第22話 愛実の伴奏
(愛実の伴奏)
そして、夏休みも終わり、二学期が始まった。
二学期は、校内行事が多いせいか、何か普段とは違った気ぜわしさがある。
その反面、クラスにも慣れ親しんできたせいもあって、間延びしたような毎日の生活は、ただでさえ長い二学期をよけいに長く感じさせた。
そして、二学期初のホームルームの議題は、九月末に開かれる体育大会と、十月末の合唱コンクールの討議であった。
「体育大会の競技の選手は、あまり日にちがないので、今日から放課後それぞれ練習をお願いします」
委員長の正美が、いつもより弾んだ調子で言った。
普段は、何かと文句の多いクラスメートも、選手の選抜ともなれば、おのずと人選は決まってくる。
それに、球技大会の選手選抜とは違って、圧倒的に選抜人数が多い体育大会では、嫌でも何か一つは出なければならないとなると、自分の好きな競技を選ぼうと早いもの勝ちになる。
そのせいで、正美の手をわずらわすことなく、すんなりと決まる。
「それでは、次に合唱コンクールですけど、課題曲は旅愁、あと、自由曲と指揮者と伴奏者を決めたいと思います」
まだ、クラス全員が体育大会の選手の話にざわついているなか、正美は討議を進めた。
「それでは、まず指揮と伴奏の候補者いませんか?」
「……」
「それでは、誰か推薦して下さい」
そこで、麗子が手を上げながら立ち上がり、
「伴奏に古賀愛実さん、指揮に委員長を推薦します」と発言した。
それを聞いた教室の後ろの方から……
「古賀なんか、伴奏できるのか?」とヤジに似た声が飛んだ。
そして、また別の男子が……
「俺たちベース一本とギター二本でバンドやっているんだけど、伴奏はピアノでなきゃあだめかなー」と得意そうに発言した。
「伴奏は、何でもいいそうです。また無伴奏でもかまいません」
また、女子からも……
「小学校のときから伴奏はレイと決まってたわ」
その声に答えて麗子が……
「私よりアミの方が遙かに上手に弾けます」と反論した。
「私もそう思います。だから、アミちゃんにお願いしたいわ」
正美が、追い打ちかけるように愛実に向かって言った。
それを聞いて、愛実が慌てて……
「そんなことありません。それに私、学校休むかもしれないから……」
「なにいってんのよ。一学期は、ほとんど来てたじゃない!」
麗子が、そんなわがまま許さないとばかりに無気になった。
「一学期は、たまたまそうだけど、二学期は休むかも知れないじゃない……」
愛実も、負けては大変と言い返した。
「そうだよ。愛実がやるくらいなら、俺たちのバンドの方がましだぜ!」
とバンド組の男子も混ざって、教室は騒然となった。
「はいはい、わかりました。それでは、ほかに伴奏をやりたいという人いますかー?」
正美の一声で、クラスは静まり、そして続けた。
「……、……」
「いないようですね。それでは、伴奏はそこの男子三人組とアミとで音楽の時間にでも、弾いてもらって、どちらがよいかみんなで聴いてから決めましょう」
「賛成……」
バンドの三人が勇ましく声を上げた。
「ちょっと待って、私、やるとは言ってないわよ!」
愛実が、立ち上がり意義を唱えた。
「アミちゃんとは、あとで話しましょう」
そう言って、正美は愛実をいさめた。
「それから、あとは、指揮と自由曲ですが、伴奏をする人のこともありますので、もう一度よく考えて、話し合うことにします。コンクールまでは、まだ日にちがありますので。それと、何かよい提案がある人は、あとから私のところまで言ってきて下さい。以上」
正美が、言い終わると終業のチャイムがなった。
さすが放送部、時間内でちゃんとまとめる。
そして、終わるやいなや正美と麗子が愛実のところにやってきた。
「アミちゃん、何も武道館で弾いてくれと言っているわけじゃないのよ。たかが校内の音楽会じゃ―ないの、いつものように気楽にちょこっと弾いてくれればいいのよ……」
正美が、くだけて微笑みながら話しかけた。
「そうよ、お願い! 私、アミのピアノで歌いたい。小学校のときからずーと思っていたの。アミがいてくれたらなーあ、て……、でも、アミは絶対にでてこないしー。本当は、音楽会なんてどうでもいいの。私、アミと一緒の舞台で、みんなの見ているところで、胸を張って、これがアミと私の音楽会だぞ、て歌いたいの。そして、みんなに認められたい。だって、私たちいつも変な目で見られているもの。勉強だけじゃない。音楽も出来るのよ、てところを見せてやりたいの……」
麗子は、長年の積み重なった思いを一気に愛実にぶつけた。
「そんな……、私、どんなふうに見られても平気よ。私は、私だもん!」
愛実は、二人を目の前にして、力無く言い返してみた。
そこへ、正美が力強く……
「アミちゃん、それは違うわ。よく見られると言うことは、見ている人にサービスしているのと同じなのよ! ほら、民宿のお手伝い……、民宿に来てくれたお客さんに喜んでもらえるように、いろいろ気を使ってお手伝いしたじゃん。それで、ありがとう、て喜んでもらえて、嬉しかったじゃない。それが、仕事だからと言われればそうなんだけど、でも、仕事でなくても、相手の気持ちになって考える。それって人間にとって大切なことだと思うわ。多分それが愛だと思うの……」
