百三十一話 涼しげな獏

 物品庫でのやり取りで、めでたく情報を入手。

 首尾よく漣(れん)さまの遊び道具もゲットだぜして、お部屋に戻る私。

 

「今日はもう中書堂に行く時間はないな」


 諦めてボヤく。

 侍女として真面目に、お部屋の仕事に集中するとしましょう。


「なんやこれ」


 私が持ち帰った道具に顔を近付け、漣さまは眉根を寄せる。

 近眼か、視力が悪いのだろうか。


「箱庭が作れる玩具みたいです。お盆を庭に見立てて、砂を敷いて石を置いたり、椅子とか池を配置したり。小さな倉や門も据え付けられるようですよ」


 実際に盆の上に小物を並べて、センスがゼロな庭を形成しながら私は説明する。

 要するに枯山水セットや、自由配置のジオラマのようなものである。

 人や動物の石製ミニチュアも付属されていたので、お人形遊びやおままごとにも使えるだろう。

 シルバニアンな家族を思い出すね。

 私よりお母さんが好きだったな。

 漣さまの趣味には合わなかっただろうか、と私は心配したけれど。


「ええんちゃ~う? 小っちゃいんが可愛らしいなあこれ」


 予想以上に気に入ってもらえた。

 私がしたことでこの人が明確に喜ぶのを、はじめて見たかもしれない。

 ちょっとウルッと来ながら、私はワケありの草で煮出したお茶を汲み、夢中で庭造りに勤しむ漣さまに供する。


「獅(しし)は西に、麒(きりん)は北に、鳳(おおとり)は南に……」


 長方形のお盆の四辺際にそれぞれ猫、馬、鳥の人形を並べながら、漣さまが呟く。

 動物たちを、神話の四神に見立てて配しているのだな。

 さすが漣さま、遊びとあっても神さまが身近な存在、生粋の斎女(さいじょ)である。

 となると東に鎮座させるべきは、龍に類するものなのだろうけれど。


「ええ置物があらへんな」


 アイテムボックスをがちゃがちゃと引っ掻き回し、少し残念そうに漣さまは言って、箱庭の完成を保留した。

 

「手頃な龍の人形なんかがあるかどうか、探してみます」

「頼むわ~」


 どうやら箱庭をセレクトしたのは、大正解だったようだ。

 他にも将棋とかスゴロクみたいなおもちゃもあったのだけれど、人と争ったり勝敗を決する遊戯は漣さまの好みに合わないかなと思い、持って来なかったのである。

 この方の経歴を考慮すると、ちょっと、ね。

 わずかながら、漣さまと一緒に過ごすにあたって、グッドコミュニケーションに近付く答えがわかって来た気がする。

 ごちゃごちゃおしゃべりするより、行動の方が伝わるのだ。

 お茶を淹れる。

 散らかったものを片付ける。

 なにか手慰みになるものを探して持って来る。

 夜に寒くなってきたら、毛布を余計に用意する。

 そして毎朝毎夕、黙って後ろに控えて日を仰ぎ、一緒に祈りを捧げる。

 おべんちゃらを並べ立ててご機嫌を取ろうとしても、漣さまはまず反応しない。

 けれど、決して無感動なわけでも、冷たいわけでも、人の話を聞いていないわけでもない。

 私のことをちゃんと見てくれているし、知ってもくれているからね。

 同じ部屋で寝起きし、行動を、生活を共にすること。

 そんな毎日の素朴な積み重ねが、大事なのだ。

 ふんわりと、お互い通じ合えるものが増えてきたように、私は感じた。

 充実した気持ちで一日を終えて、その翌日。


「さ、いざ魔窟へゴー」


 私は得られた情報を深掘りし確認するために、ガリ勉どもと宦官がひしめく東庁(とうちょう)へ向かった。

 欧(おう)美人が不貞を働いていたという、相手の男。

 具体的に誰だとまだはっきりしていないらしく、尋問や処罰を受けているやつもいない。

 ひょっとすると欧美人も相手の名前を知らないまま、背徳の破廉恥遊びに勤しんでいたのでは、と噂されている。


「央那さん、今日もよろしくお願いします」

「こちらこそ」


 この日も司午家の若獅子、想雲(そううん)くんが一緒だ。

 状況によっては彼にも一働きしてもらうことになるだろう。

 歩いている間に、想雲くんが実家、角州(かくしゅう)の司午(しご)邸で眠り続ける翠(すい)さまの状況を伝えてくれる。


「眠りながらでも、牛の乳や果物の汁で口を濡らせば飲み込んでくれるようです。お腹の子も弱っているようには感じられないと、毛蘭(もうらん)さんからの報告にありました」

「さすが翠さま、不思議な生命力を持ってらっしゃる」


 呪われて眠らされても、ただでやられてなるものかと言う、強い意志を感じる。

 明るい材料に想雲くんも悲観を払拭したのか、引き締まっているけれど笑みの混じる顔で言った。 


「今頃はもう、大海寺(だいかいじ)の高僧たちが到着して、解呪の祈祷に入っているでしょう。どれだけ効き目があるのか、僕にはよくわかりませんが、叔母上ならきっと、大丈夫だと思います」

