第16話「これでしまいだ」

「おい皆、鎮まれ。外が騒がしい」


「どうやらファルムンド殿が帰ってきたようですな!」


 小国のトップが集まる会議室。


 重鎮たちが囲む机の上には山積みになった書類たちが。


 その内容は、どれもこれも一筋縄ではいかない問題ばかり。


 とてもじゃないが、ここにいる人間たちでは解決できないものだ。


 だが、これからやってくる少女の力さえあれば。


 あの神にも等しい力さえあれば解決できない問題はない。


 ゆくゆくはこの国が覇権国家に、そして自分達がその国のトップに君臨するために。


 かの少女にはその力を身を粉にして使い切ってもらおうと、息を荒げながら男たちは期待を膨らませていた。


 緊張の瞬間。


 会議室の扉が開かれた。


「おぉ~ファルムンド殿!お待ちしておりました.......ぞ........?」


 扉の前に立っていた男の姿を見て、全員の呼吸が止まった。


 予想と違う。


 詰まるような空気に誰かが「あ...」と声をこぼした。


 そこに立っていたのは、全身血まみれの半人半魔だった。


 最早立っていることさえ奇跡のような激闘の傷跡が全身に伺える。


「だ、誰だ貴様!!ファルムンド!ファルムンドはどこに行った!!!!」


 一番太っていた男が声を裏返しながら叫んだ。


 呼吸は限界まで早まり、興奮のせいか顔が真っ赤になっている。


 今にも漏らしそうだ。


「ほらよ」


 半人半魔がその声に答えるように机に何かを投げた。


 片手に持っていたものだ。


 爆弾か!?と思った男たちは一瞬ビクついて身を引いた。


 が、机に転がったそれを見て、全員の顔が青ざめる。


 そこに転がっていたのは生首だった。


 かつて、一視当千と呼ばれた男。


 魔眼を持つこの国の戦略級、一視当千のファルムンドが光を失った目をしながら転がっていた。


「こ、こんなことをしてタダで済むと思うなよ!!」


「誰だお前は!誰か!今すぐつまみ出せ!!」


「衛兵!!誰か呼んで来い!!」


 現実を受け入れられなくなった男達は、どうすればいいのかわからずパニックに陥った。


 つい先ほどまで、この国の未来とその未来によって肥える私腹を語った口で、今は子供のように喚き散らしている。


 しかし、どれだけ大声を出しても助けはこない。


 この会議室という名の密室には、猛獣と餌が存在するだけだった。


「おいおい、そんなに騒ぐなよ」


 猛獣(筋肉ダルマ)が口を開いた。


「も、目的を言え。なんでも叶えてやる」


 男の一人がすがるような声で言った。


 その言葉に一瞬、腕を組んだ筋肉ダルマは考え込む。


「そうだなぁ....」


「金か?名誉か?.....そ、そうだ。ちょうど今、戦略級の席が空いた。代わりにお前を雇ってもいい。いや、雇わせてくれ!!」


「そ、そうだ。ファルムンドの倍の報酬を払う!」


 男たちは机の上に転がる元戦略級の生首を見て懇願するように叫んだ。


 それを見てグリムスは、スッと興味が薄れたように冷静な顔になる。


「お前らは俺に喧嘩を売った」


 そして口角をあげる。


「謝罪か!!謝罪すればいいのか!!」


 駄目だ。


 売られた喧嘩は買うのが礼儀。


 この男、グリムスに謝罪は通用しない。


「そして俺は、売られた喧嘩は買う男だ。ってことはつまり....」


 誰かが唾を飲む音が響いた。


 男たちの一人が席から転がるようにして逃げるも、恐怖に足が震えて倒れる。


 運悪く、グリムスの目の前に。


「お前ら全員、皆殺しだ」



 ———



 その日、とある小国の首都に警報が鳴り響いた。


 住民たちは避難しつつも、その内容に違和感を覚える。


 どうやら一人の男がこの国の中枢を滅茶苦茶にしているらしい。


 そんなはずはない。


 誰もがそう思った。


 この国は小国ではあるが、国民の血税で雇った戦略級がちゃんと在籍している。


 一人の男がどうにかできる相手ではないはずなのだ。


 違和感は他にもあった。


 その男はこう名乗ったらしい。


『怪物』、と。


 馬鹿げてる。


 馬鹿げてはいるが事実、その怪物によってこの国のトップに居座っていた人間は雁首揃えて総入れ替えとなった。


 その後、男を見た人間はいない。


 まるで目的が、そこにいた人間を殺すだけであったかのようにして、男は姿を消した。



