ようこそ(大喜利の)実力至上主義の教室へ
森林梢
ようこそ(大喜利の)実力至上主義の教室へ
翻訳AIの著しい発展によって、世界中に存在していた、あらゆる言語の壁は取り払われた。
そんな世界において、
大喜利するだけで、年間に数億円を稼ぐような【
そんな中、世界中の
名前は【
15歳以上であれば、誰でも参加することが出来る、世界最大規模の大喜利大会。
優勝賞金は、日本円にしておよそ十億円。
優勝すれば、それだけで人生を一発逆転できる、とんでもない大会だ。
◇
試合開始直前。
会場である
彼らの視線の先には、一高校が用意したとは思えないほど立派なステージ。
また、ステージ上には、巨大ロボットのコクピットを彷彿とさせるような座席が四つ、等間隔に用意されている。座席の前には机があり、そこにはタブレットとタッチペンが置かれている。
そんな中庭に、アナウンサーを務める生徒の声が響き渡った。
「全世界60億人の大喜利ファンの皆様! お待たせしました! 【It point Grand Prix】に出場する、笑天寺高校の代表を決める校内選考会も、いよいよ大詰めです!」
笑天寺高校は、大喜利強豪校として世界各地から注目されており、【It point Grand Prix】でも優秀な成績を収めている。
ゆえに、校内選考会の様子を、世界中の大喜利ファンが、動画配信サービスを介してリアルタイムで視聴しているのだ。
「今夜の一戦、実況は私、青島が務めさせていただきます! そして! 解説として、東国建機スコーピオンズの
「よろしくお願いします」
中庭の中央に設けられたステージの脇に、アナウンサー役の生徒である青島と、解説の花山太一は座っている。
まず、青島は花山に心からの謝辞を伝えた。
「一高校の校内選考会に、プロの
「笑天寺高校は、毎年のようにプロ選手を輩出する名門校ですからね。校内選考会をチェックしない理由はありませんよ」
甘いマスクの花山が微笑すると、黄色い声援が会場を包みこんだ。
青島が懸命に実況する。
「さぁ! 今夜の一戦で、我が校の代表2名が決定します! 決めるのは、貴方たち観客の笑い声だ!」
青島の煽りで、観客のボルテージは最高潮に達した。
「では早速、選手の紹介を、入場と共に行います!」
その言葉を合図に、ステージ横の選手入場口にスポットライトが当たる。
「まずは一年生代表! 抜群のワードセンスと圧倒的な回答スピードの速さで、ここまで勝ち抜いてきた神速の女王!
入場口から現れたのは、黒の長髪が似合う凛々しい印象の女子生徒。服装は学校指定の制服。豊かな胸元がブラウスの上からでも見て取れる。紺のスカートから伸びる脚はすらりと長く、目元の泣きぼくろがチャーミングだ。
彼女が座席に座ったタイミングで、花山が言った。
「彼女の武器は回答スピードです。凄まじいスピードで強力な回答を量産していく姿から、【模範解答製造機】とも呼ばれています。学生大喜利界屈指の実力者ですよ。既にプロのスカウトも注目しています」
「なるほどなるほど! しかし一方で、江南選手はかなりの守銭奴という噂もあります! 某スカウトの話では、契約金として5億円を要求したらしいですよ! その辺りの真偽については、ご存知ですか?」
「あははっ、ちょっと自分には分かりませんね。ただ、高卒の新人がいきなり5億円の契約金をもらうなんて、聞いたことがありません。その話が本当なら、目先のお金にこだわりすぎないようにしてほしいです」
江南が一瞬だけ解説席に意味深な眼差しを向けたが、それに気付く者はいない。
青島は次の選手紹介へと移った。
「続きまして、二年生代表! 凄まじい画力を武器に、並み居る猛者たちを次々と薙ぎ倒してきた才色兼備の鬼才、
青島の紹介に応じて、柔和な雰囲気の着物美人が入場してきた。
たおやかな印象で、その笑みはふわりと咲き誇るソメイヨシノのようだ。
「絵画の世界で名を馳せる才媛が、大喜利の舞台でも世界を魅了するのでしょうか!? 花山さん! 彼女の画力について、ご意見をお願いします!」
「大喜利において、画力は非常に強い武器です。出来ることの幅が一気に広がりますからね。彼女にも期待していますよ」
尚も選手紹介は続く。
「続きまして三年生代表! 現役の歌い手として人気爆発中! 百色の声を持つ歌姫!
