第57話 洞窟にて
落ち込みはしたがいつまでも落ち込んでいても仕方がない。ミモザは今日も今日とて塔の攻略に勤しんでいた。
続いてのターゲットである第3の塔は合成技術の祝福がもらえる塔である。
合成とはドロップや採取した材料を組み合わせて薬や道具を作成する技術だ。これにより回復薬や毒薬はもちろん、梯子や網などを作成することができ、梯子を使用しなければいけない場所に行くことが可能になったり、捕まえられなかった野良精霊が網を使うことで捕まえられるようになったりするという素晴らしい技術だ。
正直この祝福がなくてもストーリーを進めることは可能だが、有利なアイテムを手に入れたり、やり込み要素を消化するのには重要な技術である。
さて、この第3の塔はまず塔に辿り着く前に一つ関門がある。
それは洞窟である。
ゲームでは特に害のある野良精霊などはおらず、蝙蝠型の野良精霊が背景的にぶら下がっているだけの洞窟なのだが、まぁ当然洞窟なので中は暗い。つまり第2の塔で手に入れた暗視スキルが必須なのである。
「ふー……」
ミモザは小さく息を吐いた。
「オーケーオーケー。まだ大丈夫。まだ折れてない」
心の話である。
暗闇の中、ミモザは自分の手を目の前にかざす。銅の暗視スキルにより、自分の手はわずかに暗闇の中浮かび上がって見えた。
それだけであった。
「使えねぇ…」
銅の暗視スキルはなんと、自分の体が暗闇の中でも認識できるというだけのものであった。それ以外は何も見えない。真っ暗闇である。
「チー」
守護精霊も自身の一部と見なされているのだろう。肩の上でチロが諦めたように首を振る姿が見えた。
「うぶっ」
その時ばさばさと音を立てて何かがミモザの顔面に激突した。手で払いのける前にミモザの顔面を蹴り付けてそれは飛び去っていく。
蝙蝠だ。
「焼き鳥にしてやる……」
ミモザは目を据わらせると蝙蝠を捉えてやろうと両手を構えた。
そのままじわりじわりと前に進む。
「うおっと」
しかしそのまま小石か何かに足を取られて転びかける。なんとか壁に手をついて支えたため転倒はまぬがれたが、壁についた手の下に何かの感触がある。
それはカサカサカサと音を立てて逃げていった。
「虫か……」
これでミモザが虫嫌いだったら悲鳴を上げているところである。
「あああっ!くっそー!」
イライラする。しかし進まないわけには行かない。ここを抜けなければ第3の塔には辿り着けないのだ。
もしくはこの洞窟の開いている岩山を登るという手もあるにはあるが、なんとなくそれはミモザの矜持が許さない。
みんなが、特にステラが普通に通っている道を自分だけが通れないだなんて。
例え第二の塔とは異なりこの洞窟の中が迷路のように枝分かれした複雑な道だとわかってはいても、進まないわけには行かなかった。
数時間後、ミモザはもはや目をつぶって歩いていた。開けても閉じても変わらないからである。
チロをメイスへと変え、それを杖代わりにして前方の地面を突いて確認しながら進む。最初はそろそろ歩きだったが、もはや慣れてほぼほぼ通常の歩行速度と変わらなくなってきていた。
ふと、空気を切って羽ばたく音がした。
「そこだーっ!」
叫んでミモザは手を伸ばす。パシッと軽い音と共にミモザの手はそれを捕まえた。
蝙蝠である。
「ふっふっふっ」
散々ミモザのことを翻弄してくれた蝙蝠はミモザの手の中でキュイキュイと戸惑った声を上げている。
「はっはっはっはっはーっ!!」
洞窟の中にミモザの高笑いがこだまする。長い時間暗闇の中を彷徨い歩いたミモザには、見えずとも物音などの気配で生物の位置を捉える能力が備わり始めていた。
じゃり、と背後で音が鳴る。ミモザは笑うのをやめてその方角へ向けてメイスを構える。
「………えーと、ミモザさん。何をなさっているんですか?」
右手にメイスを、左手に蝙蝠をたずさえて目を閉じたまま仁王立ちをするミモザに、その姿が祝福によって見えているジーンはそう尋ねた。
ミモザには見えていなかったがその表情はドン引きしている。
「見ての通り、第3の塔を目指して進行中です」
「僕の目には蝙蝠狩りをしているようにしか見えませんが」
「そういう側面もありますね」
堂々とミモザは頷く。
「側面というか、真っ正面から見てそうとしか見えないんですが……、まぁいいや」
ジーンはミモザの奇行を正すのを諦めたようだ。そして改めてミモザの姿をまじまじと見て尋ねた。
「もしかしてなんですけど、第2の塔の攻略に失敗しました?」
「失敗はしていません。ちょっと自分の体以外の全てが見えないだけです」
「なるほど、銅の祝福はそんな感じなんですね。それで、一体どれだけここに居たんです?」
「いま何時ですか?」
「僕が洞窟に入ったのは午後2時ですね」
「朝の6時にきました」
「…………」
「8時間ですね」
にこっとミモザは笑った。ジーンは笑わなかった。
「……結局なんやかんやさらに時間がかかりましたね、もう夕方ですよ」
ジーンの言う通り、洞窟を抜けると空はまだかろうじて青いが西の方はもう茜色に染まりかけている。
「でも見てください、ジーン様。洞窟にこもっていたおかげで僕の気配を察知する能力が開花しました」
そう言ってミモザは右手に5匹、左手に6匹の蝙蝠を握った状態で見せる。
彼らはうぞうぞと動いて解放を訴えて鳴いていた。
「うわっぐっろ!ちょっとやめてくださいよ!そんな汚いものぽいしてください。ぽいっ!!」
邪険に扱われてミモザは少々むっとしたものの、確かに持っていても仕方がないといえば仕方がないので両手を開いた。とたんに蝙蝠たちは一斉に洞窟に向かって飛び去っていく。
「ばいばーい」
「ばいばいじゃないですよ」
ジーンは呆れている。ミモザは肩をすくめると「じゃ、行きましょうか」とジーンのことを促した。
目の前には背の高い塔の姿が見えていた。
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