ようこそ(大喜利の)実力至上主義の教室へ

森林梢

ようこそ(大喜利の)実力至上主義の教室へ

 翻訳AIの著しい発展によって、世界中に存在していた、あらゆる言語の壁は取り払われた。

 そんな世界において、大喜利おおぎりは日本国内に留まらず、全世界的に楽しまれる一大コンテンツとなった。

 大喜利するだけで、年間に数億円を稼ぐような【大喜利者オオギリスト】まで現れる始末。

そんな中、世界中の大喜利者オオギリスト達が、こぞって参加する大会がある。

 名前は【It point Grand Prixイット ポイント グランプリ

 15歳以上であれば、誰でも参加することが出来る、世界最大規模の大喜利大会。

 優勝賞金は、日本円にしておよそ十億円。

 優勝すれば、それだけで人生を一発逆転できる、とんでもない大会だ。



 試合開始直前。

 会場である笑天寺高校しょうてんじこうこうの中庭は、熱狂する観客たちでごった返していた。

 彼らの視線の先には、一高校が用意したとは思えないほど立派なステージ。

 また、ステージ上には、巨大ロボットのコクピットを彷彿とさせるような座席が四つ、等間隔に用意されている。座席の前には机があり、そこにはタブレットとタッチペンが置かれている。

 そんな中庭に、アナウンサーを務める生徒の声が響き渡った。


「全世界60億人の大喜利ファンの皆様! お待たせしました! 【It point Grand Prix】に出場する、笑天寺高校の代表を決める校内選考会も、いよいよ大詰めです!」


 笑天寺高校は、大喜利強豪校として世界各地から注目されており、【It point Grand Prix】でも優秀な成績を収めている。

ゆえに、校内選考会の様子を、世界中の大喜利ファンが、動画配信サービスを介してリアルタイムで視聴しているのだ。


「今夜の一戦、実況は私、青島が務めさせていただきます! そして! 解説として、東国建機スコーピオンズの大喜利者オオギリストである、花山太一選手に来ていただいております! 花山選手、よろしくお願いします!」

「よろしくお願いします」


 中庭の中央に設けられたステージの脇に、アナウンサー役の生徒である青島と、解説の花山太一は座っている。

 まず、青島は花山に心からの謝辞を伝えた。


「一高校の校内選考会に、プロの大喜利者オオギリストさんが来てくださるなんて、光栄すぎます!」

「笑天寺高校は、毎年のようにプロ選手を輩出する名門校ですからね。校内選考会をチェックしない理由はありませんよ」


 甘いマスクの花山が微笑すると、黄色い声援が会場を包みこんだ。

 青島が懸命に実況する。


「さぁ! 今夜の一戦で、我が校の代表2名が決定します! 決めるのは、貴方たち観客の笑い声だ!」


 青島の煽りで、観客のボルテージは最高潮に達した。


「では早速、選手の紹介を、入場と共に行います!」


 その言葉を合図に、ステージ横の選手入場口にスポットライトが当たる。 


「まずは一年生代表! 抜群のワードセンスと圧倒的な回答スピードの速さで、ここまで勝ち抜いてきた神速の女王! 江南優香えなみゆうか選手!」


 入場口から現れたのは、黒の長髪が似合う凛々しい印象の女子生徒。服装は学校指定の制服。豊かな胸元がブラウスの上からでも見て取れる。紺のスカートから伸びる脚はすらりと長く、目元の泣きぼくろがチャーミングだ。

 彼女が座席に座ったタイミングで、花山が言った。


「彼女の武器は回答スピードです。凄まじいスピードで強力な回答を量産していく姿から、【模範解答製造機】とも呼ばれています。学生大喜利界屈指の実力者ですよ。既にプロのスカウトも注目しています」

「なるほどなるほど! しかし一方で、江南選手はかなりの守銭奴という噂もあります! 某スカウトの話では、契約金として5億円を要求したらしいですよ! その辺りの真偽については、ご存知ですか?」

「あははっ、ちょっと自分には分かりませんね。ただ、高卒の新人がいきなり5億円の契約金をもらうなんて、聞いたことがありません。その話が本当なら、目先のお金にこだわりすぎないようにしてほしいです」


