第115話 聖騎士レオンハルト

 ゲームの中でステラは聖騎士となる。では一体どうやってなるのか。

 新人騎士同士の試合である御前試合、その優勝者にはある権利が与えられる。

 それは先輩騎士に挑む権利である。

 大抵は身内に騎士がいればその身内を、憧れの騎士がいればその騎士を指名する。当然新米がベテランに勝てるわけはないので、それはマンツーマンの指導に近いものである。

 ゲームではレオンハルトは死亡しているか、狂化に呑まれて問題を起こしてしまったため騎士を辞してしまっている。そのため主人公は教会騎士団団長のガブリエルか王国騎士団団長のフレイヤ、どちらかを指名して倒し、その実力と野良精霊の暴走を収めたという実績をもって聖騎士へと任命されるのである。

 では、ミモザは誰を指名するか。

 そんなものは決まっている。

「聖騎士、レオンハルト様を」

 ミモザは静かに告げた。

「レオンハルト様との対戦を希望します」

 会場がどよめく。当然だろう。新米のぺーぺーがいきなり頂点に挑むなど不遜が過ぎる。

 しかしミモザは無表情を崩さなかった。

「おお!」

 王子が喜色満面の笑みを浮かべる。

「レオンハルトよ! どうだ!!」

「つつしんで、お受けいたします」

 彼は他人行儀に礼をして見せた。もしかしたらミモザが優勝した時点でこうなることを見越していたのかも知れない。その瞳には一切の動揺がなく、ミモザを真っ直ぐに射抜く。

 ゆっくりと、賓客の座る席から彼は階段を降りてきた。

 やがてミモザの立つコートへと、彼の足が降り立つ。

「騎士ミモザ、これを」

 オルタンシア達がコートから観客席に戻るのを見守っていると、審判から瓶を渡された。

「これは?」

「魔力を回復する薬です。騎士戦の前には条件を揃えるために飲む決まりになっています」

 なるほど、とミモザは頷く。確かにゲームでもトーナメント戦で減ったMPは、この大将戦の前には全回復していた。

 このMPポーションとでも呼ぶべき魔力回復薬は一応存在はするものの、まず使う機会のないものである。何故ならば非常に稀少で高価で病人に優先して使うために医師の処方箋が必要な治療薬だからである。

 ちょっと魔力が減ったから、と軽々しく使える代物ではなく、そんな理由で買いに行こうものなら「家で寝てろ」と医者にぶん殴られてもおかしくない代物なのだ。

 ミモザはちょっとどきどきしながらその高級品を口にする。今後二度と口にしない可能性のほうが高い薬だ。

(うーん? グレープフルーツ?)

 柑橘系のジュースにちょっとミントっぽい風味を足したかな? という感じだ。

(わりと美味しい)

