第10話 激闘、野良精霊!

 レオンハルトとの出会いから3ヶ月後、ミモザは、

「ふんふんふんふん!」

 腕立て伏せ100回も軽くこなせる細マッチョへと華麗なる変身を遂げていた。

「ふんふんふんふん!」

 腹筋もなんのそのである。お腹にはうっすらと線が入り夢のシックスパックである。

「ふんふんふんふんふん!」

 ダンベルなんて高価なものはないので森から調達しな岩を上げ下げする。最初は手のひらサイズの岩でぜいぜいと息を切らせていたが、今は自分の上半身くらいの大きさの岩も軽々とはいかないが持ち上げることができる。

「ふんふんふんふんふんふん!」

 ランニングもなんのそのだ。村の外周10周くらいは朝飯前だ。

「ふんーっ!!」

 ブシャァアア!

 ミモザはりんごを両手で握り、気合を入れて握りつぶした。コップの中へとばらばらと落ちていくのを見守り、コップを掴むとそのまま豪快に天然100%りんごジュースをごくごくと飲み干す。

「ぷはぁっ!最高の気分だ!」

 実に清々しい。

 筋肉を身につけてからのミモザは内面が明るくなるのを感じていた。自信がついたのだ。

「力こそパワー!筋肉は裏切らない!!」

 きゃっきゃっとはしゃぎながらミモザは森へと繰り出した。

 ちなみにこの3ヶ月間、レオンハルトの来訪は一度もない。



 どうしてこうなったのだろう。

 だらだらと脂汗を垂らしながら、数時間前の浮かれていた自分のことをミモザは嘆いた。

 ミモザの目の前には今、

「ウルルルルゥ!」

 低い唸り声を上げ、両腕を挙げて威嚇する熊型の野良精霊がいた。


 途中まではいつも通り順調だったのだ。

 森の浅瀬でここ最近ですっかり慣れ親しんだうさぎ型の野良精霊と戯れ、一月前あたりから攻略を開始した森の半ば周辺で犬型の野良精霊を狩る。

 12匹ほど狩り、のんびりと魔導石の採取をしていたところで異変は訪れた。

 まだミモザが足を踏み入れたことのない森の奥の方から大量の野良精霊が現れたのである。

「は?」

 驚きつつも身構えるミモザのことを、しかし彼らは無視して通り過ぎていった。

 まさに台風一過、土埃を巻き上げて彼らは去って行った。

「一体なんだったんだ?」

 その勢いに気押され走り去る姿をすっかり見送ってから、ミモザは呑気に彼らが走って来た方角を振り返りーー、

 そこに3つの紅い目を光らせどす黒いオーラを身にまとい、仁王立ちをしている巨大な熊の野良精霊の姿を見た。

「………え?」

 そして今、話は先ほどの場面へと戻る。

 突然現れた大物に、ミモザはメイス姿のチロを握りしめて立ち尽くしているのであった。

 

(というかこいつ、ゲームのイベントで登場する中ボスでは?)

 その明らかに狂化個体である熊を見て思う。確かステラ達が最初の試練の塔に向かう途中に現れる序盤の中ボスだ。

 さて、ステラ達は一体どうやって倒していたんだったかと考えている間に、

「グアアラァ!!」

 その熊の野良精霊は挙げていた両腕をミモザに向かって振り下ろしてきた。

「………っ!」

 慌てて後ろに飛び退き避ける。

「このっ!」

 ちょうどミモザが避けたせいで熊は両腕を地面につくような姿勢になり隙ができた。それを見逃さずミモザはメイスを横殴りにその顔面へと叩きつける。

「……っ!?かったい!」

 しかしそれは骨に当たる鈍い音を立てただけで終わった。熊の頭は確かに殴ったはずなのに向きを変えることもなく、紅い目がぎょろりと動いてミモザを睨む。

 そのまま頭を一瞬低く下げると下からすくい上げるようにしてミモザのことを頭突きでメイスごと吹っ飛ばした。

 身体が宙に浮く。熊は飛んだミモザがどこに落ちるのか確認するようにこちらを眺めていた。

 このままでは川から跳ね上げられた魚のように美味しくいただかれてしまう。

「このやろう」

 ミモザは悪態をつくとメイスを振りかぶり棘を伸ばして少し離れた木へと刺す。そのまま棘を縮めると刺さった木に吸い寄せられるようにして枝の上へと着地した。

「ウルルルルルルルッ」

 大人しく落ちて来なかったことに怒ったのか、唸りながら熊はミモザの着地した木の幹へと突進した。何度も頭を打ちつけてくるたびに幹は悲鳴を上げ折れるのも時間の問題だろう。

(うへぇ、どうしようかな)

 とうとうバキィと小気味良い音を立てて木は真っ二つに折れた。

 熊はこちらを目掛け大きな口を開けて歓喜の咆哮を上げる。

 ミモザはというとメイスを足場にするように自身の身体より下へと向けるとそのまま棘を伸ばし、落下速度と全体重をかけてその棘を熊の口の中へと突き刺した。

 さすがに口腔内はそこまでの強度がなかったらしい。熊は直立したような姿勢で串刺しとなり、しばし蠢いたのち絶命した。

「うわー、えぐー」

 足元に広がる光景に自分でやっておきながらミモザはちょっと引いた。

 地面へと飛び降りるとチロをメイスから鼠へと戻す。

「これ、やっぱりイベントの奴だよなぁ、なんだってこんなタイミングで。フライングなんてレベルじゃ……」

 言いかけてハッとミモザはあることに気がついた。

(これ、倒して良かったのか?)

 本来なら姉が3年後に倒すべき相手である。

(ストーリーになにか影響があったら……)

 ミモザは元々のストーリーを頼りに対策を打っているのである。もしチロの狂化のように今回の件で何かが早まってしまうとそれだけでミモザの修行が間に合わなくなってしまう可能性がある。

「ど、どうし…」

 よう、と言いかけて、ミモザの言葉は途切れた。

 何故ならがさがさと草むらが不穏な音を立て始めたからである。

 ミモザはその草むらの動向を見守った。

 がさり、と一際大きな音を立てると何かがでてくる。

 それは先ほど倒したのと同じ、紅い目が3つあるどす黒いオーラを放った熊だった。

 全部で10匹くらい居た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る