第12話 麗子の楽しみ
(麗子の楽しみ)
「アミ、起きなさいっ!」
夏休み第一日目の始まりは、やはり麗子の怒鳴り声から始まった。
夏の日射しは、まだ六時半というのに、すでに今日一日の猛暑を予感させるような暑さだ。
でも、愛実は起きない。
「アミ、早く行かないと、正美が待っているよ!」
愛実は、寝ぼけながら
「……、私、さっき、寝た、ばかりだもん……」
麗子は仕方なく、布団をはいだ。
「なにやってんの! パジャマに着替えなかったの?」
「だから言ったでしょう。私、さっきまで絵を描いていたのよ……」
愛実は、それでも起きようとせず、膝を抱えて転がった。
それを麗子は、無理やり起こして、ベッドに座らせた。
それでも愛実は、うつむきながら眠っている。
「も―いいから、服を脱いで……、体操着はどこにあるの?」
麗子は、そう言いながらベッドから降りた。
「う―う―、……、服、脱がして……」
愛実は、顔を上げて胸を突き出した。
「よ―おしっ!」
麗子は洋服ダンスの前から小走りに戻ると、ベッドに飛び乗り、愛実のティーシャツやらブラやらパンツを、いきよいよく、めくり上げて全部剥ぎ取ってしまった。
「うー、気持ちいい……」
すっぽんぽんになった愛実は、もう一度ベットにくの字になって転がった。
麗子はその上に覆いかぶさり、首元に顔を埋めて、ぎゅっと抱きしめた。
「レイも服、脱いで……、一緒に寝ましょう」
小声で呟く愛実に……
「…、……」
「だめ、……」
麗子は再び洋服ダンスから、下着と体操服を出して、寝ている裸の愛実の上にばらまいた。
「も―、いい気なものねー。早く着替えて降りてくるのよ!」
「……、服、着せてよー!」
愛実はベットに張り付きながら、まだまだ眠たそうな声……
「なにいってんのよ!自分で着なさいっ!」
小さいころからピアノ以外、何をやるのも、ぐずぐずしていた愛実の面倒を手取り足取り見ていたのは麗子だった。
麗子は、とげとげしく言い放って階段を下りたが、本当は内心ほくそえんでいた。
愛実の服を脱がす行為が、どこか快感があって心をくすぐられるような喜びがあった。
ちょっと癖になりそうと思いながらも、もうすでに癖になっていると思いなおして、愛実の出かける準備を始めた。
しばらくすると、やはりまだ眠たそうな愛実が、体操服に着替えて降りてきた。
「アミ、早く行くわよ! 正美が待っているって!」
麗子は、手際よくトーストとパックの牛乳を愛実に持たせると、そのまま家を出た。
「レイ、私の水筒とバック……?」
「もうー、全部、私が持っているよ!」と麗子は先を急いだ。
「どうして、こんな思いをして、夏休みに学校に行かなければならないのよ?」と愛実。
「アミが早く起きなかったせいでしょう!」
そして、グランドに着いてからも……
「どうして、こんな朝から走らなきゃならないのよー?」
「自分のためでしょう!」
愛実は、ぶつぶつと愚痴ばっかりだ。
麗子は、そのたびに冷たく言い返していた。
「ファイト、ファイトッ!」
後ろから正美がやってきて、一声かけると軽やかに二人の間を抜けて行った。
愛実と麗子がグランドに来たときには、正美はすでにロードワークを始めていた。
「見なさいよ、正美ちゃんだって、走っているのよ!」と麗子は正美を追いかけた。
「何よ、正美は見かけによらず、おてんばだっただけじゃない。レイといい勝負だわ。私の方が、よっぽどか、お淑やかよ……」
愛実は、ぶつぶつ言いながら、ますますペースが落ちていった。
「も―!、一生いってなー! 私、先に行くからねー!」
麗子は、いいかげんあきれかえって、愛実を置いて先を走った。
「あ―あっん……、待ってよー!」
仕方なく愛実は、残る力を振り絞って、麗子を追いかけた。
そして、暑さも増してきたお昼近くになって、ようやく練習は終わった。
風もなく、行き場を失った熱気だけが、汗で濡れた体にまとわりついて離れない。
三人は、木陰に身を寄せながら、持参した水筒の、残り少ないスポーツドリンクを飲みほした。
「伊豆のお手伝いの話ね―えー、行ってもいいてっ!」
正美は練習の疲れも忘れて、二人に報告した。
「やった―! それじゃあ、海に行けるわけね―!」
と疲れが吹っ飛ぶように喜んだのは愛実だった。
「え―、まってよ。私、まだ訊いてない……?」
麗子は浮かない顔で、もじもじと呟いた。
「レイ、まだ聞いてないの―?」と愛実。
「正美ちゃん、ちゃんと話したんでしょうねー。私たち三人だけで行くことを……?」
麗子は、正美の両親がすんなり許してくれるとは思えなかった。
「もちろんよー! それなら、お母さんは行かなくても、お手伝いできるよねって言ったくらいだから……。でも、おばあちゃんが寂しがるから、お盆のあいだの一週間は、母も来るって……。だから、最初の七日間は、私たちだけよー!」
「正美ちゃんとこって、以外と放任主義ね―」
麗子は、うらやましそうに正美を見つめた。
「私、わかるような気がするなー。こんな、おてんば娘、いない方が家の中が平和だもの……」と、愛実はちゃかした。
「アミ、それは誉めてくれているのかな―?」と、正美が睨んだので、三人は大笑いで地面にこけた。
「とにかく、民宿の方は、母が頼んでくれるって言ってたから、あとは本人しだいよー」
正美は、気を取り直して先を続けた。
「そう言うことなら、聞いてみるよ……」
麗子は、少し不安だった。
「じゃ―、レイの親が許してくれたら、すぐに教えてねー。私も、おじいちゃんとおばあちゃんに話すから……」
「アミは、本当に気楽ね……」と麗子は皮肉たっぷりで愛実を責めた。
そして、麗子は家に帰ると、それとなく母親に訊ねてみた。
やはり、最初は頭ごなしに猛反対した。
しかし、正美のお母さんが、賛成していることを話すと以外と簡単に許してくれた。
「もしかすると、私がかわいくないのかな……?」と心配する麗子だった。
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