第12話
帰り道は、比較的穏やかだった。
朝のように突然の出会いがあったわけでもなく、誰かに声をかけられることもない。
普通の日常。普通の帰宅。ありふれた一日の終わりだ。
ただ人の視線を感じたまま、僕とアリスは帰りの電車へと乗り込む。早く学校を出たからか、まだ生徒の姿は少なかった。会社帰りのサラリーマンと思わしき人の姿も少ない。背広より、私服姿の人の方が多いように感じる。
「席が空いてますね」
僕が車内を見まわしている間に、アリスは座席のほうを見ていたようだ。
丁度二人分の空いている席を見つけたらしく、妹は僕の手を取ると、そちらに向かって進み始める。もちろん僕の許可なんて後回しだ。
「アリス、そんなに急がなくてもいいよ」
「いえいえ。こういうのは早い者勝ちですから。善は急げです」
僕が制止するのも聞かず、足早に席まで進むアリス。
まるで待ちきれないといったその様子は、どこか子供っぽく見える。いつもは幻想的な雰囲気さえあるだけに、こういった仕草にギャップを感じるのは僕が兄だからだろうか。
(そういえば、昔からワガママを言わないのがアリスだったな……)
多分、引き取られたことに対する負い目があったのだろう。
僕の両親に対して常に従順で、言うことはすべて聞いていた。それが明らかに無茶なことであってもだ。
ピアノ、水泳、ヴァイオリンに塾通い。他にも数多くの習い事を、アリスは両親からさせられた。
アリスが来る前は僕も多くの習い事をさせられたが、彼女のそれは僕の比ではなかった。
アリスが天才であり、とても優秀な子だったから。理由なんてそれだけ。出来るのだから、もっといろんなことを出来るようにさせたかった。
それだけだ。親のエゴ。いや、そもそも実の親でもないのに、両親はアリスに一方的な期待だけを寄せ続けた。
教えられたことはなんでもこなすし、、運動神経も抜群。
そんなアリスに元々教育熱心だった両親が夢中になったのは、必然と言えるだろう。
妖精のような容姿も相まり、両親はアリスを溺愛――いや、育て上げることに執着した。
アリスに課せられた期待は、鉛のように重かった。
それでもアリスはなんてことのないように、黙々と課題をこなしていた。
そんなアリスを両親は褒めちぎり、のめり込む。さらに多くの課題を追加する。
負の連鎖としか言いようがない悪循環がそこにはあった。
そんなアリスのことを、僕はただ見ていることしか出来なかった。
「座れてよかったですね、兄さん」
話しかけてくるアリスの声で、僕は我に返る。
「あ……うん、そうだね」
ガタゴトと大きな音とともに、電車が動き出す。
プラットフォームといえるほど大きくはないが、駅から滑るように大きな車体が飛び出していく。
「座っていると、衝撃は大きくなくていいですよね」
「そうだね」
「それに、景色もゆっくり見れますし」
大きな瞳が、窓の外をとらえてる。
アリスにつられるように僕も外の景色に目を移すも、そこには住宅街が流れるように映し出されては消えていく。その繰り返しで、正直あまり面白みのあるものじゃない。特に発展もない街なので、似たような風景が続くだけだ。
「私は好きですよ。こうして流れていく風景を見るのは」
僕の退屈さをアリスは感じ取ったのかもしれない。
視線は外に固定したまま、独り言のように呟きを漏らす。
「そうなの?」
「あまりこうして、外を見る機会はなかったものですから」
「……そっか」
そう言われては、僕にはもう何も言えない。
僕にとってはなんてことのない光景であっても、アリスにとっては違うのだ。
「それに、今は隣に兄さんがいてくれます」
手に熱がこもるのを感じた。まだ握られていたその手を、アリスがもう一度包み込む。
「それだけで、私は幸せですから」
同時に、外の景色は見えなくなった。
電車が次の駅に滑り込み、ブレーキが踏み込まれる。車内が僅かに揺れて停止した。
「だから、この幸せを失いたくないんです……絶対に」
それは聞こえてくる到着のアナウンスにさえかき消されるようなか細い声で、僕はハッキリと聞くことはできなかった。
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