江南が一瞬だけ解説席に意味深な眼差しを向けたが、それに気付く者はいない。

 青島は次の選手紹介へと移った。


「続きまして、二年生代表! 凄まじい画力を武器に、並み居る猛者たちを次々と薙ぎ倒してきた才色兼備の鬼才、車崎桜子くるまざきさくらこ選手!」


 青島の紹介に応じて、柔和な雰囲気の着物美人が入場してきた。

 たおやかな印象で、その笑みはふわりと咲き誇るソメイヨシノのようだ。


「絵画の世界で名を馳せる才媛が、大喜利の舞台でも世界を魅了するのでしょうか!? 花山さん! 彼女の画力について、ご意見をお願いします!」

「大喜利において、画力は非常に強い武器です。出来ることの幅が一気に広がりますからね。彼女にも期待していますよ」


 尚も選手紹介は続く。


「続きまして三年生代表! 現役の歌い手として人気爆発中! 百色の声を持つ歌姫! 柊阿里奈ひいらぎありな選手!」 


 周囲に手を振りながら入場したのは、派手な柄の半袖Tシャツにショートパンツという着こなしの少女。金のショートカットが快活な雰囲気と合っており、時おり覗く八重歯が可愛らしい。

 青島が丁寧に選手の説明をする。


「柊選手は物真似も得意としており、SNSでも頻繁に披露しています!」

「彼女は、海外の有名アーティストや政治家のモノマネも上手いですよね。だから、海外視聴者評価が非常に伸びやすいんです」

「おっと。そういえば、海外視聴者評価について、説明していませんでしたね」

「必要ですかね? みんな分かってると思いますけど」

「念の為です!」

 

 苦笑する花山の発言を押し切って、青島は採点方法の説明を行った。


「今回は【It point Grand Prix】の本選と同じく、会場の笑いの量をAIによって計測し、点数化することで、ポイント獲得か否かのジャッジを行います! そして、そこに加えて、世界中で校内選考会を観ている視聴者さんの笑いも、携帯端末内臓のAIで測定し、点数に加算させていただきます!」


 花山が付け加える。


「海外視聴者評価で苦しむのは、江南選手でしょうね。言葉での回答は、どうしても日本以外の伸びが悪くなります。最悪、現場では大爆笑を取っているのに、ポイントを獲得できないという事態も起こり得ます。その点には気を付けてほしいですね」