 飲みながらちらりとレオンハルトを見る。彼は静かに目を閉じて腕を組んで待っている。

「…………」

 ミモザはことさらのんびりとちょびちょび飲んだ。

「………早くしなさい」

 彼は目を閉じたままだったがミモザのやりそうな事に検討がついたのか、普通に注意を受けてしまった。

 仕方なくミモザは残りを一気に飲み干す。

 瓶を審判に預けると、レオンハルトへと向き直った。

「賭けをしましょう」

 そして提案をする。彼は目を開けた。

「賭け?」

 訝しげにしながらも、話を聞く気はあるらしい。問いかけてくるのにミモザはにこりと笑う。

「この試合、僕が負けたら貴方のものになりましょう」

「………俺が負けたら?」

「それは僕が勝った時にお伝えします」

「…………いいだろう」

 ふぅ、と彼は全身から力を抜く。そしてゆるりと剣を構えた。それはどこからでも攻撃を仕掛けられるし防ぐこともできそうな、一見力が抜けているだけなのに隙のない構えだ。

 彼は金の瞳を獰猛な獣のように細めて笑った。

「ただし、約束を違えることは許さん」

「もちろんです」

 ミモザも笑顔で応じた。


「それでは、試合開始!」

 ゴングが鳴る。

 二人はすぐには動かなかった。お互いに相手の出方を伺っている。

 隙を見せれば命取りになる。それがお互いにわかっているのだ。

 ミモザはふっと笑った。

「レオン様、貴方は僕のことを把握しているおつもりでしょうが、今までの僕と同じだと思わないでください」

「なに?」

 ぴくり、とレオンハルトは不快げに眉を上げる。それにミモザはメイスを振り上げて見せた。

「いでよ!」

 ぼふん、と音を立てて真っ黒な毒霧が発生する。ここまではステラ戦と同じである。

「はぁっ!」

 ミモザは気合を入れた。すると黒い霧の塊はふよふよと低空飛行を続けながらゆっくりと移動していくと、レオンハルトの目の前でぴたりと止まった。

 これはジーンの土蛇にインスピレーションを得た技である。

 ミモザは自慢げに胸を張った。

「どうです! 移動をコントロールできます!」

「だからどうした」

 レオンハルトはそう言い捨てると剣を一振りした。風の刃が放たれ、その霧の塊を一掃する。

「僕の……、努力の結晶が……」

 ミモザは悲しげな目でじっとその霧が霧散した現場を見つめた。

 まさしく雲散霧消である。

 レオンハルトは呆れたようにはぁ、とため息をついた。

「俺から行くぞ」

 言うが否や、彼は炎の刃を繰り出した。ミモザはそれを避けながら懲りずに黒い霧を生み出して放つ。

 当たり前の話だが、レオンハルトはミモザと接近戦をするつもりはないようである。少しでもミモザが近づこうとすると炎を放ってくる。ミモザはそれを右往左往して避けながら黒い霧を放ちまくり、コート上には黒い霧の塊がいくつも点在するような状況になった。

 ごろりと受け身をとって転がりながら、またミモザはレオンハルトの攻撃を避ける。

(そろそろ行けるか……)

 一番レオンハルトの近くにわだかまる霧の塊をちらりと見た。瞬間、

「…………っ」

 ごう、と音を立ててレオンハルトがその霧の塊を風刃で吹き飛ばす。吹き飛ばされたのは霧だけではない。ミモザが霧に忍ばせて地面に仕込んでいた移動魔法陣までもが一刀両断にされていた。

 わざとごろごろと転がって逃げながら、地道に仕込んでいたのである。

(マジかよ)

 ミモザはうんざりとする。

 これは偶然ではないだろう。

 ただでさえ圧倒的な魔力と戦闘能力も持っている上に、こちらの作戦まで読んでくるなど反則である。

(化け物か)

 それともミモザのやりそうなことを読んでいるだけだろうか。いずれにしてもやりにくい事この上ない。

 彼はミモザの悔しそうな顔を平然と見返して、その金の瞳を細めた。

「姑息な真似で俺に勝てると思うなよ」

「ははは……」

 姑息な真似以外で一体どうやって勝つというのか。

 ミモザは乾いた笑いを浮かべると、再び黒い霧を生み出す。しかしレオンハルトからすぐさまそれを防ぐように炎の刃が放たれ、

「……くっ」

 黒い霧を消されないために明後日の方向へと放つはめになった。しかしそれもすぐに剣の一振りで打ち消されてしまう。それを何度も繰り返し、

(そろそろまずいな……)

 ミモザは額の汗を拭った。その様子にレオンハルトが笑う。

「もう魔力が尽きるんじゃないか?」

「………そうですね」

 金の祝福持ちのレオンハルトにはミモザの魔力の残量など丸見えだろう。誤魔化す必要もないため素直に頷いた。

「では、そろそろ本気で行かせてもらおうか」

 口元に笑みをはき、レオンハルトの黄金の瞳が獰猛に輝く。

 その光景を見てミモザは舌打ちをした。

 つくづく反則である。

 ミモザはしょぼい攻撃でもう魔力が尽きかけているというのに、レオンハルトは強力な魔法を同じくらいの回数連発しても余裕なようだ。

 ミモザの視界には、レオンハルトが生み出した巨大な火球が広がっていた。


 レオンハルトは自身の身の丈と同じくらいの巨大な火球を作り出すと、ミモザへと向かって放った。

 瞬間、レオンハルトの視界は突如暗闇に包まれる。

「…………っ!?」

 彼は目を見開いた。

(やられた……っ)

