第21話 アレン・ハル(前)

 ミトラ襲撃の翌朝、万有は電話越しにミラと話をしていた。


「……もう一度言ってみろ。ミトラが、どうなったって?」

『ですから、行方不明になったんですよ! 彼女がいた部屋には僅かな銃痕と血痕があるばかりで、それ以外は何も』

「血痕だと? じゃあミトラは――」

『いえ、彼女は生きています。「血痕から現在の生体情報を調べる」能力者に調査を依頼したところ、そのような結果が帰ってきましたので。しかし……』

「無事ではない、か?」

『ええ。能力者曰く、重症を負っている状態だと』

「……そうか」

『我々もミトラさんの失踪は重く捉えております。一刻も早く居場所を特定してお伝えしますので、それまでは、どうか冷静に』


 通話を切り、電話を机の上に置く万有。大きな溜息をつく万有の姿を、碧は心配そうな顔で見ていた。


「気が気じゃ、ないよね」

「そりゃそうだろ。突然特級からはずれたかと思えば、今度は誘拐だって? 急展開が過ぎるだろ」

「一体何が目的なんだろう。銃で撃つ位だから恨みを持ってる人の犯行だろうけど」

「俺がミトラの保護者になってるっていう情報が協会外に広まってない以上、関係者が犯人って線が濃厚だろうな」

「ミトラちゃん以外に生き残りがいたなんて……もしかして、その人の存在も彼女の記憶を解く鍵になってたりしない?」

「だろうな。だがこう言う事を起こした以上、そいつにはそれなりに痛い目を見て貰う。情報の収集はそれからだ」

「そうだね、意識無くなるまで殴って、両手の中指を落としてそれから尋問しよう」

「……お前そんなエグいこと言う奴だっけ?」

「結構頭にキてるんだ、君の前だから抑えてるけど」

「なら一旦外に出て発散してこい。我慢は体に毒だぞ」

「そうする」


 早足に小屋を出る碧。それから少しして、万有は静かに机を叩く。


 ◇  ◇  ◇


 外に出た碧は、山を降りて電車に乗っていた。


(協会の調査なんて待ってられない。人命が掛かってるんだ、アテが無くとも探し回るしかない)


 碧は、ギャンブルでは駄目な自分の運が他に対しては良い働きをする事を知っていた。情報も証拠も無い中で、自分が蓄えてきた運こそが活路となる。碧はそう信じていた。


(事実、パチンコで大負けしたあの日にミトラちゃんと会えたお陰で今がある。ここ数ヶ月で負けて溜めた運を使って、今度は私があの子を救うんだ)


 しばらくそのまま車内で座って居た碧だったが、ある時、開いたドアの外に広がる景色にビビッと来た碧はその勢いでその駅に降り立つ。


 電車が駅を発って周りの景色が見えるようになると、碧はその景色に愕然とする。


(ど、ド田舎……! 数件の民家があるだけで、しかも伸びっぱなしになった雑草で地面が見えない! 本当にココであってる? 私)


 胸の前で両手をぎゅっと握る碧。


(……いや、信じろ。第一、誘拐した人間を閉じ込めておくにはこういう人気の無いところが最適じゃないか。行こう、臆せず)


 碧は意を決し、駅を出て村に飛び出した。


 日も暮れかけていたからか、足早に勘が指し示す方向に進む碧。そんな碧が異変を察知したのは、すっかり辺りが暗くなった時の事だった。


 生い茂る雑草をかき分けて進み続ける碧だったが、すっかり疲れ切っていたからか、足元のブービートラップに気付かずに引っかかってしまう。


 すると地面が大きく揺れ、前方に等身大の黒いゴーレムが現れる。碧はそのゴーレムを見て、口角を上げる。


「小さいなあお前! 野性にこんな弱そうなゴーレムがいたとはな。せっかくだから私の運、お前を使って試す事にしよう」


 腰に提げた鞘からククリナイフを抜き、ゴーレムを斬りつける碧。ナイフは突っかかる事無くゴーレムの体を通り過ぎ、ナイフを振りきると同時にゴーレムの体は爆発四散した。


「やった、当たりだ! やっぱり今日の私はツいてるぞ!」

「いいや、今のお前は運が悪すぎだ」


 声のした方向を向くと、そこにはフードを被った少年がいた。


「ある組織の研究者がその罠は二段階認証になってんだ。一段階目はワイヤーが切れたこと、そして二段階目は出てきたゴーレムが倒された事。この二つの認証が突破されたとき――」


 少年の登場への驚きも覚めやらぬ内に、再び地面が揺れてゴーレムが現れる。しかし今度は一匹の召喚だけなく、止めどなく大量のゴーレムが召喚され続ける。


「罠に仕込まれた魔方陣は、魔方陣自体が持つ魔力が尽きるまでゴーレムを召喚する。溜めてあった魔力量的に、このままじゃほぼ無限に出てきそうだな」

「な、何とか出来ないの!?」

「安心しろ、もう魔方陣はどうにかした。だが既に召喚された500体のゴーレム、そいつを全て倒す術までは持ってない。だからそいつらの処理はアンタに任せる」

「居すぎでしょ!! ……ああ、リアクションを取る暇も無さそう。こうなったらやけくそだ!! 覚醒!!」


 ククリナイフを逆手から順手に持ち替える碧。大きく息を吐いた後、碧は雄叫びを上げてゴーレムの群れに突っ込んでいった。


 ◇  ◇  ◇


 最後の一体を斬りつけて消滅させる碧。碧の体からは濃く太いオーラが凄まじい勢いで垂れ流されており、最後の個体が消えると同時にそのオーラも消滅する。


「ハアッ……本当に多い! 自分でまいた種とはいえ……キレそう……」

「途中で音を上げるかと思ったが、本当に一人でやるとはな。まさかアンタもハルの生き残りか?」

「……アンタ『も』?」

「っと、自己紹介を忘れていたな。下手したら俺が一人でする羽目になったかもしれん作業を手伝ってくれたんだ、最低限の礼儀は果たそう」


 少年はフードを脱ぎ、その顔を見せる。少年は銀髪に青目という希有な見た目をしていた。


「僕はアレン・ハル。今お前が追っているであろうミトラ・ハルの、双子の兄だ」

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