獣人ショートストーリー集

智bet

年男

ガチャガチャと食器が触れ合う音、バカ笑いの喧騒の隙間にかろうじて聞こえる知らない女歌手の昭和歌謡。


大晦日も元日も、三が日も24時間休まず営業し続けるその安居酒屋、シブキは朝も夜も冬休みムードの大人たちで大盛況しており、1月2日であっても変わらず楽しげなムードに包まれている。


「はい、お待たせいたしました!柚子サワーと塩狩峠半合!三点盛りと枝豆でぇす!日本酒の方は升に注がせていただきますね!」


ホール担当の派手な髪色をしたオオカミのネーチャンが意気揚々と日本酒のボトルを傾けていくが、疲れているのかその手は若干震えている。


毛繕いする暇もないのか顔周りの毛にツヤはなく、手の周りの毛なんかはあっちへ跳ねてこっちへ跳ねでボサボサだった。


オオカミ獣人特有の面積の広い爪はおそらくギャルネイルを泣く泣く剥がしたのだろう、やたらとピカピカしている。


元日はギャル友達ときゃぴきゃぴした振袖を纏って初詣に行ったが、仮眠も取らず夕方には出勤、そこからノンストップで現在1月2日の午前10時まで働いている、といったところだろうか。


「大変そうっすね。」


「はぁいありがとうござまぁす!日本酒ご注文の方に金箔サービスでえす!」


「「「「「よいしょおーーー!!」」」」」


俺のかけた(クソの役にもたたない)労いの言葉は適当に流され、隈だらけのギラギラした瞳で店内のスタッフ達が一斉に掛け声をあげる。


元気を振り絞っているというよりも、半ばヤケクソじみた掛け声に感じるのは気のせいか?


金箔はヒラヒラと丁寧に入れられるかと思えば懐紙伝いにザザザッと素早く入れられ、店員はその場を素早く去っていった。


澄んだ日本酒の中をヒラヒラと舞うのではなく、底に沈殿した金箔には情緒の欠けらも無い。


祝いもへったくれもないその所作を見て向かいに座っていた丸メガネのウサギの友人が俺を指さしケラケラと笑う。


「よぉ、ハーフドラゴンの色男よォ。なんやお前。『大変そうっすね』とか。まるっきり無視されて雑に金箔盛られた気分はどうよ。」


「うるっせえな!疲れてんだよ多分よ!」


「しかも升に金箔ってどうなのさ。普通こういうのって盃だろ?まぁ、お前にゃそのチグハグ感がお似合いだけどさ。」


「美味けりゃいいんだよ。お前なんか金箔飲んだら丸いウンコに付着してガラポンの当たり玉みたいになるだろが。発泡酒飲んでろこのスカトロ野郎。」


「っだゴラァ!」


「アァ!?」


「横から失礼しますちゃんちゃん焼きでぇす。」


「「はぁいどうも♡」」


「ご注文お揃いでしょうかぁ?」


「あのすいません…この年男、ドラゴンの方〆のお雑煮にお餅一個サービスっていうのは…」


「お客様は“辰”ではなくリザード系の“竜”になりますので対象外になります~♡」


「アッソッスカ…」


「ごゆっくりぃ~♡」


……


…………


「ダッサ!ダッッッッッサ!!卑しいやっちゃな!オイ。年明けてからはウサギが調子こきやがって貴様今年は俺の年♡とかとかぬかしてたやつがよぉ!」


「うるせぇなぁ!ドラゴンなんて書き方したら普通俺も含まれるだろうがよぉ!」


「大体ドラゴンのくせに正月から安居酒屋がいいとか餅2個のサービスとかガタイと種族の割にちっちゃいんだよおめぇさんはよォ!」


「ウサギなんか胃袋ちっちゃいだけだろうが!だから月見団子なんかありがたがってんだろ?あんな丸っこいだけの小っせぇもん有り難がってよォ。あれか?また食糞のメタファーか?」


「先祖舐めてんのかトカゲがコラァ!」


「やるかオラァ!」


古来より伝わる十二支の概念。


隣合う干支の動物、その獣人ともなればいやでも意識してしまうもので、もしかしたらこんな会話が色んなところで起こっている……かもしれない。






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