 そして何が起きたのかを瞬時に理解する。

 これはミモザの毒霧だ。体がわずかに重くなり指先がぴりぴりと痺れる。

 直前まで確かにミモザに毒霧を放つ様子はなかった。毒霧の移動速度も遅いため、もしもコート上の毒霧を移動させたとしても気づかないはずがない。

 ではこれだけの量が突如としてどこから現れたのか。

 頭上だ。

 ミモザは毒霧を連発し、移動魔法陣を隠すためのカモフラージュを装って、その実その放った毒霧の一部を切り離して少しずつ頭上に集めていたのだ。

 最初の毒霧を移動して見せたのはおそらくミスリードだ。毒霧をひと塊として操って見せてその印象を強くつけることで、放った毒霧を『分割して一部分だけ切り離す』という行為に気づかせないようにこちらの思考を誘導したのだ。

(せめて晴天であれば)

 頭上にある霧の塊に影で気づくことができただろう。しかし今日は曇り空の上、ほぼ無風に近い。

 レオンハルトは眉をひそめた。

 ミモザの行動は読みづらい。

 その奇行に意味のある場合とない場合が混在しているからだ。

(警戒はしていたつもりだったが……)

 読みきれなかった。

 レオンハルトは霧を風で払い除けようとして、正面から地面を伝って衝撃波が接近してくるのに気づいて慌ててその風を叩き込むことでガードした。

「なるほど、地中攻撃とは厄介な物だな!」

 地表からの攻撃であれば、攻撃を防ぐついでに霧を払い除けることも可能だったが、地中攻撃となると足元に向けて攻撃を放つ必要があるため、霧はわずかに足元と前方が払えた程度である。

 しかしこの状況からして、どこからミモザが攻撃を仕掛けてくるかを予測することは容易だ。

 案の定、レオンハルトの背後から気配は現れた。しかし攻撃をただ受け止めるのは悪手である。ミモザと鍔迫り合いになれば不利なのはレオンハルトだ。

 レオンハルトは振り向きざまに剣を気配の方へと振ると、そのまま衝撃波を叩き込んだ。

(接近戦には持ち込ません……っ)

 レオンハルトは間髪入れず風を起こして霧を払おうとして、

「………っ!?」

 突如突き出てきた棘を、剣で受けざるおえなかった。

「な……っ!」

 何故、と言いかけてそれがミモザの防御形態の棘であることに気づく。

(しまった!)

 気づいた時にはもう遅い。ミモザは即座に防御形態をメイスへと戻し、レオンハルトへと叩きつけてきた。

 ミモザは背後からの強襲でレオンハルトの不意をつけるとは最初から考えていなかったのだ。すぐに衝撃波などの攻撃で迎撃され距離を取ろうとするだろうことを見越して、距離を取る時間を与えないために最初から防御形態を構えていたのである。

