水辺を好む女

梅春

第1話

 小さな頃から雨とか傘とかプールとかお風呂とか湿気とか湯気とか川とか海とか水辺とか、水に関するものが好きだった。かといって雨女とかじゃなかったけど、両親は「変な子ね。晴れより雨が楽しいなんて」と苦笑していた。


 その傾向は大人になって収まるどころか、強くなっていって、私は何かというと水を求めた。求めて、今日も水の上に立っている。


 住居のある調布から、深大寺まではゆっくり歩いても三十分、自転車では十五分もあれば余裕で着く。その深大寺のすぐそばにある水生植物園の園内は水に、湿気に包まれている。


 大小の池や湿地の上に木道が張り巡らされた園内は独特の静けさと、湿気と涼しさに覆われていて、この場所に初めて足を運んだときにこれだ! と思った。これが幼いころから私の求めていた世界だと。自分では思い描くことができなかった恋焦がれていた環境がここにあった。


 ここに来ると深く息が吸える、そんな気になれた。


 初めての二人暮らしは、一人暮らしで感じたような焦燥感と孤独感が一緒くたに襲ってくるような苦しさを取り除いてくれたが、新たな息苦しさを私にもたらした。


 家に帰れば、彼は小さな机に向かって必死に勉強しているだろう。その姿は私に勇気をくれることもあれば、自堕落に過ごしている日々の反省を促すこともある。最近は後者の場合が多かった。彼が頑張れば頑張るほど、いま何もしていない自分が愚かでダメダメな人間に思えてくる。


 私だってここまでさんざん我慢したのに。


 足元で渇いた木が軋んだ音を発する。その下の水を覗きこみ、そこに光の煌めきを見つける。水は光を発する。反射しているのに、発しているように見える。


 やっぱり水はすごいと思った。嫌なことを忘れさせてくれる。私はこんなふうにちょっと気持ちを立て直してから、今日も彼の待つ古いマンションへと帰っていく。

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