重力術者はスローライフが出来ない
熟々蒼依
第1部:災いの子
第1章:最後の英傑編
第1話 スローライフの始まり?
「こ、ここまでか……」
溶岩によって明るく照らされている洞窟の中で、巨大な悪魔と向き合う五人の戦士。身につけている鎧や杖はボロボロになっており、服が破れた箇所からは血が滴っている。
悪魔は深く息を吐き、地面を蹴って一気に近づきその豪腕で戦士達を一斉になぎ払う。悪魔の一撃をモロに食らった戦士達は壁に叩き付けられ、溶岩で満ちた小さな崖の中に落ちていく。
それを遠くから見ていた一人の女性は、怯えた表情を浮かべながら後ずさる。
(そんな馬鹿な……あの場に居るのは全冒険者の中でも二番目に強い、S3級の能力者達だぞ! それが手も足も出ないなんて……)
悪魔は次にミラの方を向き、不敵な笑みを浮かべる。一連の行動に体を大きく震わせて驚くミラだったが――
「悪いなミラ、遅れた」
ミラの背後から一人の男が前に躍り出る。紺色のローブに身を包み、茶髪赤目という変わった風貌の男に向けて女性は叫ぶ。
「遅れたじゃないでしょう、吉野
「悪い、道中雑魚モンスターがうじゃうじゃいてな。あまりの数だったんで、そいつらに足止めされちまった」
「……そんな」
「できる限り限り急いだが、その様子じゃ間に合わなかったみたいだな」
ミラは胸に手を当て、振り返って万有と目を合わせる。
「お願いします。アイツを倒して、彼等の仇を取ってください」
「当然。同じ依頼を受けたよしみだ、冥土の土産にS4級の戦いを見せてやる」
細い道を早歩きで渡って悪魔に近づく万有。万有は眉間にしわを寄せ、ポケットに両手を突っ込んでいる。
「死者が出るのはS級狩りの常とはいえ、やはりいざ人の死に立ち会うとやるせない気持ちになるんだ。せいぜい、この気持ちはお前にぶつけて解消させてもらおう」
悪魔は背中の翼を広げ、万有に飛びかかる。しかし万有は瞬時にそれを回避し、悪魔に触れて洞窟の天井にテレポートする。
悪魔の頭上に経った万有は悪魔の頭にかかと落としを喰らわせ、思いっきり地面にたたき落とす。地面に埋まった悪魔は右腕に力を入れて勢いよく抜け出し、ふわっと着地した万有を睨み付ける。
「大抵の奴はこうすりゃ死ぬんだがな。さすが脅威度S3級、固いな」
万有が右手を振り上げると、悪魔の体は浮遊を始める。いくらもがいても高度の上昇を止められず、ついに悪魔の体は洞窟の天井にまで到達する。
「知ってるか? 悪魔。さっきお前が倒した奴らは、協会から世界で二番目に強いと太鼓判を押された連中だ」
悪魔は両手両脚を忙しなくばたつかせ、天井に足を着いて逆さに立つ。
「なんとなく察しがついてるだろうが、俺はアイツらより遙かに強い。具体的に言うと、世界に七人しか居ない世界一の一人って所か」
再び羽を生やして万有の元に向かおうとする悪魔だったが、地面から足が離れずに居る。
「はしゃいでたなあ、アイツら。S4を間近で見る事が出来たって。アイツらのあの笑顔、もう見れねぇんだよな。ああ、ホント気分悪い」
大声で吠える悪魔。万有はそれを、不愉快そうな表情で見下ろす。
「無駄だ。重力は既に、お前を殺す準備を整えている」
万有が振り上げた右手を勢いよく下ろすと、悪魔の体がものすごいスピードで地面に叩き付けられる。
叩き付けによって生じた凄まじい衝撃によって足場は崩れ、悪魔と共に破片ごと溶岩の中に溶けていった。
「……ここらが潮時か」
奥歯を強く噛みながら、空中で悪魔の消滅を見届ける万有。それからすぐ、呆然と立ち尽くすミラの目の前にテレポートする。
「終わったぞ」
ミラはハッと我に返り、深々と頭を下げる。
「今から聞いて欲しい話があるんだが、いま時間あるか?」
「え? はい。帰投時間を遅らせることは可能ですが」
「そうか。俺さ、今日で冒険者辞めようと思ってるんだ」
「……はい?」
眉をひそめ、半歩前に踏み込むミラ。
「急ですね、何かあったんですか?」
「端的に言えば、疲れ果てたんだ。さっきの一件で察した、俺はもう冒険者を続けられる状態じゃないんだ」
ミラは少しの間黙り込んだあと、右手で軽く頭を掻く。
「……まあ、分かりますけど。10年前に冒険者になってから貴方、毎日依頼を受けてますもんね」
「その分、多くの人の死に立ち会った。だから俺は、長年の夢だったスローライフとやらに着手しようと思うんだ。山奥にこもって、ゆっくり農業しながらするゆったりした暮らしをね」
「素敵な夢ですね。私どもも応援すると言いたいところですが……」
静かに、小さく溜息をつくミラ。
「我々はずっと、日々出現数が増えるモンスターの脅威を凌ぐ為に貴方の力に依存していました。独り立ちしなきゃならない時が来た、って事でしょうね」
「ああ。だが単に突き放すだけじゃ余りに酷だ。そこで、俺の全財産の九割をお前達協会に直接寄付しようと思う」
「九割って……! 貴方、『1日に一億ゴールド稼ぐ男』って巷で有名じゃないですか! そんな貴方が十年で稼いだ総資産、その九割なんて……」
「その代わり、一つ聞いて貰いたい願いがある。何、今の俺のクランマスターにこう伝えて欲しいってだけの話さ」
万有はミラに耳打ちする。それを聞いたミラは納得したように首を軽く縦に振る。
「分かりました、ではそのように」
「悪いな、俺のワガママを聞いて貰って」
「いままで貴方に挙げて貰った成果に比べれば、まだまだ足りない位です」
「頑張れよ。遙か遠くの田舎から、俺はお前達を応援している」
頭を深く下げるミラを背に、洞窟の出口に向けて歩き出す万有。万有は少し背を丸めており、肩を落としているのだった。
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