第3話 ミトラ・ハル(1)

「ちょ、ちょっと! 下を見るのら! ちゃんとここに居るのら!」


 万有が言われたとおり目線を下にやると、そこには白髪青目の少女が居た。少女は白いワンピースを着ているが、袖が無いタイプのためかなり寒そうだった。


「やっと目が合ったのら。全く、ちょっと背が高いからってアタシを無視するのは無しのらよ」

「……何しに来た?」

「アタシはミトラ・ハル。アンタに力を貸して欲しい事があって――」


 万有は話の終わりを待たずに扉を閉め、ドアに背中をピッタリ付けた。


「ま、まだ話は終わってないのらよ!」

「話をする気は無い、どっかいけ」


 眉間にシワを寄せながら、強い口調で扉越しに言い返す万有。


(クランの奴らめ、遂に子供を使って俺を説得しに来たか。姑息なやつらだ)

「アンタは史上最強の冒険者だって聞いたのら! そんなアンタにしか頼めない話があるのらよ!」

「どうでもいいな」

「……そうのらか。なら、話を聞く気になるまでここを動かないのら」

「何だと?」


 冷や汗を掻く万有。少し考えを巡らせた後、万有はドアから離れてベッドに寝転んだ。


(子供の覚悟なんてたいしたことない、どうせお腹が空いたら帰って行くだろ。俺は何も気にしなくて良い、我関せずの姿勢で居れば良い……よな?)


 万有は間の抜けた声を上げて振り返る。


(だが、声色が普通じゃなかった。もしかして本当に……いや、それもまた一つの作戦と言う可能性もある。ここは、静観に徹しよう)


 ドアの前を放れた万有は、それ以降少女のことを気にすることなく普通の日常を再開するのだった。


 ◇  ◇  ◇


 それから3日後。万有は、二日間降り続く豪雨に悩まされていた。


(弱ったな……こんだけ降り続いちゃ、きっと畑はぐちゃぐちゃだ。ニンジンの収穫が控えてるのに、最悪)


 ふと腹がなり、空腹感を覚えた万有は冷蔵庫の扉を開ける。しかし、中には何もなかった。


(食料も無い! この豪雨の中を身一つで歩けって――いや、能力を応用すればイケるか)


 万有は能力を駆使して自分に雨よけを施す。それから万有は机から財布とエコバッグを取り、玄関に向けて歩き出す。


 その時ふと、三日前に玄関先である出来事が起きたことを思い出す。


(……待てよ。確か三日前、俺の家に訪れた少女が居たな。いやいや、さすがに帰ってるって! そうに決まってる!)


 そう自分に言い聞かせながら、万有はドアを開ける。そうしてドアを開けた万有は――


 顔を真っ青にしながらその場に座り込む、ずぶ濡れの少女の姿を見た。


「な、なんで!? 何で帰らなかったんだよ!」

「い、言ったはずのらよ……ははは話を聞くまで……こここ、ここを動かないって……」

「……マジかよ」


 唖然とする万有。しかしミトラの発した大きなくしゃみによって我に返り、ミトラの体を抱き上げる。


「話なら後で聞くから、とりあえず手当してやる!」

「よ、よろしくのら……」


 不適な笑みを浮かべるミトラ。そんなミトラの顔を、「してやられた」という悔しげな顔で万有は見ていた。


 万有はミトラをベッドに寝かせ、温度計をミトラの口に突っ込む。一方ミトラの息は荒く、顔も真っ赤になっている。


(39.2℃……重症だな。恐らく酷い脱水症状も引き起こしてるだろうし、白湯を用意してやろう)


 万有は水を入れたヤカンをコンロに置いて暖め、それと並行して白米を入れた鍋に水を入れて、煮込み始める。


「喋るなよ。今のお前に残された僅かな体力は全部食事に使え」


 その言葉にミトラがどんな反応をしたか、万有は確認しようとしなかった。


 それから少し経ち、万有は完成した白湯とお粥をそれぞれ器に入れてミトラの元へ持って行く。ミトラはそれを見てバッと体を起こし、それらをすぐに平らげる。


「まだだ、もう要らないってなるまで食え。風邪を治すには食べるのが一番だ」


 容器が空になると同時に容器を取り上げて補充する万有。そのやり取りを6回繰り返した後、ミトラは『もう満足ですのら』と言って食器を盆の上に置いた。


「満足したか、なら寝とけ」


 ミトラの肩を押して再びベッドに寝かせる万有。しかしミトラは布団を右側に避け、万有の居る左側に寝返りを打つ。


「お話、聞いて貰えるのらよね?」

「……聞くには聞くが、話に乗るかどうかは保証しないぞ」

「それでも構わないのら。誰かにこの事を話せること自体が嬉しいのらから」

「そうか。じゃあ改めて聞くが、お前は俺に何を頼みに来た?」


 ミトラは息を吸い、じっと万有の目を見据える。


「復讐の手伝いをして欲しいのら」

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