第71話 ステラ一行

 若い娘が楽しそうにはしゃぐきゃっきゃっと明るい声が響く。

 そこは王都のメインストリートに面した雑貨屋だった。生活や冒険に必要な物資やそれとは別に装飾品や化粧品なども売っていたりする店だ。店は若い娘も入りやすいような清潔でおしゃれな内装をしていた。

「ねぇ、見て! これ可愛い!」

 ステラは黄色い石のついたネックレスを手に取る。

「これ、こんなに可愛いのに魔道具なんですって。えっと、幻術を見せる魔道具……?」

 ネックレスにつけられたタグの内容を読んだ後、彼女は自分の胸元にそれを当ててみせた。

 にっこりと花のように微笑む。

「どうかしら?」

「よく似合ってるよ」

 言ったのはマシューだ。彼は微笑ましいものを見るように目を細めている。

 その時スッと一人の青年が前に進み出てそのネックレスを奪うとお会計のレジへと無言で持っていった。

「ジーンくん!」

 驚くステラに、彼は振り返ると照れくさそうに笑った。

「よければプレゼントしますよ」

「えっと、でもそんなの悪いわ」

 遠慮するステラに彼は微笑むとたった今購入したネックレスをステラの首へと持っていった。

「どうか受け取ってください。僕のためだと思って」

 そうしてネックレスをつけてあげようとして、

「あ、あれ……?」

 金具の外し方がわからず四苦八苦する。

 それにステラはくすりと笑うと「貸して」とネックレスを受け取って金具を外した。

「え、えーと、すみません、慣れてなくて……」

「ねぇ、ジーンくん、つけてくれる?」

 ここの金具をこうするのよ、と実際に実演してみせてからステラはネックレスをジーンに渡した。

「ね、お願い」

 そして、ん、と首を差し出す。

「……では」

 それにジーンは多少照れたように頬を紅潮させながらも真剣な顔を作って今度こそネックレスをつけた。

「ありがとう」

 ステラが微笑む。

 サファイアの瞳が喜びにうるんで美しかった。

「…………」

 アベルはその様子を少し離れた位置で眺めていた。その表情は場所にそぐわず険しい。

「アベル!」

 そんな彼の様子に気がついたのか、ステラは駆け寄るとネックレスを見せる。

「どう?似合ってる?」

「……ああ、おまえはなんでも似合うよ」

 その気のない声にステラは頬を膨らます。

「もう、アベルったら変よ」

「……そうかもな」

「あ、そうだ!」

 ステラは何かを思いついたように自身のバックを漁ると何かを取り出して差し出す。

「元気のないアベルには美味しいものをあげるわ! ほら、あーん」

 そう言って彼の口もとに押し付けられたのは、飴だった。可愛らしいピンク色の、ハートの形をした飴だ。

 彼はその飴を見てわずかに躊躇したが、結局は口を開く。

「美味しい?」

「………ああ」

 アベルは忌々しげにその飴をがりっと口内で噛み砕いた。



 ミモザはのんびりと夕方の王都を散策していた。『黒い密売人』との交戦が決まってしまったため、どのように戦おうかと作戦を練っていたのである。

 はっきり言って本物の犯罪者と戦うのは保護研究会のロランという老人以来となる。しかもあの時はレオンハルトが駆けつけるのが前提の上、ジーンもいるという状況だった。その上ロランはそこまで好戦意欲の高い人物ではなく、かなりの時間を戦わずに潰すことが出来たが、今回はそうはいかないだろう。

(遭遇した時点で戦闘になるかな)

 まだ相手がミモザのことをステラと誤認している状況のうちに不意打ちで倒せればいいが、それをしくじった場合の対処も考えておかねばならない。

 レオンハルトはああ言ったが、信号灯を灯した時点で相手は逃げる可能性は高いし、今回仕留め損なえば次はミモザの前には姿を現さないだろう。

(一回しか騙されてくれないだろうしなぁ)

 さすがに二回もステラとミモザを間違えさせるのは無理だろう。なんなら合言葉なりなんなりの対策を取られてより姿を捕捉しづらくなるかも知れない。

(一回でけりをつけたいよなぁ……)

 ふぅ、と息を吐く。相手はミモザよりも対人戦闘に慣れている可能性が高い。準備はし過ぎるほどにしたほうが良かった。

(………ん?)

