第12話 立花くん

 夏休み初日。私は先に夏季課題を終わらせることにした。


 期末考査後、続々と決まった夏の予定に勉強している暇がないことを察した私は最初に予定のある五日目まで課題を終わらす日々を過ごすことに決めた。

 私が優吾くんを忘れたい、とみんなに思いを伝えた時。野依は泣いたし吉柳くんは朱音先輩も含めた予定を沢山立ててくれた。でも立花くんだけは、言葉を何も口にしなかった。


「課題、終わらせないと」


 考え込むのはやめることにした。私は考え込むほどネガティブな思考回路になり負の連鎖になる、と最近吉柳くんから言われたばかりだ。少しずつ自分のダメな所を改善して、少しでも元に戻るように。少しずつ色づきだした世界がこのまま順調に戻るように。それだけを願い生活をすることだけに集中することにした。それを野依とも約束したんだ。


 課題を続けているとけたたましく鳴る携帯に驚き集中力が切れた。相手は朱音先輩だった。


「もしもし」

「急にごめんね今大丈夫?」

「はい。どうかしました?」

「四日後に二人で出かける約束してたじゃない? その日親戚の家に帰らないといけなくなっちゃって……ほんとごめんね……」

「それは仕方ないですね。大丈夫ですよ気にしないでください」

「ほんとごめん! それだけ!」

「分かりました」


 申し訳なさそうに話す朱音先輩。親戚事なんて仕方ないことだし、行きたくなくてもその意見が通らないことは知っているし本当に仕方ない。

 でもどうしよう。先輩と遊び、楽しむつもりで課題を進めていたからモチベが途端になくなってしまった。四日後はたしか野依も予定があって親戚事なら吉柳くんも一緒だろう。となれば立花くんしかいない。私は小さく息を吐き、立花くんへ電話をかけた。


 よくよく思えば立花くんに自分から電話をかけるのは初めてかもしれない。途端に緊張し、呼出音が早く終わらないか願うようになった。すると呼出音がなくなり、立花くんの声が聞こえた。


「もしもし? どうした?」

「今、大丈夫?」

「うん」

「四日後って、立花くん暇?」

「え」

「朱音先輩と遊ぶ予定だったんだけどなくなっちゃって……野依も用事があるって言ってたし課題でも一緒にしない?」

「……いいよ。その日暇だし一人じゃ課題全然進まなさそうだからむしろ助かる」

「よかった。なら十三時に学校集合でもいい? その時間から図書室空くの」

「ああ。分かった」

「ありがとう。それじゃあ」


 私は立花くんと過ごせることに安堵した。課題も進むしそれまで課題を頑張るモチベにだってなる。私は数学だけ残すことに決め、それ以外を進める。


 ガリガリ課題を進めていると早いもので四日が過ぎており、立花くんと課題をする日。私は制服を着て日傘をさし学校に向かう。照り付ける太陽は七月下旬にしては暑い。校門が近くなるとそこには立花くんがすでにおり、私は駆け足で彼のもとへ行き、彼の頭上へ日傘をさした。


「遅くなってごめん。暑かったよね?」

「大丈夫。図書室ってクーラーあったよな? 早く涼みに行こう」

「うん」


 私達は速足で図書室まで行くとそこにはすでに先約がいた。水無月さんと、優吾くん。

 立花くんは二人の姿を目視すると急いで私の腕を引き、図書室から私を遠ざけるように歩いた。彼の顔は見えなくて、とにかく私は立花くんに着いて行くのに必死だった。


 そんな彼の足が止まったのは私達の教室の前。


「……図書室では勉強できそうにないな。暑いけどここでもいいか?」

「私はどこでもいいよ」

「先生に許可貰ってくるからここで待ってて。多分扇風機付けていいと思うから涼んでてよ」

「ありがとう」


 椅子を扇風機の前に持ってきて涼んでいる時、いつもの様子の違う立花くんが気になった。いつもならもっと元気が良くて、明るい顔をしているのに今日は少し暗い顔をしていた。もしかして、まだ私のこと気遣ってるのかな……それなら今日は申し訳ないことをした。


 目的である図書室は私のせいで使えなくて、先生に教室を使っていいかの許可取りだって行かせて。思えば電話で誘った時も乗り気じゃなかったかも。今日は課題をせずにもう帰ろうかな、なんて思っていると教室の扉が開いた。

 私は立花くんかと思い顔を上げるとそこにいたのは水無月さんと優吾くんだった。


「え。なんでここに斎藤さんがいるの」

「夏休みまであの子見るなんて私ついてないのかな?」

「……ごめん、なさい」


 疲弊きった心は少しずつ元に戻りかけていたはずなのにいざ、二人を目の前にすると臆病な自分が顔を出した。体育祭の日、あの日のことを思い出さない日なんて一度もない。でも思い出しても少しずつ自分の中で消火することができて少しずつ優吾くんのことを諦めることができていた。今も好きか、と問われれば好きだろう。でも彼が求めているのは私じゃない。


 いつしか諦めの悪い自分を卑下するようになった。そんな私は二人と対面して精神を保てるわけもなく。ほろりと涙を流した。


「ねえ見てよ。あの子泣いてるよ? 情けないの」

「気分悪いし早くこの部屋出て……」


 優吾くんの言葉が途中で途切れた。その違和感が気になり顔をあげると視線の先には眉間に眉を寄せ、優吾くんを殴る一歩手前の立花くんがいた。


「何してるんだよ。俺、もう日和の前に顔出すなって言ったよな? 聞き分けないわけ?」

「……たまたまだよ。顔出したくて出したわけじゃない」

「日和が泣いてるだろ‼ お前ら何したんだよ」

「別に……何もしてないわよ。優吾、早く行きましょ」


 教室を出ていく二人を睨みつけている立花くん。勢いよく扉を閉めると私の方へ寄り、泣いている頬へ手を添えた。見たことのない顔をしている立花くんに私の涙腺は止まった。


 まるで愛おしいものを見ているかのような、それでいて可哀想なものを見て言えるかのような。色んな感情が混ざったような立花くんの顔を見れなくて、私は自分の視界を遮った。


「アイツらに何かされたか? 大丈夫か? 俺が目を離したばっかりにごめんな」

「大丈夫。こんなに嫌われていても優吾くんのことまだ好きな自分にしんどくなっただけ。ごめんね」

「……日和さ。優吾のこと忘れたいって言ってたよな。その気持ち、まだ変わってない?」

「うん……」


 立花くんからこんなこと言ってくるのは初めて。あの時は何も言わなくて、我関さずって感じだった。だけど今は違う。少し間を開け、立花くんは衝撃のことを口にした。


「なら。俺を好きになれよ」

「え?」

「ぼろぼろな状態の日和に言うことじゃないって分かってる。だけど俺が助けたいんだ。日和、俺のこと好きになって」


 そう言って抱きしめられた。私は突然の立花くんからの告白に、頭が真っ白になった。

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