第30話 『災いの子』(3)
すっかり太陽が昇りきり、朝を迎えた世界。アレンは隣町からの帰路に就いていた。
(ったく。ミトラに対しては思いっきり甘やかすのに、俺に対しては雑にお使いとか頼むんだよな、街の奴らは)
アレンは両手にパンパンに野菜が詰まった袋を持っており、それらを歯を食いしばりながら持ち上げて歩いている。
(景色的に考えれば、もうすぐ街の看板が見えるはずなのに……おかしいな、どうして見えない?)
両目を凝らしてジッと看板があるはずの方向を見るアレン。するとアレンはうっすらと、しかし分厚く立ち上る煙を見た。
「おいおい嘘だろ? あの酔っ払いども火を起こしやがったのか!? 親父から点けるなって厳命されてるだろうに!」
袋を地面に落とし、煙のいる方向へ走り出すアレン。しかし街にたどり着いたアレンが見た物は……
――ボロボロになった、街の姿だった。
「……は?」
お使いに行く前に見た賑やかな光景は見る影もなく、かつて建物だった瓦礫が一面に広がっている。
「……な、え?」
状況を理解出来ずに立ち止まるアレン。忙しなく辺りを見渡すアレンだったが、街の奥にミトラの姿を見つけるとアレンはその方向に走り出す。
「ミトラ!!」
アレンの声に反応して顔を傾けるミトラ。しかしミトラは全身に血を浴びており、目に涙を溜めていた。ミトラの元にたどり着いたアレンは、ミトラを強く抱きしめる。
「生きててよかった……何が起きたか話すのは後で良い、今はまずここから逃げよう!」
「……して……」
「ん、なんだ?」
ミトラはアレンを押し倒し、アレンの右手を掴んで自らの喉元に押しつける。
「殺して……!!」
その一言で全てを察したアレンは、首を掴む手にぎゅっと力を入れる。目を閉じてそれを受け入れるミトラだったが――
直後、アレンは肩に銃撃を受け、ミトラに覆い被さる形で倒れる。その様子を、白衣の男は見下す。
「ウチの大切な被検体に手を出すのは止めたまえ、クソガキ」
アレンを蹴り飛ばし、ミトラの体を持ち上げて両手に抱える男。
「しかしヒュドラの破壊力は目を見張る物があったな。歴戦の猛者達をばったばったと倒していく圧巻の姿は、まさしく我らが目指す『世界の浄化』を成すに最適なモンスターだと証明するものだった!」
「う、うぅ……」
「さらに4号がヒュドラの操作に耐えうる器を持つと分かったことも大きい。さっさと連れ帰って、ヒュドラ完成の足がかりとするか――」
「させるかよ」
白衣の男は突如背後から八発の銃弾を食らい、姿勢を崩して地面に倒れる。その際ミトラの体が宙を舞うが、咄嗟にアレンがその真下に滑り込む事で正面衝突を回避する。
「き、貴様!」
「ぜ~んぶ理解した。お前だな、ミトラに指示して街を滅ぼさせたのは」
「何の証拠があってそんな事を言うんだ! 実際に手を下したのは4号だ、私に罪はない!」
「ミトラが俺に目でそう言った。証拠なんざそれだけで十分だ」
「滅茶苦茶だコイツ……クソ、こうなるなら兵隊を連れてくればよかった!」
拳銃をアレンに向ける男だったが、対してアサルトライフルを構えるアレンを見て戦意を喪失し、銃を再び仕舞う。
「今日は出直す。だが覚悟しろ。我々『世界進化計画』はこれから何度も、その被検体を捕まえに貴様の下に襲撃をかけるだろう」
「やれるもんならやってみやがれ。お前が兵隊を何人連れて来ようが、僕はその全てをはね除けて見せよう」
男はその言葉を鼻で笑い、アレンに背を向けて立ち去っていく。男の姿が見えなくなると、アレンは銃を地面に落として膝を着く。それから辺りを一通り見渡す。
「……ああ、どうしよっかなこれ。本当に信じられない」
「ア、アタシを殺すのら! それで気が収まるなら――」
「いや、事情が変わった。僕はてっきり、お前の力が暴走した結果こうなったのかと思っていた。それならお前を殺して話は終わりだったが、アイツらが関わってるなら話は別だ」
「でも手を下したのはアタシで……」
「奴らがやったと言え。じゃなきゃ話がすすまん」
「……」
「……はあ。とにかく、僕の報復対象はお前ではなくアイツになった。だから僕が組織と戦っている間、お前には安全なところに逃げた上で生き延びて貰う」
「正気のらか!? アタシはヒュドラを使って街一つ滅ぼした女のらよ!?」
「そうだな。だから――」
アレンは拳銃を取り出し、ミトラの額にくっつける。
「今日の事と、この街に来るまでの記憶をまるっと改変させて貰う。この村で生まれ育った者として、そしてヒュドラによる襲撃に『巻き込まれた』者としてお前は生きるんだ」
「そんな事、出来ないのら」
銃を投げ捨ててひざまずき、ミトラの両手を握って額に当てるアレン。
「頼む、生きてくれ。お前がした事の責任は全て僕が取るから。こうなった以上、もう僕にはお前しかいないんだから」
「……」
「妹であるお前が、今もこの世界で平和に暮している。その事実こそが俺に尽きることのない大きな戦意をくれるんだ。ヒュドラを倒し、組織を壊すまで戦い続けるエネルギーをな」
「……わかった、のら。申し訳なさで胸がいっぱいのらけど、兄ちゃんの為に、村の皆のために生きるのら」
「良い子だ」
ボロボロと涙をこぼすミトラの頭を、アレンは優しく撫でる。ひとしきり撫でた後、アレンは拳銃を拾い上げ、ミトラの額に銃口を押し当てて引き金を引く。
辺り一帯に響き渡る銃声、それとほぼ同時に地面に倒れるミトラ。頭に開いた穴がすぐに塞がったのを確認したアレンは、落ちていたボロ布を纏ってミトラに背を向ける。
「じゃあな。またいつか、全ての罪を償いきったその時に会おう」
一人瓦礫をかき分けて荒野を進むアレン。その背中には、隠しきれない哀愁が漂っていた。
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