周囲に手を振りながら入場したのは、派手な柄の半袖Tシャツにショートパンツという着こなしの少女。金のショートカットが快活な雰囲気と合っており、時おり覗く八重歯が可愛らしい。
青島が丁寧に選手の説明をする。
「柊選手は物真似も得意としており、SNSでも頻繁に披露しています!」
「彼女は、海外の有名アーティストや政治家のモノマネも上手いですよね。だから、海外視聴者評価が非常に伸びやすいんです」
「おっと。そういえば、海外視聴者評価について、説明していませんでしたね」
「必要ですかね? みんな分かってると思いますけど」
「念の為です!」
苦笑する花山の発言を押し切って、青島は採点方法の説明を行った。
「今回は【It point Grand Prix】の本選と同じく、会場の笑いの量をAIによって計測し、点数化することで、ポイント獲得か否かのジャッジを行います! そして、そこに加えて、世界中で校内選考会を観ている視聴者さんの笑いも、携帯端末内臓のAIで測定し、点数に加算させていただきます!」
花山が付け加える。
「海外視聴者評価で苦しむのは、江南選手でしょうね。言葉での回答は、どうしても日本以外の伸びが悪くなります。最悪、現場では大爆笑を取っているのに、ポイントを獲得できないという事態も起こり得ます。その点には気を付けてほしいですね」
そんなことを話している間に、柊が座席に腰を下ろした。青島は実況に戻る。
「それでは、最後の選手紹介! ワイルドカード枠の登場です!」
ワイルドカード枠。
基本的に、校内選考会の最終選考は、各学年から一人だけが進出できる。
しかし、ただ一人だけ、負けた者の中から、ワイルドカード枠として復活することが出来るのだ。
青島は朗々と最後の選手を紹介した。
「突如としてワイルドカード選考会に現れ、暴力的なまでの強さで最終選考まで辿り着いた超ダークホース! 高木業平選手!」
現れたのは、これといった特徴のない男子生徒。長身痩躯で、髪は肩にかかる程度の長さ。無個性。凡庸。それが観客らの本音だろう。
ふらふらと歩く彼について、青島は説明しようとする。
「ワイルドカード選考会の審査員たちが、協議の末、彼のキャッチコピーを決めたのですが……」
「……沈黙の
花が口を挟んだことに、青島は驚いた。
「花山選手、ご存じでしたか」
「えぇ。プロ・アマ問わず、彼の悪名は有名ですよ」
「なんと!? あの花山選手が警戒するほどの危険人物とは知りませんでした! 怖い! だからこそ彼の大喜利を見たい!」
その発言で、観客の高木への注目度は一気に高まった。
高木が座席に座ったタイミングで、青島は声を張り上げた。
「以上の4名が今回の参加者です! この中から【It point Grand Prix】の本選に出場する、笑天寺高校の代表二名が決まります!」
◇
その後すぐに、最終選考が幕を開けた。
「最初のお題はこちら!」
青島が言うと、ステージ後方の巨大スクリーンにお題が表示される。
【とうとう村人から愛想を尽かされたオオカミ少年。そんな彼が言い放った、渾身の嘘とは?】
「それでは、お考えください!」
そう青島が叫んでから、わずか数秒後。ある選手が回答ボタンを押した。
「速い! まず先手を取ったのは江南選手!」
江南は表情を変えず、回答を口にする。
「狼と
彼女の回答は、ステージ後方の巨大スクリーンにも表示された。
瞬間、会場が笑いの渦に包まれる。
その直後。ポイント獲得の合図である祝砲が鳴り響いた。青島は声を張り上げる。
「江南選手、得意のワードセンスを遺憾なく発揮して先制です!」
「あははっ! 【王・華民】って本当にいるんですかね?」
「調べた所、存在しません! 架空の偉人です!」
青島の返事に、また花山は笑った。
「やはり、ワードセンスは彼女に分がありますね。他の三人は、別の領域で勝負しないと厳しいでしょう」
「なるほど! そんなことを言っている間に、車崎選手が回答ボタンを押しました!」
