第33話 商売が始まった①

 フィンフィンの町にある時計塔が午前九時にゴーン…ゴーン…というチャイム音を鳴らした。


 このチャイム音は役人達が仕事を始める時間の合図をする役割があるのだが今回に限ってはフィンフィン大市場だいいちばという行事を開始する合図でもある。この行事の開催期間は二日。商人達は初日か二日目のどちらかで商売をし、空いた日に買い物をする。


 チャイムによって町は一気に活気づいた。


「いらっしゃい! こちらは五〇年に一度しか採れない伝説の果物を売ってるよ!」


「これはあらゆる魔法を反射する盾です! 回数制限はありますが、備えあれば憂いなし!」


「世にも珍しい虹彩のように輝く宝石を売っています! 今しか手に入らない限定品ですよ!」


 声を出して客引きをするものもいれば、開いたお店の前で佇んでいる者もいた。


 この行事は正方形に仕切られた一〇の区画のどこかで商売をすることになる。一〇の区画はそれぞれ第一区画、第二区画と順に数字が当てられている。町の出入り口に近いのが第一区画で、もっとも遠い場所が第一〇区画だ。貴族や有名な商人は優先的に出入り口に近い位置で商売をすることになっている。


 ちなみに僕達は第九区画で商売をすることになっていた。


 オリエントさん、レタンさん、ゴッズさん、僕は横並びで商売をしていた。それぞれ木製の屋台を組み立てている。


 僕は屋台の中で台を置き、開発品のサンプルを置いた。後ろには絨毯を敷いて、販売するものが入った木箱や樽が置いてある。木箱に入らない物は布でくるんであった。


 ちなみにオーガスタさんは窃盗に対する見張りだ。僕ら四人の後ろで目を光らせて周囲を警戒していた。


 村一番の狩人であるオーガスタさんの腕なら不埒な輩が現れたとなればすぐにその者の腕を矢で射抜けるだろう。


 正直、僕はスキルのおかげで強いし、他の者達も魔法に長けているので問題はないと思うが油断はできない。


「このペンキは一度塗れば、太陽に晒されても五年はもつ代物だ! さらにこの上にこの透明なペンキを塗ると一〇年はもつんだ!」


 ペンキ屋さんのオリエントさんは呼び込みをしていた。


 彼は屋外向けのペンキを宣伝していて、あれも僕が開発したものだ。また、彼の言う透明なペンキというのは塗ったペンキの上に塗るコーティング剤のことだ。


「へぇ、珍しい木だね」


「そうっすよね。繁殖し過ぎると大変なんすけど、面白い建築ができるんすよ」


 大工のゴッズさんは同業者と話しているようだった。どうやらワイテデル木もとい竹を紹介しているようだ。


「まあ、美しいざますね」


「これは住んでいる村の近くの洞窟で取れた宝石を使った首飾りなんですよ。宝石が最も輝くように自分が加工しています」 


 レタンさんは多くの指輪を嵌めた貴婦人と話していた。彼は加工品のポテンシャルを最大限に引き出すことができるので色んな人の目を惹くものが作れるだろう。


 僕の屋台には、試食用のニガチャイロ豆とその種、ワイテデル木で作ったざると水筒、瓶に入った水のりと油汚れに強い洗剤がある。どれも最近、発見したり開発したものだ。


 とある若い男性が屋台にあるニガチャイロ豆を気にしていた。


「見たことない豆ですね」


「これは住んでいる村で採れた豆でニガチャイロ豆と言います。一袋購入していただければ種と一緒に栽培方法と料理のレシピをお渡しします」


「どれどれ」


 若い男性は豆を口に含む。


「それは茹でて塩で付けてあります」


「へぇ! 面白い風味してるな、俺最近、農業を親から継いでるんだ。空いた畑でこれ育ててみるよ。一袋いくらだ?」


「一袋五〇粒で銅貨二〇枚です」


 僕は男性にニガチャイロ豆の種を売り、栽培方法と料理のレシピを渡した。人生で初めて商売をしたというわけだ。


 ちなみに銅貨一枚を日本円にすると二〇円だ。つまり、銅貨二〇枚で四〇〇円だ。


 この調子で売っていくとしよう。


 二時間程するとニガチャイロ豆やワイテデル木で出来た製品が続々と売れた。水のりと洗剤はパッと見、用途が分からないので呼び込みをして使い方を説明した方がいいのかもしれない。


 この世界は骨や皮を煮詰めて作ったにかわや原油に含まれたアスファルト等を接着剤として使っているので、接着剤であることを強く宣伝すれば気になった人がやってくるかもしれない。


「これは水のりと言います! 紙と紙をくっつけるのに役立つ接着剤です!」


 僕は珍しく声を張ってみた。


 近くにいる者達が数人やってきたので水のりの使い方を実演してみた。


 さらに疑似的にスライムを作れたり、ガラスの曇り止めにも使えることを説明した。


 全員、不思議そうな顔で水のりを見ていた。その中の一人は特に興味を持ったようで貴族風の男は鼻息を荒くしていた。


「面白い! それをたくさんくれ!」


「後ろにある樽に水のりが入っていますが重いと思いますよ」


「ならば、従者を呼ぼう!」


 貴族風の男は従者を呼んで木箱を持たせた。


 チラッと横目でオリエントさんらの様子を見ていると繫盛しているのが見て分かる。


 こうして、フィンフィン大市場での滑り出しは好調だったわけだ。


「ちなみに水のりの用途を教えてもらってもいいでしょうか?」


「感触が面白そうだ! これを従者達と一緒に全身に塗りたくって全裸で庭を歩いてみようと思う!」


「そうですか」


 改めて世の中、色んな人がいるんだなとも思った。

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