第2章:蛇使い編
第17話 特異体スライム(1)
玄武討伐を巡る様々な事件は、ミトラの境遇を大きく変えた。
小金井碧の訴えによって『玄武の単独討伐』が実績として認められたミトラは、E級から『特別C級』に昇格。
これは『脅威度B級以上の討伐依頼に同行しても問題ない』という、協会による実力の保証を伴う特別なランクとなっている。
特別ランクの認定は実に12年ぶりとあって、ミトラの存在は能力と共に瞬く間に世界中に知れ渡る事となる。
玄武討伐から二ヶ月が経った今となっては、ミトラは討伐の同行依頼を毎日のように受けるまでの名声を得ていた。
『楽に手札を増やせるなら乗らない手はないのら』
と思うミトラは片っ端から同行依頼に応じており、それにより毎日のように冒険者協会本部に通う生活を送るようになる。
そんなミトラとは異なり、万有はこれまで通り山小屋で農業をしていた。
「……ひでぇな。採れたジャガイモ、その半数が豆みたいに小せぇ」
早朝、万有は段ボールの半分しか埋まっていないジャガイモ達を見ながら溜息をつく。
「農業ってのは難しいな全く。だがまあ、金の支配から逃れるには農業を極めるに限るからな。地道に、少しずつやろう」
段ボールを床におき、そこに熱湯が入ったポットとインスタントコーヒーの袋を置く。万有はマグカップに少量の粉末を入れた後、ポットから熱湯を注ぎ、中身をスプーンでかき混ぜる。
(こうしてコーヒーを堂々と入れられるのも、コーヒー嫌いなミトラが居なくなったからだ。アイツがいなくなって、そろそろ一月ほど経つ頃かな)
小さな壺から角砂糖を二つつまみ、カップの中に入れて飲む万有。
(ミトラの奴、夜中に来た応援要請にまで対応してると聞く。一番忙しかった時期の俺でもしなかったぞ、そんな事)
カップを机に置き、台所に立つ万有。冷蔵庫からソーセージと卵三個を取り出し、熱したフライパンの上に開ける。
(『飴があるから大丈夫』だあ? その活動の果てにお前はどんな飴を得るっつうんだ。もしそれが手駒が増えることだけだとしたら、釣り合ってないにも程がある)
フライパンの柄を力強く握る万有。唇も強く結んでおり、眉間にも軽くシワを寄せている。
(俺と違って、お前は一人じゃない。お前が無理をする事で心配がる誰かがいることに、いい加減気付いてほしいものだ)
その時、玄関のドアを叩く音がする。急いでソーセージと目玉焼きを皿に盛ってドアを開けると、そこには見覚えのある金髪の美少女がいた。
「久しぶり、万有!」
「碧か。もう問題は解決できたのか?」
「うん! パチンコに負けまくって作った10億の借金、しっかり完済してきた!」
「この世界にパチンコなんてあったのか……」
「ここじゃパチンコ、アッチ以上に人気だよ。ちょっと確率は渋いけど。それはともかく、上がって良い?」
「ああ。丁度朝飯を作るところだったから、お前の分も作ってやるよ」
「やった! ありがとう! ここ二日間金欠で何も食べれてないからさあ、助かるよお」
碧は小屋の中に入ると、一目散に机に駆け寄って座り込む。万有は呆れたように肩をすくめた後、キッチンに立って料理を始める。
◇ ◇ ◇
食事を終えた碧は、懐からタバコを取り出して一服し始める。
「お前タバコ吸うのか」
「同僚や上司との付き合いで吸い始めたんだ。んで、その癖をここに来ても引きずってる」
「そういうの都市伝説だと思ってたが、本当にいるもんだな」
「万有も気をつけな? 俺は大丈夫ーって思ってたら、あれよあれよとこうなっちゃうんだから」
「俺は吸わん。金を使わない生活を理想とする以上、どうあっても入手に金が絡むタバコに手を出す理由はないからな」
「そうなんだ、似合うと思うけどなぁ」
「ファッションでタバコに手を出す奴がいるかよ」
「それが意外といるんだよ――っと、危ない危ない。つい話が弾んで、本題を忘れる所だった」
「本題?」
碧はタバコをくわえて両手をポケットに入れ、一枚の紙を机の上に広げる。
「この依頼書……羊皮紙で出来てるのか? って事は――」
「そう、『特級討伐依頼』だよ。特別の名を冠するランクか、S3以上のランクを持つ冒険者しか受けられないというアレさ」
「えっとモンスターは……スライムだぁ? 変異体でもDだってのにどうしてこいつが?」
「よく写真見てよ。そいつの色、何か変じゃない?」
「ホントだ。通常種は緑色、変異種は橙色なのにコイツは紫色だ。しかもこの色、ミトラの故郷を襲ったヒュドラの色と合致する」
「でしょ? なら、このスライムに感じるモノがあるんじゃない?」
「色が同じだから関係があるかも、ってのはちと安直過ぎる気がするが」
「別に良いでしょー!?」
「まあ僅かにでも可能性がある案件だ、追わない手はない。この依頼は俺が今日引き受けよう」
「了解! ちなみにスライムがいる場所へは飛行船で片道36時間かかるって話だから、私ここで留守番してるね」
「……パチ狂いが三日以上もココでジッとしていられるのか?」
「大丈夫、今は携帯でパチンコを回せる時代だから。あ、もちろん無料じゃないからお金貸してね? 10万ぐらいあると嬉しいな」
「『10万ぐらいパッと出せるでしょ?』みたいに軽々しく言いやがって……5万だ、それでやりくりしろ」
「えぇ~っ!? ケチ!」
ポケットから紙幣を五枚机に置いた後、万有は頬を膨らませる碧に背を向けて小屋を出る。そんな万有の顔には、微かに笑顔が戻っていた。
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