 視線を感じる。

 王都はミモザ達の故郷より遥かに人が多い。しかしそれに比例するように人の動向に無関心でもあった。このように見つめられるのはレオンハルトと共に行動している時以外では初めてだ。

 その視線の主が背後から近づいてくる気配を察して、ミモザは警戒しつつゆっくりと振り向いた。

「………よぉ」

「……アベル?」

 そこにはアベルが立っていた。

 藍色の髪に金色の瞳。歳を得るごとにレオンハルトに近づきつつあるその外見は、もしかしたら父親似なのかも知れなかった。

 ミモザは彼のことを疑うようにじーと見る。

「なんだよ」

 その視線にアベルは居心地悪そうにミモザのことを睨んだ。

「いや、脳みそパーになってないかなって」

「なってねぇよ」

 その返答にミモザはあれ? と目を見張る。

「なんで?」

「俺が聞きてぇよ」

 そこまで聞いてミモザは思う。この会話は意味不明だ。やり取りとして成立していない。

 大前提として『あの飴』の存在を知らなければ。

「ラブドロップ」

 ミモザは切り込んだ。

「食べてないの?」

「食ったよ」

「ーーなら、」

「だから知らねぇよ!」

 憤懣やるかたないという様子でアベルは怒鳴る。彼の精神はもうギリギリだったのかも知れない。その様子はふちのふちまで表面張力ぎりぎりで水を注がれたコップのように、感情が決壊して流れ出したようだった。

「俺が、元からステラに惚れてるからじゃねぇの? 惚れ薬飲んでもなんにもかわらねぇってことはよ」

 悔しげに、苦しげに彼は声を絞り出した。

「いっそのこと、脳みそパーになりたかったよ、俺だって」

 二人の間に沈黙が落ちた。ここでするような会話じゃないなとミモザは思ったが、だからと言ってじゃあどこなら相応しいのかもわからない。

 こんなどうしようもなくやるせない話をするのに相応しい場所など、もしかしたらこの世には存在しないのかも知れなかった。

「なぁ、ミモザ、お前もあの飴のこと知ってんのな」

「まぁ……」

「ーーってことは兄貴も知ってるよな、はは……」

「………」

「お前言ったよな、ステラの敵だって」

「うん」

「……っ! なんでそんなに割り切れんだよ……っ!!」

 耐えきれないというようにアベルは顔を歪めて叫ぶ。

「確かにあいつは間違ってる。悪いことをした。あいつおかしいよ、言ってもわからねぇんだ、わかってくれねぇんだよ、俺じゃ、あいつを止められねぇんだ」

 そして力無く俯く。拳を握っても振り上げることも出来ず、アベルは首を振る。

「けどさ、だからといってすぐに嫌いになんてなれねぇんだよ。今までのこと全部なかったことに出来ねぇんだよ。ずっとガキの頃から一緒にいるんだ。あいつは優しかった、優秀だった、格好良かった、それも全部本当なんだよ! なかったことにはならねぇんだよ!」

 そこまで言って、アベルは興奮に激しくなった呼吸を整えるように黙り込んだ。そして言う。

「なんでそんなに割り切れんだよ……」

 それは疑問ではなく批難の言葉だ。自分一人だけ楽な場所にいるミモザを責める言葉だ。

「……割り切れないよ」

 ミモザにはどうしようもない。アベルの苦しみはアベルが自らの意思で選び取った結果だからだ。

 そして同時にミモザの良心の呵責もまた、ミモザが選び取った結果だ。

「でも、割り切るって決めたんだよ。……僕が、僕であるために」

 のろのろとアベルは顔を上げた。その顔は先ほどまで興奮していたはずなのに血の気が引いて真っ白だ。

「そうかよ……」

「アベル、どうするつもり?」

 ミモザはアベルが嫌いだ。けれどもしもステラの罪を告発して保護を求めるならどこかその辺の騎士に口聞きをしてやっても構わない。

 そうすることで、きっとステラは色々なことを思い留まるかも知れない。

「……俺はあいつを見捨てられねぇ」

 しかしアベルは首を振った。

「どんな罪を犯しても、最低でも、最悪でも、あいつが悲しんだり酷い目にあったり、一人っきりで泣かせる気にはなれねぇんだ」

 ミモザのことを睨む。その目には先ほどにはなかった強い意志が宿っていた。

 痛みを覚悟した意志だ。

「説得は続ける。けど、あいつが犯した罪を、あいつ一人に背負わせることは俺にはできねぇ。……ミモザ、俺は」

 アベルはしっかりと自分の両足で立ち、姿勢を正した。金色の瞳に炎が灯る。

「どこまでもステラの味方だ。そう決めた」

「……そう」

 ミモザにはそれを止めることは出来ないだろう。それだけは理解できた。

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