 そんなことを話している間に、柊が座席に腰を下ろした。青島は実況に戻る。


「それでは、最後の選手紹介! ワイルドカード枠の登場です!」


ワイルドカード枠。

基本的に、校内選考会の最終選考は、各学年から一人だけが進出できる。

しかし、ただ一人だけ、負けた者の中から、ワイルドカード枠として復活することが出来るのだ。

 青島は朗々と最後の選手を紹介した。


「突如としてワイルドカード選考会に現れ、暴力的なまでの強さで最終選考まで辿り着いた超ダークホース! 高木業平選手!」


 現れたのは、これといった特徴のない男子生徒。長身痩躯で、髪は肩にかかる程度の長さ。無個性。凡庸。それが観客らの本音だろう。

 ふらふらと歩く彼について、青島は説明しようとする。


「ワイルドカード選考会の審査員たちが、協議の末、彼のキャッチコピーを決めたのですが……」

「……沈黙の殺戮者サイレント・キラー


 花が口を挟んだことに、青島は驚いた。


「花山選手、ご存じでしたか」

「えぇ。プロ・アマ問わず、彼の悪名は有名ですよ」

「なんと!? あの花山選手が警戒するほどの危険人物とは知りませんでした! 怖い! だからこそ彼の大喜利を見たい!」


 その発言で、観客の高木への注目度は一気に高まった。

 高木が座席に座ったタイミングで、青島は声を張り上げた。


「以上の4名が今回の参加者です! この中から【It point Grand Prix】の本選に出場する、笑天寺高校の代表二名が決まります!」




その後すぐに、最終選考が幕を開けた。


「最初のお題はこちら!」 


青島が言うと、ステージ後方の巨大スクリーンにお題が表示される。


【とうとう村人から愛想を尽かされたオオカミ少年。そんな彼が言い放った、渾身の嘘とは?】


「それでは、お考えください!」


 そう青島が叫んでから、わずか数秒後。ある選手が回答ボタンを押した。


「速い! まず先手を取ったのは江南選手!」


江南は表情を変えず、回答を口にする。


「狼と女将おかみ大御神おおみかみと台湾の英雄【王・華民おう・かみん】が来たぞー」


 彼女の回答は、ステージ後方の巨大スクリーンにも表示された。

 瞬間、会場が笑いの渦に包まれる。

 その直後。ポイント獲得の合図である祝砲が鳴り響いた。青島は声を張り上げる。


「江南選手、得意のワードセンスを遺憾なく発揮して先制です!」

「あははっ! 【王・華民】って本当にいるんですかね?」

「調べた所、存在しません! 架空の偉人です!」


 青島の返事に、また花山は笑った。


「やはり、ワードセンスは彼女に分がありますね。他の三人は、別の領域で勝負しないと厳しいでしょう」

「なるほど! そんなことを言っている間に、車崎選手が回答ボタンを押しました!」


 車崎は微笑で回答を皆に見せる。 


「狼と女将おかみ大御神おおみかみと台湾の英雄【王・華民おう・かみん】が来たぞー」


 彼女の回答は、江南と全く同じ、ではなかった。

 タブレットには、数十秒で描いたとは思えないほど、美麗な絵が描かれていたのだ。

 再び祝砲が轟いた。


「車崎選手、ポイント獲得! 得意の画力を存分に活かしてきました!」

「江南選手の回答に被せてきましたね。あの短時間で、狼と女将と大御神と【王・華民】を描き出すとは。流石です」


 花山は微笑で続ける。


「女将と大御神と【王・華民】に関しては、おそらく想像で描いていると思われます。なのに、絵を見た全員が一発で『狼と女将と大御神と【王・華民】が連れ立って歩いている絵だ』と理解できてしまう。これは抜群のセンスがあるから出来る芸当ですよ」

「なるほど! 念の為に確認しておきますが、他のプレイヤーの回答に便乗するというやり方に、問題はないのでしょうか?」

「ありませんよ。むしろ、それこそ大喜利の醍醐味です。こういったカウンターに秀でたプレイヤーもいますからね。それに、カウンタータイプは接戦になった時、僅差で負けることも多いんです。どうしても後手に回らざるを得ませんから。便乗は必ずしも最適解ではありません。あくまで戦略の一つです」

「なるほどー! おっと! ここで柊選手も回答ボタンを押した! 果たして二人に続けるのか!?」


 柊は勝ち気に笑って、声を上げる。


「アオォーン!」


 咆哮が夜空に響き渡った。

 数秒遅れで、一気に笑い声が湧き起こる。そして鳴る祝砲。

 青島がマイクを掴んで叫んだ。


「狼の声真似です! 本物と瓜二つでした!」

「あははっ! それで村の皆を騙せたとて、何の意味もないですけどね! そこも含めて最高の回答ですね」


 わずか数分の間に、三人の回答者が自身の実力を示した。

 そして。


「ここでようやく、高木選手も回答ボタンを押しました! 果たしてどんな回答が飛び出すのか!?」


 高木は淡々と言う。


「馬鹿が裸足で来たぞー」


それまでの熱狂が嘘のように、静まり返る観客。

誰一人として、口角を上げている者はいない。

しかし。


「……えぇ!? な、何で!?」


ポイント獲得の祝砲が鳴ったことに、青島は混乱した。


「今の回答は、どう考えても、全然面白くなかったはず! なのに、どうして高木選手にポイントが入ったのでしょうか!?」


 疑問に答えたのは花山だった。


「……これが、沈黙の殺戮者サイレント・キラーの由来ですよ。海外視聴者評価を確認してみてください」

「わ、分かりました。えーっと……す、スペイン語圏の視聴者が、異常なほど笑っています! これは一体!?」


 慌てふためく青島に向けて、花山は解説する。


「彼は、翻訳AIを完璧にハックしているんです」

「ど、どういうことでしょうか!? もうちょっと詳しくお願いします!」

「たとえば、英語圏の人々が【言葉巧みに、立てこもり犯を説得してください】というお題で、大喜利をやっていたとします。そこで、ある回答者が、『Ah! Hold me tight!』という回答を出した場合、イレギュラーが発生する可能性があるんです」

「……ひょっとして、言い方によっては、翻訳AIが『アホみたい』と翻訳するということでしょうか?」


青島の問いに頷く花山。


「【言葉巧みに、立てこもり犯を説得しろ】というお題に対して、英語圏の人が自信満々に『アホみたい』と言っていたら、回答者の思惑とは別の部分で笑いが生まれる可能性がある。そう思いませんか?」

