だった。とても償うべき罪があるとは思えなかった。何か罪があるとすれば私の方だろう。

 私の罪とは?そこまでの事をしたのだろうか。

「そうか、どんな罪であってもかね?」

 雑談と言うには声が低く、妙に深刻な聞き方だった。時おり、父は私を試すような事を聞いてくる。私は返答に困り窓の外に目をやった。

 ビジネス街のビルの五階、事務所の窓際の席が私の定位置だった。向かいのビルではサラリーマンが頭を下げている。いつもの景色だ。私が四歳の時に孤児院から引き取られて以来、ずっとこの部屋で父の手伝いをしてきた。父は倹約家で、自分の事にはまったくお金を使わない人だった。この事務所も手狭だったが移転することはなかった。

「迷惑をかけた人に許してもらう必要はあると思います。その為の行為自体が償いの方法だと思います」

 考えた末、当たり障りのない回答をする。のどが渇いてきた。今日は朝から何も飲んでいない。父は私に背を向けて、机の方に歩いていく。引き出しから箱を取り出しながら質問を重ねた。

「刑罰を受けることでは償えないと?」

「実際の法律が、刑罰をどのように位置づけているかは知りません。でも法律による刑罰はあくまで抑止の為であって、罪を償う為のものではないと思ってます」

「なるほど、罰と償いは別のもだと」

 父は私の言う事を良く聞いてくれる人だった。欲しいものがあれば買ってきてくれたし、仕事でミスをしても怒ることはしなかった。ただ、事務所の移転と、偶にある禅問答をやめる事はしてくれなかった。この話で私に伝えたい事があるのだろう。私は必死に自身の行動を振りながら答える。

「そうですね。罰は抑止であると共に、被害者への補填でもある印象です。損得の話ではないかと思いますが、少なくとも償う為には被害者にメリットのある行動が必要かなと」

「なるほどね。では殺人という罪の場合、被害者がもういない訳だが、どうなるのだろうか」

  私は人を殺したことはない。殺したいような相手も思い当たらなった。そもそも、私の人間関係は父と仕事上のお客様ぐらいだ。

「難しい話ですね。少なくとも被害者の身近な人には許される必要があるかと思います」

「遺族がいなければいいのかい?」

「許す人が居ないから罪にはならないとは思いません」

 父の真意が分からなかった。今年で二十四歳、今更殺人は良くない事だと諭される歳ではない。

「では真には償えないと?」

「残りの人生を償いの為に生き抜けば償えると思います」

「自殺はダメなのかね」

「『生き抜いて』こそです。自ら死ぬことを償いとは思いません。仮に被害者が喜んだとしても、罪を罪で贖えてしまっては終わりがありません。――あくまで私個人の意見ですが」

「今回の場合は君の意見が重要なんだ」

 父はニッコリと笑った。初めて見た笑顔だったが何故か父の本当の笑顔に思えた。

「日本人の平均寿命は八十から九十の間だ。私はもう六十五になる。体も病気だらけだ。とても後二十年も生きられないだろう」

 父の病気の話は初めて聞いたが、それ以上に脈絡のない言葉に戸惑い、返答が出来なかった。

「私はここ二十年間、君の為に生きてきた」

 確かに父は私に良くしてくれた。まるで私に後ろめたい事があるかのように。それこそ罪を償うかのように…父は私の後ろ側に回り込むように歩いてきた。

「君は孤児だ。遺族はいない」

 私は四歳の時に事後で両親を失っている。親族はいない。背後でカチャカチャと音がする。

「君を引き取って以来この部屋から出したこともない」

 後頭部に冷たい金属の感触があった。

「償いの先払いは済んでいる」

 私は椅子に縛られたまま、もが

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