第23話 運動会のテントの中
(運動会のテントの中)
体育大会は、あっと言う間にやってきた。
体育大会と言っても、基本的に陸上競技のクラスマッチだ。
各競技の順位がそのまま得点となり、その総合得点が高いクラスが優勝ということになる。
ちなみに愛実たちのクラスは、午後に入った時点で第四位だった。
そして、放送部の正美は、午後の部の放送係として、放送席にいた。
しかし、いたのは正美ばかりでなく、その横に愛実の姿があった。
それはなぜかと言うと、卒業を控えている三年生を除いて、放送部員は七名。
二人ずつの組で交代して業務するので、一人足りなくなる。そこで、正美は、以前に放送部に入りたい入れないと言っていた愛実を思い出してアシスタントに推薦したのだった。
「わーあ、わーあ、嬉しいなーあ、私、こんなの初めてよー!」
愛実は、憧れのテントの中に座れて嬉しさのあまりに、あたりを見回したり、スケジュール表やCD盤をさばくったりしてわけもなくはしゃいでいた。
「ちょっと、アミちゃん。整理してあるんだから、くちゃくちゃにしないでよねー」
「わかっているって……」と、愛実は自信たっぷりだったが、正美は返って心配だった。
「あとでレイも来るって……」
「なにしに……?」
「もちろん、正美ちゃんの手伝いよ。こんな時でない限りテントの中には入れないものー」
「あれまーあー」と正美は、また一つ心配の種が増えた思いだった。
そんな正美の心配をよそに、プログラムは一つ一つ消化されていった。
そして、全校生徒が一つになって盛り上がる学校長はじめ先生方のミックス障害物リレーの始まりだ。
正美は、入場行進の中、先生方の自己紹介や生徒たちの評判などをおもしろおかしくアナウンスした。
それに答えて、聞いている生徒たちも、正美の当を得たアナウンスに拍手と歓声と笑いを送っり競技は一段と盛り上がった。
そんな中、愛実がぽつりと呟いた。
「なんか、淋しい……」
「えー、何が……?」
正美が、次の原稿に目を通しながら、半分うあの空で答えた。
「だって、ほかのみんなが、あんなにきゃーきゃー言って楽しそうなのに、この席はまるで別世界……」
「そうねー、競技を熱中して見ているわけにはいかないけど、次のアナウンスもあるからね。それに、競技の結果もどんどん入ってくるからねー」
「なんか、学校中が遠く見えるわ……」
「まーあー、そうかもねー。でも、たった二時間だから、そのくらいは、運動会のボランティアのつもりでサービスしちゃうわよ!」
「……、……」
「でもねーえ、私はここが好きなのよ……」
正美は、目線を挙げて運動場を見回した。
「なんで?」
「えー、なんか、かっこいいじゃない。私が、運動会を進めているって感じでー」
「……、……」
「さっきみたいな先生方の紹介も面白おかしくアナウンスできるでしょう。あの原稿はね、前もって放送部のみんなで考えて作っておいたのよ。これも、私の作ったシナリオの一つと言うわけ。それで学校中のみんなが歓声を上げて喜んでくれるのよ。私は、最高に幸せ!」
正美は、話ながらも、忙しそうに、進行表に目を通していた。
「それって、ただの目立ちたがりやじゃーないのー」
愛美は、ちゃかすように笑った。
「まーあー、そうかもね。でも、誰でもあるんじゃないかな。自分を認めてほしいという気持ち。それが人のためになっていると思えば、なおのこと自分の存在感が確かなものになる。そこに、喜びを感じるんじゃないかな。私もその一人だけど。つまり、アミのピアノと一緒よ。アミがピアノを弾いて、それを聴く人が感激してくれる。それは、アミにとって嬉しいことでしょう」
愛実も、運動場に広がっている全校生徒を見回した。
生徒たちの思い思いの楽しい叫び声が聞こえる。
それを見ていると、愛実も少し楽しくなってくる思いがした。
「そうねーえ。でも、私、まだ、ピアノを人に聴かせるということが良くわからないの。あまり、経験がないのがいけないかもしれないけど……」
「アミ、そんなに真剣に考えないでよ。私だって、本当にこれで良いのか分からないでやっているんだから。今は、たまたま受けたから良いようなもの、これでしらけちゃったら、うちのクラスの男子三人組と同じよ。ただの馬鹿だもの……」と、正美は笑った。
それに、愛美もつられて笑いながら……
「そうねー、とりあえず、これが正美ちゃんの作品というわけねー」
「私を含めて、放送部のねー」
「うん、わかった。正美ちゃん凄―くかっこいいよ!」
「あ・り・が・と・う・」
正美は、照れながらも、愛美に改まって誉められたことが嬉しかった。
しばらくして、麗子もやってきて、テントの中はますます騒々しくなった。
結局、クラスの成績は、三位で終わった。
「ちっくしょうーおー、この敵は、合唱コンクールで果たしてやるーうー!」
と悔しがったのは正美だった。
「でも、その前に中間テストがあるわよ」と現実的な麗子だった。
愛美も、正美も、麗子の言葉で、運動会の疲れがどっと出たようで、がっくっと肩の力が抜けた。
時は、もう日暮れ……、秋の風が三人の素肌を震わせた。
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