第3話

「律はさぁ。こんなところで何してんの?」


 お互い同級生だってわかってからの僕らは、徐々に打ち解けて話ができた。

 最初っから距離の近い樹と違って、打ち解けるのに時間がかかったのは主に僕だけど。


「アブラゼミが、見たかったんだ」


「は? 蝉?」


「そう。僕の家の近くじゃ、あんまり見なくて。クマゼミばっかりで。だから……」


「へぇ。そんなもん? でもさ、蝉見るなら朝の方がいいよ。涼しいから」


「朝? もっと早くってこと?」


「もちろん! 朝飯より前だって」


 話ながら、樹の目が輝いていくように見えたのは僕の勘違いじゃないよね。

 後ろから近づいてくるような嫌な予感。


「律、寝坊すんなよ」


 嫌な予感っていうのは、何でこんなにもばっちり当たるんだろう。

 どうせなら良い予感の方がいいのに。


「寝坊……」


「何? 起きんの苦手? そしたら、寝ててもいいよ。起こしてやるから」


「え? え? まさか、一緒に行くの?」


「違うの? 見たいんじゃねぇの?」


 確かに、アブラゼミを見たいって言ったのは僕だ。

 

「ぼ、僕独りで大丈夫だから」


「なぁんだ。つっまんねぇ」


 分かりやすく不服そうな顔をした樹には申し訳ないけど、そもそも他人と約束したことなんてない。

 小さい頃は友達の母親同士が連絡を取り合って遊んでた。

 そのうちに、習い事が忙しくなって、誰からも誘ってもらえなくなって。

 クラスの中で僕だけが浮いてて、その辺の石ころみたいに意識もされなくて。


「ごめん……」


「別にいいよ。でもさ、どこに行けばたくさん見れるか知ってんの?」


「ここじゃ、ダメなの?」


「ここでもいいけどさぁ。俺、もっといるところ知ってるよ」


「どこ? 教えて?」


「律は独りでもいいんだろ?」


 そういうことか。教えてもらうなら、一緒にって。

 何で? 何で、僕にこんなに構うんだろう。


「教えてよ。い、一緒に行くから」

 

「やりぃ。そしたら明日! 里中さん家に行けばいいの?」


「う、うん」


「じゃあ、迎えにいくからな」


 そう言って樹が走り出した。

 いつの間にか雨は止んで、水溜まりに太陽が反射して煌めいて。

 幻のような時間。

 まるで夢の中の物語。

 僕が誘われるなんて。

 それに、僕が応えられるなんて。

 明日なんて、来ないかもしれない。

 

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