 ———



 あれから、数週間経った。


 どうやら俺はあの国で重要人物として指名手配されたらしい。


 と言っても顔を見た奴は全員殺したので顔は割れてないはずだ。


 しかし、組織からしばらく身を潜めろとの命令が。


 その命令をしてきたアクネスの声は明らかに怒気が混じっていた。


 うぅー怖いね。


 あの国の中枢にいる人間どもを全員殺して回った俺は、その後一目散に逃亡。


 逃げてる最中は、流石の俺でももう無理かと思った。


 あと一人でもファルムンドクラスの人間と戦うことになっていれば、体力を限界まで消耗していた俺はなす術なく瞬殺されていたことだろう。


 だが、不思議と追っ手はなかった。


 滅茶苦茶に暴れた俺にビビったのか、それともあの国にファルムンドレベルの戦力が他にはもういなかったのか、はたまたただの偶然か。


 どちらにせよ、やっぱり俺は運が良かった。


 国を出るとしばらくは森で暮らした。


 逃亡生活の始まりだ。


 木を切ったり、モンスターを殺して食料を確保したり、火を焚いたりして自給自足の生活に明け暮れた。


 そして案の定、飽きた。


 今日はやっと謹慎処分から解放されるとのことで、組織の仲間から次の任務を受け取るために森を出た。


 さらば森のモンスター達。


 まあ、狩りつくしたせいで強い奴らはほとんど残ってない。


 生態系が崩れないといいが。


「よぉ、久しぶりだな」


 待ち合わせ場所は何の変哲もない平原だった。


 緑色の草たちが風に揺らされなびいている。


「よぉ、じゃないですよ。あなた、自分がしでかしたことわかってるんですか?前々から常識が欠如しているとは思っていましたが、非常識にも程がありますよ」


 よぉ、と一応挨拶はしたが、どうして逃亡生活からやっと解放されて最初に合う人間がコイツなんだと俺は天を睨んだ。


 もちろん、空には誰もいないのだが。


 拝金主義者アクネスは俺を責め立てるように口を開く。


「小国とはいえ国の中枢を滅茶苦茶にして、謹慎処分で済んだのはラッキーだったってわかってます?寛大なボスに感謝したほうがいいんですよ」


「俺は運がいいからな。日頃の行いがいいんだよ」


 こんな感じで呆れた顔をこいつに向けられるのは何度目だろう。


 何度もあった気がするが、今日のこの顔は今までで一番呆れられてる気がした。


「説教はよして、さっさと次の任務の話しに移ってくれよ」


 これ以上アクネスと会話したくなかった俺は、やつからの視線をシャットアウトするように本に目を落した。


 ボロボロの本だ。


「あれ?あなた、どうして本なんて読んでるのよ。筋肉ダルマのくせに.....ってそれは....」


 いつの間にかアクネスの後ろに立っていたアマネに文句を言われた。


「俺が本読んで悪いかよ」


「ふ~ん。別になんでも」


 俺が読んでる本を見て何かを悟ったアマネは、それ以上何も言わなかった。


「あなたの任務は前回と同じです。世界中を回って才能がある子供を攫ってください」


 フランと出会う前の任務と全く同じだ。


 別に嫌じゃないが、他にもこう、なんていうか、もっと組織の命運を分けるような大きな任務に就かせてもらえてもいいと思うのだが。


 だって、そういう任務には強力なラスボスがつきものだろ?


 俺はそいつと闘いたいんだ。


「ま~た雑用かよ。なあ、強い奴がいたらちゃんと俺に報告するように他のメンバーにも言っといてくれよ?」


「いつも言ってますよ。他のメンバーもあなたの性格にはうんざりしてるんです」


 アクネスから明かされる衝撃の事実。


 なんと、他のメンバーは俺の性格にうんざりしていたらしい。


 もしかして俺が重要な任務を貰えないのはそれが原因だったりするのか?


 俺の性格じゃ仲間と協力できないからいつも単独行動任務ばかりなのか?


 だとしたら....。


 そうだとしたら、俺はこの強者を求める心を改めなければ一生雑用ってことになるのか。


 ならそれでいいか。


 仲間と協力?


 クソ食らえだな。


 そんなもん瓶に詰めてこの拳で砕いてから海に流してやるよ。


 藻屑になれ。


「で、お前らはなんで一緒にいるんだ?」


 アクネスとアマネが二人でいるのは珍しい。


 前の任務の時は珍しくこの三人が近くにいたから一緒に行動しただけ。


 元々俺たちの相性は最悪だ。


 え?


 それはお前のせいだろって?


