第19話 文化祭当日

「日和、可愛すぎる……」

「野依こそ、変な男の子に引っかからないようにね?」

「日和も!」


 文化祭当日はついにメイド服を着る日。私のメイド服は他の者より少し丈が長いものにしてもらった。そんな私と対称に野依は丈が短くて、吉柳くんに怒られそう。なんて楽観的に思った。

 メイド服を着る、ということなので野依に化粧をしてもらい準備完了。野依は吉柳くんにメイド服を見せに行っているので私は一人、窓際でぼうっと空を眺めていた。


「日和」

「陽太くん。なんで……」


 彼は着るはずのない執事の服を着ていた。そういえば今日、突然熱を出して執事の子が一人足りないって言っていたような。病欠の彼と陽太くんは背格好が似ていたので抜擢されたのかもしれない。


 それにしても似合いすぎている。恰好良すぎて、これじゃこれから来る他校の子に狙われちゃう。どうしよう。


「メイド服、似合ってる。変なのに声かけられても無視しろよ?」

「……うん。陽太くんこそ、女の子ダメだよ」

「分かってる」


 私は声なんてかけられない。でも校内じゃ友達、としてあまり表だってモテることのない陽太くんでも今日は違う。今日は一般公開も兼ねた文化祭なので他校の女子が沢山来るし、卒業生だって沢山来る、と朱音先輩から聞いた。そんな状況で陽太くんは必ずモテるし、声をかけられる。


 嫌だ。こんなことなら陽太くんを強く裏方に進めればよかった。





「日和? 大丈夫?」


 文化祭が始まって。一時間はずっとばたばたしてて。メイドカフェをしているからセクハラ交じりの人も沢山いたけど、そんな時は野依やクラスメイトでお互いを助け合ってきた。少しすると波は一旦納まり、ゆったりとした時間が過ぎた。

 私は少し時間ができると陽太くんを見ていたのでそれを心配していた野依が声をかけてきた。


「大丈夫。野依は吉柳くんと交代時間回るんだよね?」

「そのつもり。何かあったらすぐに連絡してね?」

「ありがとう。何もないから大丈夫だよ?」


 その会話が終わるとまた波が始まり、休憩時間までノンストップで働き続けた。十二時に近づくと交代の時間になり、先に楽しんでいたクラスメイトが返ってくる。完全に入れ替わると私は更衣室で制服に着替え、更衣室の前で待っている陽太くんのもとへ行った。


「おまたせ」

「よし行くか。お腹空いた?」

「動き回ったし、空いたかな。陽太くんは?」

「俺ぺこぺこ。焼きそばの券貰ったし行くか!」


 廊下は人でごった返していて、少し気を抜けば迷子になりそう。私は控えめに陽太くんの制服を握ると陽太くんは掴んでいる制服から自分の手へ変えた。ドキドキが止まらなくて、このドキドキが陽太くんに伝わってないか心配になる。


 人込みを抜けても私達の手は離れることがなく、焼きそばの出店までそのまま。


「あれ⁉ 陽太彼女いたっけ⁉」

「いませんよ。この子、好きな子」

「えぇ⁉ ならサービスしちゃお! バンド見に来てね~」

「あ。ありがとうございます」


 出店には陽太くんと同じバンドの人がいて。サービスしてくれた。

 彼女?って聞かれて好きな子、って答えるの嬉しい。違うって今も否定しないでいてくれるのが嬉しい。私は今日の夜にある後夜祭で陽太くんに告白する。ここで決意を固めた。


 もう、陽太くんだけ片思いって思われたくない。


「日和次どこいく?」

「……私、お化け屋敷行ってみたい。どんな感じが気になる」

「マジ? 日和がお化け屋敷なんて意外。怖くない?」

「怖い、けど陽太くん一緒だし大丈夫だよ」


 少し複雑そうな顔をした陽太くんと共にお化け屋敷に行く。今気づいたがお化け屋敷をやっているクラスは朱音先輩のところだった。受付が朱音先輩で生暖かい目線を送られた。私は少し気まずくなり逸らしてしまったが陽太くんは真っ直ぐ朱音先輩を見ていた。


 順番が来て中に入るとそこは思っていたよりも暗くて不気味。私は思わず陽太くんの手を握る。すると強く握り返してくれて、それが心強かった。全部のトラップに引っかかる私は最後の方は疲れて声も出ない。外に出ると眩しくて目を細める。


「怖かった……煩くてごめんね……」

「大丈夫。疲れただろ? どっかで休むか」


 今日は使われる予定のない教室の方まで行く。静かでほとんど誰もいないそこは休憩場所としてはいいようで、ぽつぽつとご飯を持った生徒を見かける。私達は人のいない理科室に入り、椅子ではなく地べたに座った。私はお化け屋敷を思い出し、未だに涙目で。そんな私を見て陽太くんは立ち上がり、どこかへ走って行った。

 少しすると手に水を持って戻って来た。


「ん。これ飲んで落ち着いて」

「ありがとう」


 でもキャップを開けられないぐらいビビっている私に陽太くんは笑った。それが酷く恥ずかしくて私は彼の腕をぽんっとつついた。流れる空気が穏やかで、陽太くんと文化祭を過ごせていることが嬉しくて、幸せで。もうこれから先どうなっても文句は言えないぐらい幸福で満ちていた。


「よし。そろそろ次行くか!」

「うん!」


 それから色んな所を回り、交代の時間になったので私達はクラスへ戻った。

 クラスはずっと忙しくて、バンドで抜ける陽太くんに声もかけられなかった。陽太くんの出演時間まではあと少し。でも中は忙しくて抜け出せそうにない。


「日和ちゃん! 立花くんのバンドの時間きたから抜けて!」

「え。でも」

「私達はいいから! 恰好いい立花くん目に焼き付けてきて! そんで付き合って!」

「……ありがとう。今日私から告白するから待ってて」

「うわやった! ついに推しカップル爆誕!」


 冷やかしの入ったクラスメイトから送り出され、私は着替える時間を惜しみメイド服のまま体育館へ駆けだす。体育館の中は人が多くて私は後ろからしか見ることができなくて。背も大きいほうではないので人と人の隙間から見るのに必死。それでも陽太くんの楽しそうな姿が見えて、嬉しくなる。


 必死に叫ぶ私の声なんて聞こえてないかもしれないけどどうだっていい。陽太くんが楽しかったら、幸せに演奏できたらそれでいい。


「ありがとうございましたー‼」


 熱狂した演奏はそこで終わらなくて、観客からアンコールの声が飛ぶ。その声にギターは乗り気で演奏し出し、次第にその音は広がっていく。前からも後ろからも演者を見るのに必死な観客に押され、押しつぶされそうになりながら見る陽太くんはとてつもなく輝いていて、誰よりも恰好良かった。

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