「……そうですね。十分、起こり得ると思います」

「それを、彼は意図的に起こしたんです。彼の回答が、AIによって、スペイン語圏の人たちが爆笑する内容に翻訳されたんですよ。おそらく彼は、自分の回答が、どの言語でどんな風に翻訳されるのか、完璧に予測しているんです」

「そ、そんなことが可能なんですか!?」

「理論上は可能です。しかし、あらゆる言語の深い知識に加えて、翻訳AIの傾向も頭に入れておく必要がありますから、トッププロの選手でも真似することは不可能でしょう」


 他の三人とは全く異なるタイプの天才が登場したことに、会場は騒然となった。

 それに気付いた青島が、慌ててフォローする。


「そ、それぞれが、それぞれの持ち味を存分に見せつけております! これは今後が楽しみです!」




「続いてのお題はこちら!」

青島の台詞に合わせて、巨大スクリーンに次のお題が表示される。


【七文字でビビらせてください】


回答者は全員、すぐにタブレットへ回答を書き込み始める。


「さぁ、お考え……と言い終わる前に、江南選手がボタンを押しています! 早すぎます!」


 江南は素早く回答を口にする。


天上天下唯餓死てんじょうてんげゆいがし


決して小さくない笑いが会場に巻き起こった。しかし、祝砲は鳴らない。


「おっと! これは惜しくもポイント獲得ならず! 私は好きな回答でしたが……って、嘘!? 江南選手、また回答するの!?」


 驚く青島を置き去りに、江南は表情を変えることなく、一瞬で次の回答を書き込み、言い放った。


台風千七号上陸たいふうせんななごうじょうりく


 解説席の花山が吹き出す。


「あははっ! 1年間で1007回も台風に襲われたら、そりゃビビりますよね!」


 さらに、江南はまたもや回答ボタンを押し、答える。


中国対米国勃発ちゅうごくたいべいこくぼっぱつ


そして響き渡る祝砲。青島の実況にも熱が入る。


「連続回答! そして連続ポイント! 江南選手、強い!」


 だが、車崎と柊も、決して劣ってはいない。次々と回答ボタンを押し、秀逸な回答を繰り出していく。


「江南選手に負けじと、車崎選手は画力で、柊選手は声真似でポイントを積み重ねていきます!」


 勿論、もう一人の回答者も同様だ。


地震雷火事親父じしんかみなりかじおやじ


 笑い声のない空間に、祝砲だけが虚しく響く。


「そして高木選手は、またまた全く面白くない回答でポイントをゲットしました!」

「……正直、僕はあまり好きなやり方じゃありませんね」


 花山が、眉を顰めて苦言を呈する。


「……会場の皆さんも同じ気持ちなのか、ちょっと異様な雰囲気になってきましたね」


 青島の発言を合図に、観客から野次が飛び始めた。


「おい! 会場の俺達を無視するな!」

「そうだそうだ! ちゃんと笑わせろ!」

「み、皆さん! 落ち着いてください! 選手にペットボトルを投げてはいけません!」


 青島の静止も、ほとんど意味を為していない。

 それを受けて、当人である高木は胸中で呟く。


(無視なんかしてねぇよ)


 本音を必死に押し留める。


(俺は、あんた達を必死で笑わせようとしてるだけなんだよ!)


実をいうと、彼は、翻訳AIを完璧にハックしている訳ではない。

彼はただ、絶望的に面白くないだけなのだ。







高木業平の正体は、大喜利が好きな、ごく普通の高校生である。

ただ、彼には笑いの才能が無かった。

面白い回答を作る才能が全く無かった。

だから、数年前までは、趣味で大喜利をしているだけだった。

しかし、ある日。

アメリカに住む青年が主催する、オンライン大喜利大会に参加した際、自分の回答が海外の視聴者に、異常なほどウケていると気がついた。

 それ以降、彼は海外の視聴者だけを狙い打ちして大喜利するようになった。

 すると、各所の大喜利大会で連戦連勝するようになり、サイレント・キラーという二つ名は一気に広まった。

 そして、今年。

高校入学を機に、彼は【It point Grand Prix】への参加を決意した。

 理由は、妹の手術費を稼ぐため。

 彼の妹は、重病に侵されている。すぐにでも海外の専門的な医療施設へ入院し、適切な処置を受けるべき段階にある。

 しかし。凄まじい円安の影響で、海外への渡航費&医療費は暴騰しているため、万全の環境で手術を受けるためには、トータルで5億円弱が必要となってしまうのだ。

だから、彼は決めた。

妹を救うために、スベリ続けると。




(チクショウ……。どいつもこいつも、好き放題言いやがって……)


 容赦ない罵詈雑言に晒されながら、高木は思う。


(俺だって、本当は真っ当に評価されたかったよ! でも、それじゃ無理だったんだよ! だから、こんな感じになっちゃったんだよ! 仕方ないだろ!)