「そうだね。私たちの翠さまがちんけな呪いなんかに負ける訳ない」


 呪いのことも、沸教(ふっきょう)の坊主に関しても、私はなにもわからないけれど。

 翠さまのことは、知っている。

 誰よりも力強く、はち切れんばかりに活き活きした人だ。

 そんな彼女が、眠りながらもお腹の子を守り、懸命に戦っている。

 可愛がられていた侍女の央那として、私もできることを、懸命にやらないと。


「お邪魔します。また勉強させてもらいに来ました」


 入り口前で綺麗にお辞儀して、想雲くんが東庁に入る。

 保護者よろしくしたり顔で、私もその後ろに続いた。

 出迎えてくれたのは、馴染みになりつつある、あの、軽いチャラ男の書生だ。


「やあおはよう二人とも。今日は総太監(そうたいかん)どのは、お宮(みや)の方に行かれていてね」


 少し寝不足そうな顔で、馬蝋(ばろう)さんが不在であると教えてくれた。

 皇太后さまのところに行ってるのかな。

 私はあくびを噛み殺しているチャラ男に話を向ける。


「今日はちょっと、想雲くんの家庭教師のことを真面目に相談したいんですよね」

「え、まさか僕が、きみたちのお眼鏡に適ったのかな!? いやあ、いつか頼まれるんじゃないかなあとは思ってたんだよ。仲良いし」


 オメーと仲良くなった覚えは、ねえ!

 アレかこいつ、一回だけ集団で遊んで連絡先を交換したくらいで「あの子? ああうん普通に遊ぶよ、友だち友だち。なんなら今から呼んでみる?」とか言っちゃうタイプか。

 そんな手合いからメッセージが来ても私は斜め読みして放置する女です。


「お兄さんはそもそも、なんの勉強が専門なんですか」


 冷ややかな目で問う私に、チャラ男はポンと自分の胸を叩いて自信たっぷりに答えた。


「古典の読解、注釈、それを研究した論文作成はもちろんのこととしてね。僕はもっぱら、西方からもたらされた文書の翻訳をしてるんだ」


 なんだこいつ、外国語ができるのかよ。

 西方と言えば沸教(ふっきょう)の本場であり、里帰りしている百憩(ひゃっけい)さんの故郷である。

 少し彼を見直した私は、質問を重ねた。


「百憩さんの助手みたいな感じで?」

「どうしてもわからないときは助けてもらうけどさ。基本的には自分で調べながら、なんとかやってるよ。今だって百憩どの、いないからね」


 遊んでいるように見えてもさすがは中書堂の学官だな。

 となるとこいつは、沸の教えにもある程度は通じているということか。

 気になるポイントが増えたけれど、今は確実に、一つずつ埋めて行こう。

 私の目配せで促された想雲くんが言う。


「勉学ももちろんなのですが、せっかく河旭(かきょく)に逗留しているのですから、街のこともある程度は知りたいと思っていまして」

「もちろん、そっちに関しても任せてよ! むしろ学問より得意なくらいだ。僕ちょうど、司午どのの別邸の近くに下宿してるんだよね。銀府(ぎんぷ)市場なら目をつむっても歩けるくらいさ」


 瞳を輝かせて、自慢にもならんことをのたまっている。

 おうおう、頼もしいこと。

 それならせいぜい、色々なことを教えてもらいましょうかね。


「わかりました。じゃあ想雲くん、ちょっとお兄さんに教えて欲しいこと、向こうの席で聞いててくれるかな? 私は大卓の方で中書堂周りの相談してるから」

「はい。央那さんも、頑張ってくださいッ」


 こうして、チャラ男が家庭教師にふさわしいかをお試しする体裁を装いつつ、ぽろっと余計な情報を口走ってくれるかどうか、想雲くんにひとまず、任せる。

 夜の後宮と中書堂にあったとされる不適切な事件。

 そこにこいつは絡んでいるのか。

 仮に当事者でなくても、真実に近いなにかは知っているだろう。

 もっとも、今この場でコアな情報を引き出せなくても、次の手がある。

 想雲くんの誘いでチャラ男を夜の街へ連れ出し、そこで待ち構えるウワバミにして口八丁の椿珠(ちんじゅ)さんに探ってもらうのだ。

 椿珠さんとお酒を飲んだ場で、秘密の話を一つも打ち明けない、なんてことは、ほぼ有り得まいよ。

 人の心に気安く、いつの間にかするりと忍び込むのにかけて、達人だからね、椿珠さんは。


「じゃあお二人は勉強を頑張って。私は部屋に戻ります」


 お昼が回った頃を見計らい、ひとまず作戦を想雲くんに預けて私は退出する。


「今日もありがとうございます、央那さん」

「彼のことは、この僕にどーんと任せてよ!」


 外まで二人が見送ってくれた。

 傍目で見たところ、話は弾んでいたようなので、要らんことをうっかり漏らす可能性は高そうだな。

 チャラ男は姓を涼(りょう)、名を獏(ばく)と言い、一字姓の一字名という昂国(こうこく)では珍しい姓名を持っている。

 皇帝陛下と同じ涼姓だけれど、別に近しい親戚とかではなく、たまたまだそうだ。

 若くして中書堂に入るくらいだから、良い所のお坊ちゃんではあるんだろうけれどね。

 獏に関しては、情報収集マシーンの椿珠さんに任せるとして、さて私の方の次なる動きはと言うと。

 部屋にいた孤氷さんと、漣さまの言葉の通りに、動くしかないのである。


「麗、夕刻のお祈りは不参加で構いませんので、北の宮に行ってください」

「素乾(そかん)の大妃さまがお呼びやで~」


 あーもう、私がなにかしようとするたび、正妃さまが邪魔をする!!

 環家について話せることなんか、私にはもう残ってないんだけれどなあ。

 しょぼくれた猫背姿のちんちくりん女は、早歩きで北の宮へ向かうのだった。

 正妃さまもさあ、病み上がりなんだから、おとなしくしててよね、トホホ~。

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