 レオンハルトはまんまとそれに引っかかったのだ。

「受け止めましたね?」

 ミモザの青い湖のような瞳が霧の中覗く。

「…………っ!」

 レオンハルトは息を呑んだ。

 ミモザの攻撃は基本的に何も生み出す必要がない。それゆえにその攻撃速度は0から物質を生み出すような魔法攻撃よりも遥かに速い。

 レオンハルトが炎を生み出すよりも速く、ミモザの棘がレオンハルトの頚動脈を捉えた。


 黒い霧がゆっくりと晴れる。

 そこにはメイスの棘をレオンハルトの首すれすれに突きつけるミモザと、ミモザのメイスの柄の部分をかろうじて受け止めるようにして剣を構えるレオンハルトがいた。

 勝敗は明らかだ。

 その光景に、会場にいる全員が息を呑んだ。

「しょ、勝者、ミモ……っ」

 審判が判定を下そうとして、その言葉を言い終わる前にミモザはメイスを投げ捨てた。

 そのまま驚きに動けないレオンハルトの頬を両手で包むようにして掴むと、体重をかけて押し倒す。

 その唇に自らの唇を重ねた。

「………っ!」

 黄金の瞳が目の前で驚きに見開かれる。

 それを見下ろしてミモザは笑った。

 ゆっくりと、口づけを解く。

「レオン様」

 驚きに何も言えず固まっているレオンハルトに、ミモザは馬乗りになったまま言った。

「僕が貴方のものになるんじゃない。貴方が僕のものになるんです」

 ジーンに聞かれたことを思い出す。

『すべてを無視したミモザだけの欲望は一体何か?』

 あの時思い浮かべた答えはこれだ。

「貴方はヒモにでもなって、好きなことをして遊んでいればいい!」

 ミモザは高らかに勝利宣言をした。

「僕が一生、養ってあげます!」

「……ま、参った」

 呆然としたままレオンハルトはそうぽつりとこぼした。その頬が徐々に紅潮し、恥ずかしそうに顔を手で覆う。

「俺の、負けだ……」

「き、騎士レオンハルトの降参により、勝者、ミモザ!」

 審判が思わずといったように叫ぶ。会場を歓声ではなくどよめきが包んだ。


 会場中が動揺していた。前代未聞の収拾のつかない事態に審判や会場警備をしていた騎士達がどうしようかとおろおろし始めたところで、一つの拍手がその会場の空気を破るように鳴り響いた。

 力強く響くその拍手は、

「素晴らしい……っ!!」

 愛すべきマッチョな男、アズレン王子のものだった。

 彼は席から立ち上がると手すりぎりぎりまで進み出て、身を乗り出した。

「素晴らしい! 素晴らしいぞ! まさしく真実の愛と呼ぶに相応しいではないか!! なぁ、我が将来の妻よ!」

「確かにの」

 アズレンの婚約者、エスメラルダはその翡翠の目を細めて王子の隣に並ぶと寄り添った。

「わらわと我が将来の夫には劣るが、それでも十分に尊い愛じゃ」

 そう心得たように同意すると拍手をする。

 それにセドリックが我先にと王子に賛同するように追随して手を打ち鳴らした。続いてオルタンシアが不本意そうに、ガブリエルは苦笑して拍手する。フレイヤは笑顔で、ジーンも微笑んでそれに続く。

 マシューにジェーン、ついでに覗き見に来ていたらしいエオとロランもその拍手に次々と加わった。

 次第にその拍手は会場中に伝播していき、やがて会場はどよめきではなく拍手で埋め尽くされた。

「騎士ミモザ、前へ」

 アズレン王子はゆっくりと席から会場へと降りてきた。

 そしてミモザの前へと立つ。ミモザはその場に跪いた。

「これより、新たな聖騎士の誕生を祝福する。聖騎士ミモザ、これからの活躍を期待しているぞ!」

 そう高らかに宣言すると、王子はミモザの頭へローリエの葉でできた冠を授けた。

 そのままこっそりとミモザの耳元へと囁く。

「オルタンシアから話は聞いたぞ。なかなかな提案だった。君はレオンハルトよりも柔軟に物事に対応できる人のようだ、国への更なる貢献を期待している」

「ははは……」

 ミモザは乾いた笑い声とともにその冠を受け取った。

 要するに、王子にとってレオンハルトは優秀だが扱いの難しい部下だったのだろう。ミモザのほうが都合が良いと思ったから味方をしてくれたのだ。

(気を引き締めないとなぁ)

 ミモザは思う。

 都合よく使われてしまってはたまらない。

「新たな聖騎士の誕生と、その勇姿に喝采を!!」

 王子の号令に会場から再び拍手が浴びせられた。

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