 いっそ、本音をぶちまけてやろうか。どうせ彼らは自分の回答で笑わないのだから。嫌われたっていいじゃないか。

 そんな邪念が心中に湧いた、直後。


「いい加減にしなさい」


 江南優香が、声を発した。

 彼女はピシャリと観客に言い放つ。


「少しでも大喜利を嗜んだことがある人間なら、彼がどれほど高度で難解なことをしているか、理解できるはずよ。貶される道理はないわ」


 その眼差しに、迷いはない。


「私は、彼の努力は認められるべきだと思うわ」


 圧倒的実力者の一声に、群衆が静まり返る。

 青島が神妙な面持ちで呟いた。


「うーん……。とはいえ、高木選手が現場の観客を半ば無視していることは事実ですからね……」


 花山も意見を口にする。


「ここで、彼を庇ったことが吉と出るか凶と出るか、注目ですね」


 盛り上がりを取り戻そうと、青島が叫ぶ。


「それでは、次が最後のお題となります!」


 現在は、江南と高木が同率トップ。車崎と柊がそれを1ポイント差で追っている。

 次の一問で、全てが決まる。現場は高揚感と緊張感に包まれた。

 問題がスクリーンに表示される。


【リアルガチ大喜利】 

〘嘘みたいな本当のことを言ってください〙


青島は補足する。


「これは単なるお題ではありません! 嘘を言った場合、AIがそれを見抜き、回答した選手は強制的に失格となります! つまり、絶対に本音で回答しなければいけないということです!」