 いや、俺は関係ない。


 この二人も大概なはずだ。


「俺とアマネは大国ナムカで固定任務に就くことになったんですよ」


「そうよ。筋肉ダルマとは違って私たちは頭脳と才能を買われたってわけ」


 なるほど。


 目的地が同じだからこれから一緒に向かうってわけか。


 雑用の俺と違って凄いですねー、とは微塵も思わない。


 勝手にやってろ。


「グリムス」


「んだよ」


 任務を聞いた俺がその場を立ち去ろうとすると、アクネスに止められた。


 罵声が飛んでくるのかと身構えていたら。


「あなた、俺の元で働きませんか?これから人手が必要になるんですよ。上には私から通しておきます」


「なに....?」


 予想とは裏腹に勧誘だった。


 俺がこの拝金主義者のことを心底嫌いなのは事実だが、こいつが組織で誰よりも俺のことを分かっているというのもまた事実。


 コイツのもとでなら、強い奴らと戦う機会も増えるかもしれない。


「首輪つけてしっかり管理してあげますよ」


「ふざけんな」


 やっぱ辞めた。


 こいつの下で働くなんてまっぴらごめんだね。


 土下座されても働いてやるかよ。


 大国ナムカで野垂れ死んでくれ。


 そしたら涙の一つでも流しながらお前の墓を作った後にその墓の上で踊ってやる。


「そういえばグリムス、フランちゃんはどうしたのよ?」


 猫耳をぴくぴくさせながらアマネが聞いてきた。


「あー、知らん」


「はぁ?……あっそ。聞いて損した」


 あの日は雪が降っていた。


 フランの死体はファルムンドを殺した後、街の郊外に埋葬した。


 墓の前には適当にあいつが俺の部屋で読んでた小説を置いてやった。


 旅の後半では既に読み終えていたみたいだが、他に置くものもなかったんだよ。


 っていうか墓を作ってやっただけでも感謝してほしいね。


 そういえば、あいつは雪が見たいと言っていたが、一歩足りなかったな。


 いや、未来が視えるあいつのことだ。


 どこまで視えるのかは知らないが、もしかしたらあいつだけの雪を見ていたのかもしれない。


「じゃあな」


「ええ」


「グリムス、あんま調子乗るんじゃないわよ。しわ寄せはこっちに来るんだからね」


 二人と別れた俺は、一番近くにある雪国へと続く道を進む。


 いつもだったら景色を眺めながらごろつきや盗賊でもいないかとのんびり歩いていたのだが、今は違う。


 なんと。


 俺の右手には一冊の本が。


 これで俺の頭も少しはよくなるかな、なんて考えながら道を進んでいると。


「旦那!そこの旦那!!」


 すれ違った大きな荷物を背負った男に声をかけられた。


 商人か?


 荷物持ちはやらないぞ。


「なんだよ。俺は今忙しいんだが。見てわからないのか?」


 俺は今忙しい。


 他人を退ける以外の理由で、このセリフを吐けるようになったとは。


 成長した自分に感心する。


 まあ、本を読んでるだけなんだが。


「その指につけた指輪!余程の値打ちもんですね!いや~なかなかお目にかかれる代物じゃないですよこれは」


 商人は俺の手をまじまじと見つめながら興奮している。


「今ちょうど大きな商談が成立した後で現金の持ち合わせがあるんですよ!これも何かの縁!それを売ってはくれませんか!」


 ほう。


 この指輪を売ってほしいと。


「で、いくら出せるんだ?」


「ざっと見積もって………一億ドラでどうでしょうか!」


 余程自信があるのか、興奮した様子のまま商人は大きな荷物を開け始めた。


 中からは煌めく金貨が覗いている。


 そんなのを道のど真ん中で、しかも俺みたいなそれを奪って逃走できそうな男の前で見せるのはどうかと思うのだが。


 そんなことを思いながら、俺は指にはめた指輪を見て呟く。


「これが一億ドラねぇ.....」


 そして、商人がこちらに背を向けているうちに、俺は再び歩き出した。


 後ろからは商人の何かを叫ぶ声が遠くに聞こえるが無視。


 一歩一歩、丁寧にページをめくるように進む。


「止まれ!大人しくその指輪を売り渡していればいいものを!」


 歩いていると、俺の目の前には武器を持った三人の男たちが立ちふさがった。


 そういうことか。


 あの商人、流石に丸腰で歩いてはいなかったかようだ。


 少し後方に護衛を配置していたらしい。


 俺は読んでいた本をパタンと閉じると、武器を抜き取った男たちを睨んでこう言い放った。





「弱え奴には無慈悲な人生だなあ?それならせめて、俺を楽しませてくれよ!!!!」

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