車崎は微笑で回答を皆に見せる。
「狼と
彼女の回答は、江南と全く同じ、ではなかった。
タブレットには、数十秒で描いたとは思えないほど、美麗な絵が描かれていたのだ。
再び祝砲が轟いた。
「車崎選手、ポイント獲得! 得意の画力を存分に活かしてきました!」
「江南選手の回答に被せてきましたね。あの短時間で、狼と女将と大御神と【王・華民】を描き出すとは。流石です」
花山は微笑で続ける。
「女将と大御神と【王・華民】に関しては、おそらく想像で描いていると思われます。なのに、絵を見た全員が一発で『狼と女将と大御神と【王・華民】が連れ立って歩いている絵だ』と理解できてしまう。これは抜群のセンスがあるから出来る芸当ですよ」
「なるほど! 念の為に確認しておきますが、他のプレイヤーの回答に便乗するというやり方に、問題はないのでしょうか?」
「ありませんよ。むしろ、それこそ大喜利の醍醐味です。こういったカウンターに秀でたプレイヤーもいますからね。それに、カウンタータイプは接戦になった時、僅差で負けることも多いんです。どうしても後手に回らざるを得ませんから。便乗は必ずしも最適解ではありません。あくまで戦略の一つです」
「なるほどー! おっと! ここで柊選手も回答ボタンを押した! 果たして二人に続けるのか!?」
柊は勝ち気に笑って、声を上げる。
「アオォーン!」
咆哮が夜空に響き渡った。
数秒遅れで、一気に笑い声が湧き起こる。そして鳴る祝砲。
青島がマイクを掴んで叫んだ。
「狼の声真似です! 本物と瓜二つでした!」
「あははっ! それで村の皆を騙せたとて、何の意味もないですけどね! そこも含めて最高の回答ですね」
わずか数分の間に、三人の回答者が自身の実力を示した。
そして。
「ここでようやく、高木選手も回答ボタンを押しました! 果たしてどんな回答が飛び出すのか!?」
高木は淡々と言う。
「馬鹿が裸足で来たぞー」
それまでの熱狂が嘘のように、静まり返る観客。
誰一人として、口角を上げている者はいない。
しかし。
「……えぇ!? な、何で!?」
ポイント獲得の祝砲が鳴ったことに、青島は混乱した。
「今の回答は、どう考えても、全然面白くなかったはず! なのに、どうして高木選手にポイントが入ったのでしょうか!?」
疑問に答えたのは花山だった。
「……これが、沈黙の
「わ、分かりました。えーっと……す、スペイン語圏の視聴者が、異常なほど笑っています! これは一体!?」
慌てふためく青島に向けて、花山は解説する。
「彼は、翻訳AIを完璧にハックしているんです」
「ど、どういうことでしょうか!? もうちょっと詳しくお願いします!」
「たとえば、英語圏の人々が【言葉巧みに、立てこもり犯を説得してください】というお題で、大喜利をやっていたとします。そこで、ある回答者が、『Ah! Hold me tight!』という回答を出した場合、イレギュラーが発生する可能性があるんです」
「……ひょっとして、言い方によっては、翻訳AIが『アホみたい』と翻訳するということでしょうか?」
青島の問いに頷く花山。
「【言葉巧みに、立てこもり犯を説得しろ】というお題に対して、英語圏の人が自信満々に『アホみたい』と言っていたら、回答者の思惑とは別の部分で笑いが生まれる可能性がある。そう思いませんか?」
「……そうですね。十分、起こり得ると思います」
「それを、彼は意図的に起こしたんです。彼の回答が、AIによって、スペイン語圏の人たちが爆笑する内容に翻訳されたんですよ。おそらく彼は、自分の回答が、どの言語でどんな風に翻訳されるのか、完璧に予測しているんです」
「そ、そんなことが可能なんですか!?」
「理論上は可能です。しかし、あらゆる言語の深い知識に加えて、翻訳AIの傾向も頭に入れておく必要がありますから、トッププロの選手でも真似することは不可能でしょう」
