第27話 精霊騎士のお仕事

 轟々と風が吹いている。

 そこは険しい岩山だった。周囲は鋭く尖った岩ばかりが転がりその合間合間、申し訳程度にわずかに木や草が生えている。

 1人の少女がいた。陽の光を反射するハニーブロンドの髪をショートカットに切り揃えサファイアのように青く透き通った瞳を静かに伏せて遠くを見据えている。

 彼女の視線の先は崖の下。そこには数十、下手をしたら百を超えてしまいそうな数の猪の姿をした野良精霊がうじゃうじゃといた。

「うえー」

 少女は見た目にそぐわぬうんざりとした声でうめく。

「謎の大繁殖だそうだ。以前の熊の狂化同様の異変だな」

 彼女の背後から現れた美丈夫が腕を組んでそう告げた。そのまま彼女の隣へと並び野良精霊の群れを検分するように眺める。その視線は険しい。

 よく見ると彼らの背後には教会に所属する騎士と思しき白い軍服を着た人々が控えていた。皆一様に緊張の面持ちで前方の2人を見守っている。

 この場で白い軍服を着ていないのは少女だけだった。

 さらり、と男の藍色の髪が風に流れ、黄金の瞳が横目で彼女のことを捉えた。

「行けるか」

「はい」

 少女はそう明瞭に答えると懐から両手いっぱいの鈴を取り出した。そしておもむろにそれをジャンジャカと目一杯振りながら踊り狂い始める。

 その眼差しはーー本気だ。

「……何をやっている」

「これは、ですね!勝利の確率を高めるおまじないの舞を舞っています!」

「そうか。それはあとどれくらいかかる?」

「えっと最短であと3分くらい、」

「行ってこい」

「あー!」

 言葉の途中でレオンハルトに背中を蹴飛ばされミモザは声をフェードアウトさせながら崖を滑り落ちていった。

 そのあまりにも無情な行為に周囲は総毛立つが当のミモザはといえばおもむろに自身の精霊を防御形態へと変えるとそのお椀型の結界をまるでそりのように崖へと滑らせその上へと華麗に着地した。そのままスノーボードのように精霊の群れへと向けて崖を滑り降りてゆく。

「すぐにー戻りまーす!」

 そのぞんざいな扱いにあまりにも慣れた様子は周囲の同情を誘うには十分だった。


 その一刻後、ミモザの周囲は猪の遺体だらけとなっていた。血みどろになった服を撫でつけてみるが当然それで血が落ちるわけがない。

「よくやった、ミモザ」

 いつのまにか近くに来ていたレオンハルトがそう言って褒めるようにミモザの肩を叩いた。

「血が付きます」

「ん?ああ、別にいいさ。君がやってなかったら今頃俺がそうなってる」

 そう言うとレオンハルトは遺体の検分に入った。他の騎士達もぞろぞろと現れてにわかに騒がしくなる。

「狂化個体は確認できません」

「大量の巣穴が確認できました。共食いの形跡があることからも急激に増殖が起こったものと思われます」

「……これまでの異常と同じ、か。少しでも不自然な痕跡がないか調べろ。人が踏み入った形跡がないか、他所から群れが移動してきた可能性はないかを特に重点的にな」

「はっ」

 レオンハルトの指示に一度報告に訪れた面々が再び散っていく。

「まぁ、これまで同様、期待はできんがな」

 レオンハルトは難しい顔で腕を組んだ。


 この世界でお金の単位はガルドという。ミモザの感覚では概ね1ガルドは1円と同等くらいだ。

「今回の手伝いの報酬だ」

 そう言ってレオンハルトはミモザに金貨を渡した。渡されたのは小金貨だ。小金貨は一枚約1万ガルドである。それが3枚。3万ガルドだ。

(結構儲かるなぁ)

 命がかかっていると考えると安いが、1時間の労働に対する報酬としては高い。

 ちなみにこれは相場からすると安めである。理由はこれは本来ならレオンハルトに下された任務であり、ミモザは修行の一環として代行しているという立場だからである。レオンハルトは時々こうしてミモザに経験を積ませるためのアルバイトを持って来てくれる。

 このお金は一応教会から、ひいては大元の国からレオンハルトに対して出る予定らしいが、支給されるのはまだ先のためレオンハルトのポケットマネーから先払いでもらっている。

 要するに、これはレオンハルトからのお小遣いである。

「戻るか」

「よろしいのですか?」

 まだ探索中の他の騎士達を見てミモザは首を傾げる。それにレオンハルトは肩をすくめてみせた。

「もう一通りは確かめたし仕事はこれだけじゃない。後は彼らに任せて俺は次の仕事にうつる」

「おーおー、じゃあ俺もご一緒させてもらおうかね」

 そこに新たな声が降って湧いた。レオンハルトはその声に眉をひそめる。

「ガブリエル」

「よう、聖騎士様。お前さんが働き者なおかげで俺はサボれて嬉しいぜ」

 ガブリエルと呼ばれた男は30代半ばほどの男だった。濃いブラウンの髪と瞳にやや浅黒い肌をした色男だ。皆と同じ白い騎士装束をやや着崩している。しかしその肩にかけられたマントと勲章が彼が高い地位の人間であることを示していた。

「重役出勤とはさすがだな」

「そうツンケンするなよ。お兄さんにも色々と仕事があってだなぁ……。そっちのお嬢さんが噂のお弟子ちゃんか?」

 彼は口の端だけをあげてニヒルに微笑んだ。

「俺はガブリエル。姓はない。ただのガブリエルだ。これでも教会騎士団団長を務めている」

 手を差し出される。

「よろしくさん」

 握り返した手のひらは厚く、戦士の手をしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る