第42話 ことの顛末

 記者達がすし詰め状態になりながらも、その姿を絵と文字に写すために必死に筆を走らせていた。その中心にいるのはオルタンシア教皇聖下とレオンハルトである。

 ここは中央教会の中庭である。ミモザはその光景を教会の回廊の柱の影からこっそりと覗いていた。


 あの時、決着は一瞬でついた。

 ロランの雷とレオンハルトの炎のぶつかった光が収まると、そこに立っているのはレオンハルトであった。

「うぐぅ……」

 ロランは苦しげにうめきながら、しかしまだ抗おうとなんとか手で地面をつかみ、膝を立てる。

「やめておけ」

 レオンハルトはそんな彼に近づくとその首筋へと刃を突きつけた。

「そのていたらくでは抵抗するだけ無駄だ。貴方には色々と聞きたいことがある。ご同行願おう」

 その瞬間、ロランはニヤリと笑い自分の胸元へと手を伸ばし、ーーその手をレオンハルトに蹴りつけられて仰向けに転がった。

 すかさずそれ以上動けないようにレオンハルトがロランのことを押さえ、胸元を探る。

「レオン様」

「どうやら自爆装置のようだな。小規模だが爆発物が仕掛けられている」

 息を呑む。すぐにレオンハルトはその装置の動力と思しき魔導石を取り除き、ロランを昏倒させた。

「よくやった、ミモザ。謎の多い保護研究会の一員を捕獲できたのは大きな収穫だ」

「死傷者はその方を除けば0名です」

「素晴らしい」

 レオンハルトが立ち上がる。褒めるようにミモザの肩を叩いた。ミモザは先ほどまで背にかばっていた3人を振り返る。3人とも惚けたような、本当に終わったのか疑うような表情で立っていた。

 ミモザも同じ気分だった。


 そして本日、いろいろな事について世間への報告が一通り済み、後始末が終わったあとで会談が行われることになった。

 一体誰と誰の会談か。答えは簡単だ。

 教皇聖下ならびにレオンハルトと被害者遺族の会の代表との会談である。

 今はその前座として、彼らはレオンハルトの用意した『ある物』を見に来ていた。

「これは……」

 その『ある物』を見て、ジェーンはそれ以上何も言えずに立ち止まる。

 レオンハルトは風を切って歩くと、その『ある物』の目の前でかしずいた。

 それは慰霊碑だった。巨大な白い大理石が天高く伸び、そこには細かく何事かが刻まれている。よくよく見るとそれは人の名前のようだった。数えきれないほどの数の人の名前が刻まれ、そして少しの空白の後、その勇敢さを讃えると共に安らかな眠りを祈る言葉でその文字列は締め括られていた。

 塔の試練で命を落とした者たちの名前が刻まれているのだ。

 レオンハルトは慰霊碑へと向かい何事かを静かに伝え、そして手に持っていた白百合の花束をそこへ丁寧に供えた。

 そうして立ち上がるとジェーンを振り返る。

「どうかジェーン様もこちらへ。…手を合わせていただけませんか」

「これは……、これは、どういう……」

「申し訳ありません」

 神妙な顔でレオンハルトは謝罪した。

「彼らは俺の救えなかった方々です。魂を鎮めるために、そして俺の力不足を忘れないために、名を刻ませていただきました」

 力無く首を横に振る。

「彼らは本当なら、今頃俺たちの同僚となっていたはずの勇敢な騎士達です」

 その言葉にジェーンは、ハッと顔を上げた。レオンハルトの方を見ると、彼は悔しげな表情を隠すようにうつむく。

「彼らの死を、悔しく思います。もちろんエリザさん、……貴方の娘さんの死も」

「ああ……っ!」

 ぼろぼろとジェーンは涙を流した。その口は小さく動き、「エリザ、エリザ」と娘の名を呼んでいるのがわかる。その泣き崩れる背中をレオンハルトは無言で支えた。

 長い時がかかり、やっとジェーンは顔を上げた。その目は真っ赤に腫れている。その間ずっと急かすこともなく背を支えていたレオンハルトに手を取ってもらい、彼女はやっとのことでその慰霊碑の前へとたどり着いた。そのままゆっくりとうずくまるようにこうべを垂れる。その手は合わされ、祈りを捧げていた。

