第29話 『災いの子』(2)
それから4年後。10才となったミトラは立派な戦士へと成長し、街の人々からも完全に町民として受け入れられていた。
特にアレンからのアドバイスで付け始めた特殊な語尾のウケがよく、ミトラは町内一の人気者の座に上り詰める。
その日、ミトラは数年ぶりに開催される『大宴会』の手伝いをすべく町中を奔走していた。
「ミトラちゃんこれ、向こうのおじいちゃんの下に運んで!」
「卵割るの手伝って!」
「薪を百本割ってきて!」
そんな具合に、かなりこき使われていた。
数時間後、手伝いが一通り終わったミトラは自分の家に転がり込み、玄関で大の字になって寝る。
そんなミトラの様子を、アレンは呆れながら見ていた。
「おいおい汚えだろ、寝るならちゃんとベッドに行け」
「つ、疲れたのら。一歩も動けねぇのらよ」
「……ったく」
アレンはミトラの体を担ぎ上げ、ベッドに放り投げる。ミトラは毛布にくるまり、何度も深呼吸をする。
「まあお前、頑張ってたもんな。親父には良いように説明しといてやるから、そのまま大宴会が始まるまで寝てろ」
「ありがとうのら、アレン兄ちゃん」
「しかしまあ、あんなヘンテコな語尾をよくもこうまで使いこなしたもんだ。僕の案、自分でも結構無茶苦茶だと思ってるんだが」
「んー、よくわからないのら。アタシは施設育ちだから、兄ちゃん達が知ってることなんて殆どしらないのらから」
「……確かにそう聞いた」
「だから、気を引くためのこういう工夫が無茶苦茶だとは思ってないのら。それどころか、結構成果が出てて感謝すらしてるのらよ」
「何かをするのに偏見がないのは強みだな。その調子でこれからも頑張れよ、ミトラ」
アレンはそう言ってミトラの頭を撫で、外に出て行く。アレンがいなくなった部屋で、ミトラは一人励まされた喜びに浸るのだった。
その夜、街では大勢の冒険者達が集まって酒を酌み交わしており、ミトラは彼等に可愛がられながら聞き役に徹していた。
冒険者達が語る知らない世界の話にワクワクを抑えきれず、それをミトラの反応から悟った冒険者達も次々に武勇伝を話しまくるなど、ミトラの周りは大盛況となっていた。
宴会が落ち着いたのは、空が明らみだした夜明け前の事だった。誰も彼もが酔い潰れて熟睡している中、ミトラはこっそり宴会の片付けを行っていた。
地面やテーブルなど、あちこちに置かれた皿やジョッキをかき集め、野外に設置されたシンクに投げ込んで洗うミトラ。
そんなミトラの下に、一人の女性がやって来て肩を叩く。
「あれ、もう起きたのらか? なら手伝って欲しいのら、四百人分の皿洗いを」
「ううん、私は君に用があるの。ちょっと着いてきてくれない?」
「でも今の内にやれるだけやっとかないと、あとで街のおばちゃん達が苦労するのら」
「時間はとらせないから! 良いでしょ? ね?」
「……しょうがないのらね」
女性に連れられれて街を離れるミトラ。それから二人は入り組んだ森の中を進んで行き、やがて森を抜け大きな草原に出る。
その草原の中腹で横たわっていたのは――四年前、ミトラがあの密室で相対したヒュドラの死骸だった。
「……あ、ああ」
ミトラがその死骸を視認すると、死骸は徐々に光となってミトラの体に吸収され始める。ミトラは何とかその光を払い落とそうと、埃を払うように手を服の上で滑らせる。
「く、来るな! お前を取り込んだら、きっとアタシは!!」
忙しなく手を動かすミトラの手を後ろ手に固め、動きを封じる女性。
「ごめんね? 君を騙すのは胸が痛いけど、これも組織の意向だから」
「そんな、や、やめて……」
やがてヒュドラは完全に吸収され、ミトラは全身から赤い稲妻を出しながら地面に倒れ込む。苦しそうに悶えながら、雑草を握って歯を食いしばるミトラ。
そんなミトラの前に、白衣姿の男が立ちはだかる。男はミトラの首根っこを片手で掴んで持ち上げ、ミトラの顔をじっくり見る。
「成長したなぁ4号。お前が英傑の街に拾われたという情報は早々に把握していたが、まさかここまで立派に育つとは」
「は、博士……」
「ほう、言葉まで話すか。そこまでの教育をされるとは、つくづく運の良い奴め」
女性は静かに跪き、博士に事の次第を報告する。
「ご苦労」
博士はただ一言そう告げ、懐から拳銃を抜いて女性を射殺する。
「4号、貴様の廃棄処分を取り消す。今すぐ施設に戻ってこい」
「い、いやのら……」
「フン、そう言うと思ったさ。一度外での暮らしを知ったんだ、元の生活に戻りたがらない事なんて予測済みだ。その上で重ねて警告しよう」
博士はミトラの顎の下にバーコードリーダーを押し当て、ミトラを睨み付ける。
「我らの元に来い、4号。でなければお前は、背負いきれない後悔を抱えることになるぞ」
「あ、アンタらがアタシの為に何を用意してようが……もうそこへは戻らないって決めたのら!」
「阿呆が」
リーダーがバーコードを読む音がしたと同時にミトラの意識は落ち、博士の手の内でぐったりとする。博士はミトラの襟から手を離して地面に落とし、その手をウェットティッシュで拭く。
「褒美を受け取れない後悔じゃない、全てを失う後悔だ。そこに考えが行かない脳天気さが、貴様から全てを奪うのだ」
ミトラの顎からバーコードが消え、その後ミトラはゆっくり立ち上がる。しかしその目に光はなく、両腕をだらんとさせて呆然としていた。
「そのバーコードを読み取れば、たった一度だけだが持ち主を完全催眠状態にできる。先ほど手に入れたヒュドラを繰り、その手で己が故郷を破壊しろ、4号」
指令を受けたミトラはゆっくり来た道を引き返し始める。
「とはいえあのヒュドラは試作品、実力は本物には遠く及ばん。だがまあ、奴がどこまでやれるかをこの目で見ておくのも損はない。これより訪れる悲劇の瞬間に、私も立ち会うとするか」
ミトラの後を追う博士。その表情には、満面のゲスい笑みが浮かんでいた。
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