第5話 S4冒険者の権威

 ミトラが万有の家に転がり込んでから2日後の朝。


「ミトラ・ハル、完全復活のらー!」


 ベッドから飛び起き、家中を裸足で駆け回るミトラ。その騒音を聞き、隣で寝ていた万有も目を覚ます。


「うるさい! まだ寝ていかったのに……」

「あら、起きちゃったのらか。失礼しましたのら」

「もういい、二度寝は好かんからこのまま起きる。何が食いたい?」

「ケバブ!」

「朝に食うもんじゃねえだろうが」


 万有は寝ぼけ眼でソーセージと目玉焼きを二人分作り、皿に盛って机に並べる。ミトラと万有は木製のテーブルを挟み、それを食べ始める。


「味がする食べ物が食えるって素敵な事のらね」

「お前にずっと食べさせていたあの粥にも、気を使ってある程度塩は振ってたんだがな」

「そうだったのらか? よくわからなかったのら」


 ミトラは食器を皿の上に置く。その音に釣られて万有がミトラの皿をみると、既に空になっている事に気づく。


「……そういえばお前、39℃の熱出してた時も茶碗六杯の粥食ってたな。意外と大食いなのか?」

「育ち盛りのら」

「なるほど、俺が金持ちで良かったぜ」


 万有も早めに朝食を平らげ、ミトラの前にある皿を下に重ねて洗う。皿洗いが終わると、再び席についてミトラの目を見る。


「さてと、今後の話をしよう。お前の最終目標は変異体ヒュドラを倒す事、それでいいんだよな?」

「へん……何のらそれ?」

「ごくまれに出てくる、普通の個体より遙かに強いモンスターの事だ。お前が会ったヒュドラは、正しくその特徴に沿ってるだろ?」

「そうのら。あの紫色のヒュドラは普通じゃねーのら」

「紫か、やはり変異体だな。協会のスタッフ曰く、普通のヒュドラは体が青いらしいからな」

「え!? スタッフと連絡が取れるのらか!?」


 思わずバッと立ち上がるミトラ。万有は携帯を取り出し、『冒険者協会』という文字と電話番号が記された画面をミトラに見せる。


「S4にもなると、協会の方から電話で依頼が舞い込んでくるんだ。その番号を使って、お前を看病してる合間に例のヒュドラについて話を聞いていた」

「何か、収穫はあったのら?」

「いや、今日は収穫無しだ。だが俺の話を聞いて、協会は変異体ヒュドラについて調査に動くと言っていた。進展があれば、すぐ俺に一報を寄越すとさ」

「さすがS4級冒険者……たった一言で協会まるごと動かしたのら」


 目を見開いて感嘆の声を漏らすミトラの事を、不思議そうに見つめる万有。


「だが調査の進展があるまで何もしない、と言うわけには行かない。そこで、今日はお前の実力を見ようと思う」

「実力? 忘れたのらか、アタシがスタッフから能力を教えて貰えなかった事を。そんな状態じゃ実力も何もないのらよ」

「そういやそんな事言ってたな。だったらお前の言うとおりだ、まずはお前のテストを担当したスタッフを呼びつけて教えて貰わなきゃな」


 万有は立ち上がり、冷蔵庫の上に置いてあるバッグを取る。


「そうときまったら、さっそく冒険者協会に行くぞ。安心しろ、この山の坂は緩いから病み上がりのお前でも容易に上り下り出来る」

「嘘だったら恨むのらよ」

「失礼な奴だな、俺に少女をいたぶる趣味は無いっての」


 そんな言い合いをしながら、万有とミトラは家を出た。


 ◇  ◇  ◇


 山を降りた二人は、徒歩と電車を乗り継ぎしながら二時間かけて協会のある街へたどり着いた。比重としては徒歩が多めだったが、ミトラも万有も一切の疲れを感じていない様子だ。


「意外と体力あるな」

「そっちこそ、引き籠もってばかりで体力落ちてると思ってたのらけど」

「馬鹿、俺は農業やってんだぞ? 落ちてる所か高まってんだよ」

「じゃあ、あの高い建物までは休憩無しで行けるのらね?」

「当然だ。どっちが先に付くか競争をしても構わんぞ」

「人通りが多いこの道で競争なんて正気のらか?」

「真っ当なこと言うんじゃねぇよ……」


 肩を落とす万有とミトラは、大人しく歩きで協会の麓まで行った。


 ◇  ◇  ◇


 協会内に入った万有とミトラだったが、二人の姿を見た一人の女性がすぐさま二人の元へ駆けつける。


「お久しぶりです、万有さま!」

「おっ、ミラか。サタン討伐以来だな」

「まさかこんなに早く復帰してくれるなんて、私思いませんでしたよ」

「一時的な復帰だがな。ヒュドラの一件が解決したら、すぐに元の生活に戻らせて貰う」

「それでも我々としては心強い限りです。ところで、今日はどういったご用件で?」


 万有は右手の親指でミトラを指差す。


「俺の横に居るコイツ、ミトラ・ハルの冒険者登録試験を担当した奴に用がある。探してきて貰えないか?」

「ミトラ……ハル?」


 ミラは少し考えた後、ふとしゃがんでミトラと目を合わせる。


「私の顔に見覚えは?」

「あるのら。あの時先延ばしにした答え、今日こそ聞かせてもらうのらよ」

「やはり貴女でしたか……」


 立ち上がり、顎に手を当てて黙り込むミラ。少し経って、ミラは万有と目を合わせて口を開く。


「万有さま、ミトラさんは今貴方の庇護下にある、と考えてよろしいのですよね」

「今はな。だが必要だってんなら、ヒュドラ以降も世話してやらんこともない」


 ミラは顎に手を当て、目を閉じてしばらく考え込んだ後に軽く頷く。


「……良いでしょう、お教えします。しかし彼女の能力は公に出来ない危険な代物。故に場所を変えさせてください」

「なるほど、だから隠してたんだな。行くぞミトラ、真相を知る覚悟は良いな」

「もちろんのら。ここまで来たからには引き返す選択肢は無いのら」


 万有とミトラはミラの後を追い、スタッフルームの中に入るのだった。

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