他の三人とは全く異なるタイプの天才が登場したことに、会場は騒然となった。
それに気付いた青島が、慌ててフォローする。
「そ、それぞれが、それぞれの持ち味を存分に見せつけております! これは今後が楽しみです!」
◇
「続いてのお題はこちら!」
青島の台詞に合わせて、巨大スクリーンに次のお題が表示される。
【七文字でビビらせてください】
回答者は全員、すぐにタブレットへ回答を書き込み始める。
「さぁ、お考え……と言い終わる前に、江南選手がボタンを押しています! 早すぎます!」
江南は素早く回答を口にする。
「
決して小さくない笑いが会場に巻き起こった。しかし、祝砲は鳴らない。
「おっと! これは惜しくもポイント獲得ならず! 私は好きな回答でしたが……って、嘘!? 江南選手、また回答するの!?」
驚く青島を置き去りに、江南は表情を変えることなく、一瞬で次の回答を書き込み、言い放った。
「
解説席の花山が吹き出す。
「あははっ! 1年間で1007回も台風に襲われたら、そりゃビビりますよね!」
さらに、江南はまたもや回答ボタンを押し、答える。
「
そして響き渡る祝砲。青島の実況にも熱が入る。
「連続回答! そして連続ポイント! 江南選手、強い!」
だが、車崎と柊も、決して劣ってはいない。次々と回答ボタンを押し、秀逸な回答を繰り出していく。
「江南選手に負けじと、車崎選手は画力で、柊選手は声真似でポイントを積み重ねていきます!」
勿論、もう一人の回答者も同様だ。
「
笑い声のない空間に、祝砲だけが虚しく響く。
「そして高木選手は、またまた全く面白くない回答でポイントをゲットしました!」
「……正直、僕はあまり好きなやり方じゃありませんね」
花山が、眉を顰めて苦言を呈する。
「……会場の皆さんも同じ気持ちなのか、ちょっと異様な雰囲気になってきましたね」
青島の発言を合図に、観客から野次が飛び始めた。
「おい! 会場の俺達を無視するな!」
「そうだそうだ! ちゃんと笑わせろ!」
「み、皆さん! 落ち着いてください! 選手にペットボトルを投げてはいけません!」
青島の静止も、ほとんど意味を為していない。
それを受けて、当人である高木は胸中で呟く。
(無視なんかしてねぇよ)
本音を必死に押し留める。
(俺は、あんた達を必死で笑わせようとしてるだけなんだよ!)
実をいうと、彼は、翻訳AIを完璧にハックしている訳ではない。
彼はただ、絶望的に面白くないだけなのだ。
◇
高木業平の正体は、大喜利が好きな、ごく普通の高校生である。
ただ、彼には笑いの才能が無かった。
面白い回答を作る才能が全く無かった。
だから、数年前までは、趣味で大喜利をしているだけだった。
しかし、ある日。
アメリカに住む青年が主催する、オンライン大喜利大会に参加した際、自分の回答が海外の視聴者に、異常なほどウケていると気がついた。
それ以降、彼は海外の視聴者だけを狙い打ちして大喜利するようになった。
すると、各所の大喜利大会で連戦連勝するようになり、サイレント・キラーという二つ名は一気に広まった。
そして、今年。
高校入学を機に、彼は【It point Grand Prix】への参加を決意した。
理由は、妹の手術費を稼ぐため。
彼の妹は、重病に侵されている。すぐにでも海外の専門的な医療施設へ入院し、適切な処置を受けるべき段階にある。
しかし。凄まじい円安の影響で、海外への渡航費&医療費は暴騰しているため、万全の環境で手術を受けるためには、トータルで5億円弱が必要となってしまうのだ。
だから、彼は決めた。
妹を救うために、スベリ続けると。
◇
(チクショウ……。どいつもこいつも、好き放題言いやがって……)
容赦ない罵詈雑言に晒されながら、高木は思う。
(俺だって、本当は真っ当に評価されたかったよ! でも、それじゃ無理だったんだよ! だから、こんな感じになっちゃったんだよ! 仕方ないだろ!)
