私の中の小さなドロドロ

梅春

第1話

「いやあ、人事部長が話のわかる人で良かった~。これで会社辞めなくてすみそうだわ~。バカ課長の顔も見なくてよくなりそうだし。アハハ。ねえ、莉子、今週の日曜買い物付き合ってよ。会社辞めると思って我慢してたワンピース買うから。祝いの買い物!」

「あ、うん。いいよ」


 咲子の勢いに押され反射的に答えてしまう。

 ほんとは久しぶりに水回りをゆっくり掃除がしたかったのに。


 こんなふうにいつも勢いで押し切られる関係がもう五年も続いている。


「ああ、今夜からゆっくり眠れそう。悩み解消!」

「よかったね」


「ありがとっ!」


 咲子のご機嫌は止まらない。


 咲子が相性の悪い課長につらく当たられたのは嘘ではないだろう。咲子は大袈裟だが、自分に有利な状況に持っていくために嘘をつくような子ではない。

 一見そう見えるがそうでないことを莉子は知っている。


 咲子はそこまで悪質な人間ではないが、いったんスイッチが入るとやりすぎるところがある。

 他の部署にとばされる課長も、小さないじめの大きすぎる代償に戸惑っていることだろう。


「莉子も誰かに相談したほうがいいよ。いじめって他の人にはわからないからさ」

「そうだね」


 咲子のような正社員ならともかく、派遣がいじめを訴えても誰も取り合ってくれない。

 だったら辞めればいいじゃない。

 そんな感じだ。


 辞めさせやすい、辞めやすい、派遣はそんなふうにしか思われていない。

 同じようにいじめにあっても、咲子のようなゴールテープは切れないのだ、決して。


 でも、いつも愚痴を聞かされるのは莉子のほうだった。

 今の私の気持ちをわかってくれるのは莉子だけだよ。


 三日前はそう言って電話口でグズグズと泣いていた咲子は、今夜は上から目線で自分にアドバイスをしてくる。


 なんなんだろう、いったい。


 自分も共通の悩みを持つ咲子との一体感に寄りかかっていただけに、裏切られたと恨めしい気持ちになってくる。

 でも、そんなふうにドロドロしていくと底なしで孤立するだけなので、気持ちを抑えている。


 でも、でも・・・体がじわじわと熱くなってくるような怒りが湧いてくる。


 これは咲子への怒りだろうか。職場で私をいじめる正社員への怒りだろうか。ちょっとの運の差で天国と地獄を生産し続ける社会への怒りか?

 頭が悪いので私にはわからない。


 莉子はどす黒い気持ちをこれ以上分析したくなくてさらなる思考から逃げた。


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