正美は、いつも間にか劇画かせ青春ドラマの主人公のように熱弁を振るった。
「正美ちゃん、ちょっち話が大きくない?」と麗子が言った。
正美はもう一度、我に返り咳払いをして見せた。
「う、うん、要するに、私たちが、クラスから変な目で見られると言うことは、みんなに不快な感じを与えていると言うことでしょう。それがたとえ誤解でもね。それは、やっぱり人間として悲しいじゃない。特に女の子にはね。レイちゃんも今まで辛かったと思うわ。だから、少しでも喜んでもらえる存在でいたい、と思うレイちゃんの気持ちは、とっても自然で人間らしい素晴らしいことだと思うわ。それに引き替え、アミちゃんサービス悪いわよ。もう少しクラスのみんなにサービスしても、ばちは当たらないと思うけど、そのうち評判が悪くなって、お客さん誰も来てもらえなくなっちゃうからー」
「正美ちゃん、何の話しているのよ……」
麗子が、心配そうに正美を見る
「大丈夫、間違った話はしていないから……」
「……、……」
正美は、続けた。
「今のアミちゃんは、人の気持ちなんか全然考えないで、知らないふりして人を傷つけて、知らん顔するような自分勝手な嫌な大人と同じよ。世の中にうじゃうじゃいるじゃん。そう言った大人。大人じゃなくても、うちのクラスの男子にもいるけど、誰とは言わないけど……」
「正美ちゃん、それ言い過ぎだよ。あんな男子と一緒にしないでよねー」
麗子は、何も言わない愛実をかばった。
「いいのよ。これくらい言わないと、アミの目が覚めないわよ!」
正美はこの件に関しては、いつになく激しく容赦なく愛実を責めた。
「……、……」
少し間をおいて、正美を睨みながら愛実が言った。
「わかった! 私が悪かったわ。レイにも嫌な思いさせちゃったね。そんなふうにレイが思っているなんて知らなかった。いつも私と同じ気持ちだと思っていた……」
愛実は、小さいときから栄二郎の影響もあって、人とつきあうと言う習慣がない、と言うよりも、家の中だけが愛実にとって全ての世界だった。
そして、栄二郎が世間を嫌うように、愛実自身もいつしか気嫌いするようになっていた。
しかし、愛実も中学生になると、いやおうなしに社会と自分とのかかわり合いを考えさせられる立場に出くわすことも多くなり、社会に溶け込めない自分と、社会にとけ込まない自分との板挟みに悩むこともあった。
「わかってる……、私も同じだよ。愛実が、おじさまや、おばさまに寂しい思いをさせたくないって思っていること……」
麗子には愛実の気持ちがわかっていた。
「でも、それは仕方ないわ。子供は、いつかは家をあとにして社会へ巣立っていくものよ!」
正美が、軽く何のためらいもなく言ったことが、愛実の気持ちを逆撫でした。
「そんなこと絶対にできない!」
愛実は、正美に飛びかからんばかりに大声をだして正美を睨んだ。
「……、……」
「……、できないわよそんなこと、それがどんなに地球のためになっても、おじいちゃんやおばあちゃんより大切なことってないもの……」
正美には、愛実の気持ちはわからなかったが、それでも高齢化社会を考えるような奧の深いものを感じて、今は愛実の気持ちを尊重することにした。
「アミちゃんの気持ちはわかったけど、レイちゃんの気持ちもわかってあげてよ。何も、おじいちゃんや、おばあちゃんを捨てろって言ってるわけじゃないんだから。ただ、音楽会でちょこっと民宿のときみたいに弾いてくれれば済むんだから……」
「そうよ、ねーえアミ、弾いてよ……」
今日の麗子は、正美の加勢にも刺激されて、いつもよりも激しかった。
「わかったわ! 私でよければ何でも弾くわ!」
「ほんと……?」
「もちろんよ!」
「やったーあ、これで私の夢が叶うわ。もう優勝、間違いなし!」
「レイ、ちょっと大げさよ……」
愛実は、舞い上がって喜ぶ麗子を見て嬉しかった。
しかし、愛実も最後の詰めを忘れなかった。
「そのかわり、指揮はいつものようにレイがやってちょうだい!」
それを聞いて、麗子は……
「だめよ、指揮は委員長の正美って決まっているんだからー」
それを聞いて正美が……
「誰が、いつ決めたのよ。レイが勝手に言いだしただけでしょう」
愛実も、すかさず……
「正美ちゃんには悪いけど、私も見慣れているレイのほうが、気持ちが落ち着くの。だって私、生まれて初めてなのよ。三十人もの合唱で伴奏を弾くの……、上がっちゃって失敗するといけないから……」
愛実は、正美が気を悪くしないようにと説明した。
「いいわよ。たぶん、このクラスでアミのピアノにびびらずにタクトを振れるのはレイしかいないわよ……」
「そんなーあ、私だって自信ないわよー」と、麗子は肩を落として正美の顔を恨めしそうに見た。
「なにいってんのよ。変な目で見ていた人を見返してやりたいって言ったのは、レイちゃんよ。あんたがやらんでどうするのよ!」
「正美、それ、私の口癖……」
今日の正美はさすがに委員長に選ばれるだけあって、その説得力とリーダーシップには、愛実たちは、たじたじだった。
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