いっそ、本音をぶちまけてやろうか。どうせ彼らは自分の回答で笑わないのだから。嫌われたっていいじゃないか。
そんな邪念が心中に湧いた、直後。
「いい加減にしなさい」
江南優香が、声を発した。
彼女はピシャリと観客に言い放つ。
「少しでも大喜利を嗜んだことがある人間なら、彼がどれほど高度で難解なことをしているか、理解できるはずよ。貶される道理はないわ」
その眼差しに、迷いはない。
「私は、彼の努力は認められるべきだと思うわ」
圧倒的実力者の一声に、群衆が静まり返る。
青島が神妙な面持ちで呟いた。
「うーん……。とはいえ、高木選手が現場の観客を半ば無視していることは事実ですからね……」
花山も意見を口にする。
「ここで、彼を庇ったことが吉と出るか凶と出るか、注目ですね」
盛り上がりを取り戻そうと、青島が叫ぶ。
「それでは、次が最後のお題となります!」
現在は、江南と高木が同率トップ。車崎と柊がそれを1ポイント差で追っている。
次の一問で、全てが決まる。現場は高揚感と緊張感に包まれた。
問題がスクリーンに表示される。
【リアルガチ大喜利】
〘嘘みたいな本当のことを言ってください〙
青島は補足する。
「これは単なるお題ではありません! 嘘を言った場合、AIがそれを見抜き、回答した選手は強制的に失格となります! つまり、絶対に本音で回答しなければいけないということです!」
条件付き大喜利。
この難問に、まず挑んだのは柊有里奈だった。
「私、米津◯師の隠し子とマブダチです」
界隈がざわつきそうな発言でポイントを獲得していく。
続いて回答したのは、車崎桜子。
「実を言うと、モナ・リザは世界に3枚存在します」
これまた、信じがたい真実でポイントを得ていく。
青島のテンションも高まる。
「すごい! 嘘みたいな本当が、次々と明らかになっていきます!」
しかし、それ以降は笑いこそ起こるものの、ポイント獲得までは至らない。
特に、江南と高木は苦戦を強いられた。
車崎や柊と異なり、二人は普通の高校生だ。皆を驚かせ、爆笑させるような衝撃的事実など、知らなくて当然である。
青島が時計を確認した。
「残り時間からして、これは延長戦に突入しそうですね!」
「延長戦になれば、車崎選手と柊選手はかなり有利ですよ」
花山の言葉に青島が驚く。
「どうしてでしょうか!?」
「延長戦はサドンデス方式です。 つまり、先にポイントを取った方が勝利します。この場合、後手を取るカウンタータイプがかなり有利になるんですよ」
「え? 普通に考えたら、江南選手のような素早いタイプこそ有利に思えますが……」
青島の真っ当な問い。花山は微笑で返す。
「もし仮に、青島さんがサドンデスの勝者を決める決定権を持っていたとして、江南選手が最初に回答した場合。他の選手の回答を待たず、彼女が勝者だと決められますか?」
「いや、よっぽど面白い回答じゃない限りは、様子見します。他の選手が、もっと面白い回答を用意しているかもしれないので」
花山は満足げに頷いた。
「観客や視聴者も、青島さんと同じ気持ちになって、先手の選手の回答に対しては、無意識的に笑いを堪えてしまうんです」
「だから後手が有利になると。なるほど!」
「車崎選手は画力で、柊選手は声で、前の回答に被せることが出来ます。それが上手くいった時の爆発力は、サドンデスでこそ真価を発揮するんです」
「じゃあ、江南選手が後手を取ればいいんじゃないですか?」
素朴な質問に、首を振る花山。
「仮に江南選手が後手を取ったとしても、言葉だけで、車崎選手の画力や柊選手の声真似をねじ伏せることは、かなり難しいと思います」
「では、高木選手は? 海外視聴者評価は現場の空気に左右されにくいですし、有利なのでは?」
「いえ、高木選手も厳しい闘いになりますよ。結局、彼も言葉だけで勝負していますからね。サドンデスでの決定力には欠けるかと」
つまり、江南と高木は、ここで勝利を決めなければ、かなりの苦境に立たされるのだ。
それが分かっているからか、二人共、表情は固い。
そして。