「ありがとうございます、レオンハルト様」

 やがて、ぽつりと声が落とされた。

「ありがとうございます。ありがとう、ごめんなさい、ごめんなさい……」

 再び泣き崩れるジェーンのことを、報道陣からかばうようにレオンハルトが肩を支え、教会の中へと導いた。

 その様子をしっかりと記者達は絵に描き、文字に起こしているようだった。


「たいしたパフォーマンスだね」

 ふいにミモザに話しかけてくる声があった。振り返った先にいたのは新緑の髪に深い森の緑の瞳を持つ青年、マシューだった。

「ええと…」

「マシューだよ」

「マシュー様」

 ミモザのそんな様子に諦めたようにため息をつき、「別にいいけどね、緊急事態だったし、僕は裏方だし?」とマシューはぶちぶちと言う。

 一通り愚痴って満足したのか、こちらを真っ直ぐに見つめると、彼は頭を下げた。

「申し訳なかった」

「あの…?」

「やり方についての指摘はごもっともだった。あれは最低な行為だ。今後はもうしない」

「してもいいですよ、別に。言ったでしょう、僕も悪いことをする人間です」

「しない。もうそう決めたんだ」

 何かを切り捨てたような顔で彼は言った。何かを失ったようなのに、その表情はどこか清々しい。

「でも塔の運用に関しては、もっと改良できると思ってる。だからこれからも活動はするよ。今度は正攻法で、もっと視野を広げた現実的な案を模索する」

「……はぁ」

 正直それを自分に言われても、とミモザは困る。眉を寄せるミモザのことをマシューは軽く睨んだ。

「でもまぁ、あんたも大概酷かったから、お互い様だとは思ってるよ」

「そうですか」

 はぁ、とマシューはため息をついた。

「あんた、つくづく俺に興味ないのな。まぁいいや」

 じゃあな、とマシューは踵を返す。ジェーンの元に向かうのだろう。彼は作戦参謀のはずだ。

 ああ、と言い忘れたことがあることに気がついて、ミモザは「マシュー様!」と呼び止めた。

「パフォーマンスじゃありませんよ」

「え?」

「さっきの」

 慰霊碑を示してみせる。

「あれは儀式です。ご家族の死に向き合うための」

 本当にあれで向き合えたかどうかは知らないが、それなりに効果のありそうな反応ではあった。

 マシューはミモザの言葉にわずかに目を見張ると、「そうかよ」と頷いた。

「なら、俺もあとで拝んでやってもいいかもな」

「ぜひ、どうぞ」

 ミモザは微笑んだ。

「他の仲間の方々もぜひ、ご一緒にお越しください」

 教会の中庭にある慰霊碑だ。訪れるだけで自然と交流が生まれるだろう。

 人は『顔見知り』には優しくなるものである。

 これは教会と被害者遺族の会が『なあなあな関係』になる足がかりになるだろう。



「なに?」

 その報告にレオンハルトは不機嫌そうに眉をしかめた。報告に来た騎士はびくりと身を震わせる。

「それは確かなのですか?」

「は、はい!」

 オルタンシア教皇の問いかけに、彼は頷く。

「今朝未明、保護研究会過激派の幹部を名乗る老人の姿が、牢の中から忽然と消えました。おそらく……」

 騎士は緊張と畏怖でひりつく口内を少しでも潤すように唾を一つ飲み込んだ。

「脱獄したものと思われます」

 その瞬間放たれたレオンハルトの威圧感と怒気に、年若い騎士は失神してしまいたいと切に願った。

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