第3話

 夢から醒めて翌日、朝早くに駅について何故か時計を見ながら数本の電車を見送る。満員なわけではない、目当ての時間が決まっているのだ。


「キタッ!」


 定刻のそれに乗ると左右をキョロキョロとして人を探す。日に何本も同じような車両が通過するけれども、一度も違ったものに乗っていたことが無い。今日もドキドキしながら車両を移ると、ついに端に座る綾小路を見つけて歩み寄る。彼女はいつものようにスマホを見ていたが顔を上げた。


「綾小路さん、おはようございます!」


 妙に声が大きかった。彼女は少し驚いてから立ち上がると、同じように礼をしてから「おはようございます、木原さん」挨拶を返した。座ったままでも誰も気にしないのに。


「お、覚えていてくれたんですね!」


 昨日の今日でそれもないが、感動で胸がいっぱいになって大喜びしてしまう。奇行と言われても仕方ない位の言動だが、綾小路はニコニコしている。


「はい。昨日はありがとうございました」


「あのっ、俺、一年三組です。綾小路さんって?」


 話題などどうしたらいいかを考えて、答えがある何かで当たり障りが無いとか色々思案した結果がこれだった。内容は心底どうでもよい。


「私は一年四組ですよ。お隣ですね」


 体育の合同授業、男女が別なので気付かなかったが四組だったらしい。というのも、一組の友達の新田に心当たりがないかを尋ねたことがあったからだ。二組か四組か、残されたのはいずれかだった。


「なんか俺、こうやって話せて凄く嬉しいです。夢みたいで何だか落ち着かないですいません」


「えっと?」


「俺みたいなのと喋って貰えるなんて思ってもみなくて、その、こんなだからあんまり女子と話したりないし……その……なんというか」


 あわててしまいまたしどろもどろになるが、綾小路は微笑のまま話を聞いていた。そしてああでもない、こうでもないと言い続けた悠に微笑む。


「私も嬉しいですよ。何か最近良く見掛けるな、って思ってました。お話しできて良かったって」


「そ、そ、そ、そうなの?」


 ここに第三者が居ればこう言っていただろう、毎日あれだけガン見してたら誰でも気づくだろうと。鉄道警察に通報されてもおかしくない、とも突っ込むやつもいるかも知れない。


「えっと、じゃ、じゃあまた話し掛けてもいいですか?」


「はい。いつでもどうぞ」


 終始笑顔でご機嫌。こんなにも気持ちよい対応をしてもらったことなど全く人生で記憶が無い……というとひかりに叱られてしまうかも知れないが、驚愕ではあった。


「ほ、ほんとに?」


「本当ですよ。木原さんって面白い方なんですね、ふふふ」


「やった!」


 悠は何を話したか良く覚えていなかった。電車が学園前駅につくと、残っていたのは嬉しいといった気持ちのみ。踊り出しそうな位のご機嫌で学校にやってくると、生徒玄関で声を掛けられる。


「悠ちゃん、おっはよ!」


「ひかり先輩、おはようございます!」

 

 後ろから不意に声をかけられるが、聞きなれたもので誰だか直ぐにわかった。もっとも悠ちゃんなどと呼ぶ人物は世界で一人しかないが。


「おっ、元気になったか。昨日は心配したんだゾ!」


 どのくらい心配していたかというと、部活の朝練を早めに抜け出して、ずっとここで待ち伏せしてしまう程に心配し続けていた。元気になった姿をみて純粋に喜ぶ。


「あ、なんか迷惑掛けたみたいですいません」

 ――昨日一緒だったのは覚えてるけど、何を話してたか全然なんだよな。


「へへへ、いいのいいの! ね、悠ちゃん、今日の放課後時間あるかな?」


 あるかなと聞かれても、帰宅部な悠に用事などある日の方が稀だった。仮に用事があってもここは断るようなところではない、その位の感覚は悠にもあった。単純な話、暇だった現実がそこにあったりもするけれど。


「はい、ありますけど?」


「じゃあさ、ウチにおいでよ。お店で新作のケーキを出すことにしたんだ、感想聞かせて欲しいな!」


 喫茶藤崎。二十人も入れば窮屈な想いをしてしまう位の、自宅の一階がお店な造り。常連が軽食を求めてやって来るので繁盛していると言えるかもしれない。


「そうなんですか? そう言われたら、行かないとですね! お邪魔します」


「うん、それじゃ帰りにね!」


 そう言うとひかりは三年の教室へと小走りで行ってしまった。その後姿は何だか兎がぴょんぴょんと跳ねているように見えてしまう。


「なんだ、ひかり先輩どうしたんだろ?」


 首を傾げながら三組の教室へ入る。自分の席につくいて鞄から教科書を机に移していると、佐々木委員長がやって来た。


「木原、今日はマシになったのか?」


「なんだ、どうかしたのか?」


 首を傾げて逆に問いかける。目を細めてじっと見詰めてくると、数秒で小さく頷く。

https://kakuyomu.jp/users/miraukakka/news/16817330669785546566


「ふむ、平常のようだな。ならば良い」


 そうとだけ言うと自分の席に戻ってしまう。何の説明もなく、勝手に納得してだった。


「えーと、佐々木?」


 良くわからないまま授業が始まるのを待っている。期末試験も終わり、これといった進展もないのだから、時間潰しのような感覚がある。


「もうすぐ夏休みか。そうなったら綾小路さんと電車で話せなくなるな……一ヶ月は長いよ。スマホの番号とか……は、さすがに教えちゃくれないか、気味悪がられておしまいだ。はぁ……どうしよ。あと二日か、折角話が出来るようになったのに、これで最後か寂しいな」


 下校のチャイムが鳴った。鞄に荷物をしまっていると、教室の外で悠を呼ぶ声が聞こえた。


「悠ちゃん!」


 クラスの皆が振り返った、またか、と。ところがそのあたりの記憶が朧げだった悠だけが焦ってしまう。


「ちょ、ひかり先輩、何で教室に! みんな変な顔してるって」


 鞄の留め具をキチンと閉めずに手にして立ち上がる。中味がバラバラと床に散らばった。慌てて拾い集めると無理矢理押し込んで教室から出る。その姿が皆の笑いを誘った。


「ちょ、ひかり先輩!」


「ははは、迎えにきたよっ」


「それはわかりますけど……恥ずかしいじゃないですか」


 聞こえるかどうかの小さな呟き。ひかりはお構いなしに、悠の手を取ると歩き出す。放課後の約束を果たしに。


「さあ、じゃあ行くよ!」


「ひかり先輩、手! 手!」


「ん、手がどうかしたのかい?」


 ひかりの左手ががっちりと悠の右手を握っている。いわゆる恋人繋ぎ、ではない。


「どうかしたって、みんな見てますって! ……俺がどうかしてるのか?」


 すれ違う生徒が二人を見ては笑う。その笑いが何を意味しているかまではわからない。


「何で手を繋いでるんですか」


「何でって昨日だって朝も帰りも繋いでたよ?」


「きの……そうなんですか? 全然覚えてないけど」


 何と無く生徒らの笑いの意味が一部理解できてしまったような気がした。また引っ張られているとい。


「そうだよ。昨日だって、入学式の時だって、中学の時だって、ずっとそうでしょ。今さらどうしたんだい」

 

 きょとんとされてしまい、逆に悠がアレ? っとなってしまう。思い返せば、中学の一年生の時に出会って手を曳かれたのが初めて。ひかりが卒業するときも、今年高校に入学した時も、いつもひかりが手を曳いてくれていた。


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