第22話 アレン・ハル(後)

「ミトラちゃんのお兄さん!?」


 驚いて足を滑らせる碧。そんな碧が、自分の力で再び起き上がる事は無かった。


「やっぱ立てないか。しかし僕も急いでるんだ、応急措置をさせて貰うぞ」


 懐から拳銃を取り出し、銃口を碧に向けるアレン。


「ちょ、ちょっと待って――」


 構わず引き金を引くアレン。辺り一帯に銃声が響き渡るが、その残響が消えたあたりで碧は立ち上がる事に成功する。


「……銃痕も無いし、体調が全快してる。これって?」

「『撃った相手に様々な効果を与える弾を作る』能力による物だ。回復弾を使ってお前を治した。全快したならさっさと行くぞ」

「う、うん。ありがとう」


 銃を仕舞って足早に歩き出すアレンに、苦労しつつも歩幅を合わせる碧。


「組織がミトラを狙う理由は、ミトラの記憶を復活させる事にある。アイツの記憶は危ない、復活したら何が起るか分からんからな」

「記憶喪失とは聞いてたけど、まさかそんな重大な記憶を失ってたなんて」

「ああ。俺はその記憶の正体を知ってるから、ミトラのことを追わせまいと今日まで組織と戦い続けていた。だが……まさか、組織が既にミトラの居場所を突き止めてたなんて、夢に思わなかったんだ……」


 ◇  ◇  ◇


「ミトラ・ハルだな。その命、もらい受ける」

「なっ!? ちょ、ちょっと待って――」


 少年はミトラの頭に狙いを定め、引き金を引く。シェルが地面に落ちた音を聞いた少年は、銃を投げ捨てて部屋を後にしようとしたが――


「体も軽いし、頭も冴え渡ってるのら。もしかして、そこに居るのはアレン兄ちゃんのらね?」


 少年が振り返ると、そこには壁を背にしてゆっくり立ち上がるミトラの姿があった。


「……チッ。殺し屋っぽいこと言って頭にぶち込めば、うまくショックで気絶してくれるって思ったんだがな」

「ふふ、恥ずかしがり屋なのも変わってないのらね」

「お望みなら実弾もぶち込むぞ」

「はいはい、ごめんのらごめんのら~」


 散弾銃を拾い上げ、アレンに返すミトラ。アレンは不機嫌そうにそれを受け取り、懐から出したショットシェルを一発装填してから背負う。


「しかしアレン兄も生きてたのらね。兄ちゃんの死体は見てないなーとは思ってたのらけど」

「僕は一人で何とか生き延びた。お前と違って、僕は出来がいいからな」

「思い出した! アレン兄っていつも二言目にそれを言うのらね」

「思……!? なんだその事か、ビビらすなよ」


 首をかしげるミトラ。そんなミトラに構わず、アレンは背を向けて散弾銃を肩に担ぐ。


「とにかく、今日僕に会ったことはさっさと忘れろ。お前の体調が危ういっつうから来ただけで、本来事が済むまで会うつもりは無かったんだからな」

「事? 何の話のら?」

「一個だけ言えば、目指してる結末はお前と同じだ。僕とお前のどっちが先に着くか、違うとすればそれだけだ」

「それじゃアタシも――」

「ダメだ、お前は着いてくるな。足手まといを……世話する余裕……は?」


 その時、アレンは猛烈な眠気を感じていた。さっきまでなかったはずのそれに、アレンは酷く困惑する。辺りを見回すと、部屋中が薄く白いもやで充満している事に気づく。


「……ミト、ラ?」


 振り返ると、アレンはベッドでぐったりとしているミトラの姿を見る。


 アレンは咄嗟に服の袖で口を隠し、ゆっくりと開くドアの先に目を向ける。


「おや、どこの骨ともわからんガキが紛れ込んでいるようだな。まあ、捨て置け」


 部屋に入ってきた白衣の男に続き、装甲を着込んだ兵士達が部屋の中になだれ込む。兵士達はミトラの体を抱えて部屋から出ようとする。


「待……て!!」


 散弾銃を構え、ミトラの体を持つ兵士に発砲するアレン。頭に銃弾を喰らった兵士は倒れ、ミトラは兵士の下敷きになる。


「まずい……」


 白衣の男は兵士の遺体を蹴り飛ばし、ミトラの体を抱き上げる。


「余計なことをしやがって。おい、ギリギリ死ねない程度にそいつを撃っていけ」


 アレンに背を向けて部屋を出る男。それに連れたって兵士達も何人か出て行ったが、二人の兵士が部屋の中に残る。


 兵士は銃口をアレンに向け――


「や、やめろ!!」


 一斉に引き金を引き、アレンに発砲した。


 ◇  ◇  ◇


 時は現在に戻り、碧とアレンは並んで歩き続けていた。


「じゃああの家にあった血痕は君のだったんだ! というか傷大丈夫なの!?」

「傷の処置は能力で済ませた。まだ撃たれた所はズキズキ痛むがな」

「万全の状態じゃ無かったんだ……」

「僕の事はいい、問題はミトラだ。アイツが捕まったのは僕のせいだ、僕がアイツをあの場に引き留めたから……アイツは催眠ガスに気づけず、逃げるのが遅れたんだ」

「それは違う、ガスに気づけてたら彼女はちゃんと口にしたはず。あれからどう転ぼうと、結果的にはこうなってたに違いない」

「そうか? まぁ、議論する気はないからこれ以上話を続けはしないんだが。そら、着いたぞ」


 碧とアレンの目の前には、ツタがびっしりと絡んだ廃病院があった。


「僕に銃弾ぶち込みやがった兵士の一人にレーダーを取り付けたんだが、そのレーダーが指し示した場所こそがここだ」

「つまりこの中にミトラちゃんが囚われてる訳ね」

「ああ。入り口は正面しか無い訳だが――」


 アレンが指し示す先には、重装甲をまとった兵士が五人並んで立っていた。


「やれるか?」

「当然。私万有と約束したから、アイツら全員の両中指を落としてくるって」

「物騒な約束だな。だがその意気や良し、さっさと突っ込むぞ」

「うん!」


 各々武器を構え、兵士達に向かって走り出す碧とアレン。そんな二人の表情には、邪悪な笑みが浮かんでいた。

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