「おーっと! ここで高木選手がボタンを押した!」
青島が言うと、会場の観客が湧き立つ。
高木は回答を叫んだ。
「江南優香さん! ずっと大好きでした! 俺と付き合ってください!」
「……ふぇ!?」
江南の呆けた声が、中庭に響いた。
数秒の静寂の後、群衆が一気に騒ぎ出す。
それはもはや、笑い声というよりも歓声に近かった。
青島が慌てて叫ぶ。
「AIによる解析の結果、今の発言は嘘ではありません! なんと、高木選手は、本当に江南選手のことがずっとずっと大好きだったみたいです!」
「あははははっ! アホだ! アホすぎる!」
解説席の花山は、腹を抱えて笑っている。
その間に、江南は回答ボタンを押した。
青島に促され、顔を真っ赤にした彼女が、ぽしょりと回答した。
「……私も、好きです。よろしくお願いします」
彼女が言って、観客が湧き、祝砲が鳴ると同時、試合終了を告げるブザー音が響き渡った。
「ここでタイムアップ! まさかの結末です! こんな劇的な幕切れが待っているとは思いませんでした!」
「あはははっ! すごい! これは伝説だよ! あははははっ!」
青島の興奮した声と、花山の笑い声が、マイクに乗って遥か彼方まで轟いた。
◇
高木の行動に、江南は激怒していた。
「最低……」
「すまん! あの場はああするしか無かったんだ!」
平身低頭で高木が謝る。しかし江南は厳しい顔のままだ。
「人の好意を大喜利に利用するなんて、信じられないわ」
「そ、そう言うお前だって、最後は俺に便乗したじゃねぇか! 好意を利用したじゃねぇか!」
「仕方ないでしょう! 時間が限られていたのよ! あれ以外に、勝つ方法が無かったの!」
実際、あの場は高木の回答に便乗しなければ、乗り切れなかっただろう。江南も理解している。しかし気持ちは晴れない。
高木はおそるおそる聞く。
「……俺のこと、嫌いになったか?」
「き、嫌いにはなっていないけど……」
何か言いたげな様子の江南。高木は悲しそうに尋ねた。
「俺と付き合ってること、皆に知られるの、そんなに嫌か?」
「嫌ではないけど……」
「じゃあ、何でそんなに不満げなんだよ?」
「恥ずかしいのよ!」
顔を赤らめて、江南は言った。
「高木君だからじゃなくて、誰かとつき合っていることを大っぴらに公言するのが嫌なの!」
本心を白状し、江南はその場にへたり込む。
「もう嫌だ……恥ずかしい……お嫁に行けない……」
「だ、大丈夫だって! 俺が貰うから!」
「めちゃくちゃサラッとプロポーズされた……もっとちゃんとプロポーズされたかった……理想と全然違う……」
打ちひしがれる江南の両肩を、高木が掴み、強く揺さぶった。
「気をしっかり持て! 俺達は、何が何でも十億円を手に入れなきゃいけないんだぞ!」
そう言われてハッとする江南。
「……そうね。そうよね」
彼女の目に力が戻る。
「私は弟のために」
「俺は妹のために」
実は、江南の弟もまた、高木の妹と同じ病気に苦しんでいる。そもそも、二人は妹や弟の見舞いの際に出会ったのだ。
投薬による延命治療も、そろそろ限界に近い。二人が闇大喜利で稼いだ金も、延命治療で使い果たした。
手術費は、一人あたり五億円。二人で十億円。
要するに、もはや二人には、【It point Grand Prix】しか道が残されていないのだ。
高木が江南を見据えて誓う。
「何がなんでも、十億円を手に入れて、陽菜と祐希を助けよう」
「……勿論よ。そのためだったら、何でもするわ」
◇
後日。
江南と高木は連れ立って、記者会見ヘ赴いた。
記者の一人が聞く。
「江南選手! 高木選手! 本選に向けた意気込みをお願いします!」
「だ、ダーリンと一緒に、10億円ゲットできるように頑張りますっ!」
「ハニーと豪華なハネムーンへ行くために、頑張って10億円ゲットするぜ!」
こうして、人生を懸けた大喜利バトルが幕を開けるのであった。
ようこそ(大喜利の)実力至上主義の教室へ 森林梢 @w167074e
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