 条件付き大喜利。

 この難問に、まず挑んだのは柊有里奈だった。


「私、米津◯師の隠し子とマブダチです」


 界隈がざわつきそうな発言でポイントを獲得していく。

 続いて回答したのは、車崎桜子。


「実を言うと、モナ・リザは世界に3枚存在します」


 これまた、信じがたい真実でポイントを得ていく。

 青島のテンションも高まる。


「すごい! 嘘みたいな本当が、次々と明らかになっていきます!」


しかし、それ以降は笑いこそ起こるものの、ポイント獲得までは至らない。

特に、江南と高木は苦戦を強いられた。

車崎や柊と異なり、二人は普通の高校生だ。皆を驚かせ、爆笑させるような衝撃的事実など、知らなくて当然である。

 青島が時計を確認した。


「残り時間からして、これは延長戦に突入しそうですね!」

「延長戦になれば、車崎選手と柊選手はかなり有利ですよ」


花山の言葉に青島が驚く。


「どうしてでしょうか!?」

「延長戦はサドンデス方式です。 つまり、先にポイントを取った方が勝利します。この場合、後手を取るカウンタータイプがかなり有利になるんですよ」

「え? 普通に考えたら、江南選手のような素早いタイプこそ有利に思えますが……」


 青島の真っ当な問い。花山は微笑で返す。


「もし仮に、青島さんがサドンデスの勝者を決める決定権を持っていたとして、江南選手が最初に回答した場合。他の選手の回答を待たず、彼女が勝者だと決められますか?」

「いや、よっぽど面白い回答じゃない限りは、様子見します。他の選手が、もっと面白い回答を用意しているかもしれないので」


 花山は満足げに頷いた。


「観客や視聴者も、青島さんと同じ気持ちになって、先手の選手の回答に対しては、無意識的に笑いを堪えてしまうんです」

「だから後手が有利になると。なるほど!」

「車崎選手は画力で、柊選手は声で、前の回答に被せることが出来ます。それが上手くいった時の爆発力は、サドンデスでこそ真価を発揮するんです」

「じゃあ、江南選手が後手を取ればいいんじゃないですか?」


 素朴な質問に、首を振る花山。


「仮に江南選手が後手を取ったとしても、言葉だけで、車崎選手の画力や柊選手の声真似をねじ伏せることは、かなり難しいと思います」

「では、高木選手は? 海外視聴者評価は現場の空気に左右されにくいですし、有利なのでは?」

「いえ、高木選手も厳しい闘いになりますよ。結局、彼も言葉だけで勝負していますからね。サドンデスでの決定力には欠けるかと」


 つまり、江南と高木は、ここで勝利を決めなければ、かなりの苦境に立たされるのだ。

 それが分かっているからか、二人共、表情は固い。

 そして。


「おーっと! ここで高木選手がボタンを押した!」


 青島が言うと、会場の観客が湧き立つ。

 高木は回答を叫んだ。


「江南優香さん! ずっと大好きでした! 俺と付き合ってください!」

「……ふぇ!?」


江南の呆けた声が、中庭に響いた。

数秒の静寂の後、群衆が一気に騒ぎ出す。

それはもはや、笑い声というよりも歓声に近かった。

青島が慌てて叫ぶ。


「AIによる解析の結果、今の発言は嘘ではありません! なんと、高木選手は、本当に江南選手のことがずっとずっと大好きだったみたいです!」

「あははははっ! アホだ! アホすぎる!」


 解説席の花山は、腹を抱えて笑っている。

 その間に、江南は回答ボタンを押した。

 青島に促され、顔を真っ赤にした彼女が、ぽしょりと回答した。


「……私も、好きです。よろしくお願いします」


 彼女が言って、観客が湧き、祝砲が鳴ると同時、試合終了を告げるブザー音が響き渡った。


「ここでタイムアップ! まさかの結末です! こんな劇的な幕切れが待っているとは思いませんでした!」

「あはははっ! すごい! これは伝説だよ! あははははっ!」


 青島の興奮した声と、花山の笑い声が、マイクに乗って遥か彼方まで轟いた。




 高木の行動に、江南は激怒していた。


「最低……」

「すまん! あの場はああするしか無かったんだ!」


平身低頭で高木が謝る。しかし江南は厳しい顔のままだ。


「人の好意を大喜利に利用するなんて、信じられないわ」

「そ、そう言うお前だって、最後は俺に便乗したじゃねぇか! 好意を利用したじゃねぇか!」

「仕方ないでしょう! 時間が限られていたのよ! あれ以外に、勝つ方法が無かったの!」


 実際、あの場は高木の回答に便乗しなければ、乗り切れなかっただろう。江南も理解している。しかし気持ちは晴れない。

 高木はおそるおそる聞く。


「……俺のこと、嫌いになったか?」

「き、嫌いにはなっていないけど……」


何か言いたげな様子の江南。高木は悲しそうに尋ねた。


「俺と付き合ってること、皆に知られるの、そんなに嫌か?」

「嫌ではないけど……」 

「じゃあ、何でそんなに不満げなんだよ?」

「恥ずかしいのよ!」


顔を赤らめて、江南は言った。


「高木君だからじゃなくて、誰かとつき合っていることを大っぴらに公言するのが嫌なの!」


本心を白状し、江南はその場にへたり込む。


「もう嫌だ……恥ずかしい……お嫁に行けない……」

「だ、大丈夫だって! 俺が貰うから!」

「めちゃくちゃサラッとプロポーズされた……もっとちゃんとプロポーズされたかった……理想と全然違う……」


 打ちひしがれる江南の両肩を、高木が掴み、強く揺さぶった。 


「気をしっかり持て! 俺達は、何が何でも十億円を手に入れなきゃいけないんだぞ!」


 そう言われてハッとする江南。


「……そうね。そうよね」


 彼女の目に力が戻る。


「私は弟のために」

「俺は妹のために」


 実は、江南の弟もまた、高木の妹と同じ病気に苦しんでいる。そもそも、二人は妹や弟の見舞いの際に出会ったのだ。

 投薬による延命治療も、そろそろ限界に近い。二人が闇大喜利で稼いだ金も、延命治療で使い果たした。

 手術費は、一人あたり五億円。二人で十億円。

 要するに、もはや二人には、【It point Grand Prix】しか道が残されていないのだ。

 高木が江南を見据えて誓う。 


「何がなんでも、十億円を手に入れて、陽菜と祐希を助けよう」

「……勿論よ。そのためだったら、何でもするわ」




後日。

江南と高木は連れ立って、記者会見ヘ赴いた。

記者の一人が聞く。


「江南選手! 高木選手! 本選に向けた意気込みをお願いします!」

「だ、ダーリンと一緒に、10億円ゲットできるように頑張りますっ!」

「ハニーと豪華なハネムーンへ行くために、頑張って10億円ゲットするぜ!」


こうして、人生を懸けた大喜利バトルが幕を開けるのであった。

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