奇麗な城

@rabbit090

第1話

 「やけにめんどくさい一日だった。」

 「………。」

 「ちゅうてるやん、無視?」

 「知らない、あんたさ。」

 「何?」

 「いい加減にしなよ、あたし、もう疲れちゃったの。」

 「疲れたぁ?何で?」

 「…はあ、何なのよ。」

 妻は、すごくめんどくさそうな顔をして、俺の方を見てる。

 ああ、最初はこんなじゃなかったのに。

 そもそもこの人は、お姫様としてここに連れてこられたのだ。着飾って、それを当然だといった態度で、俺は気に食わなかったけど、あいつがベタぼれだったから。

 一緒に空を見ている、が、その気があるのは俺だけで、妻はどこか、別の所を向いている。

 でもそれは仕方が無い。

 妻も俺も、勝手に結婚させられたのだから。

 そして、この人のことが好きだったのは俺ではない。俺ではなく、俺の弟だ。

 俺は、そいつに託されたから仕方なく、このワガママ女王の面倒を見ている。

 でも、それが正しいことなのかどうか、疑問を持ち始めたのついこの頃だった。

 「じゃあさ、お前、出てく?俺はいいよ、財産とかあげられないけど、だって俺のもんじゃないし。ならいいよ、行きなよ。」

 それに、オーケーが出るとは思わなかった、まさか。

 だってこいつは、この姫様は外で働いたことなどない、大きなお屋敷で守られて、今日まで生きて生きた、はず、なのに。

 「いいの?なら、そうしよう。初めて意見が一致したね、あなたと。」

 え?まじで?

 そして、俺と妻は正式に関係を解消した。

 「いままでありがとう。あなたとは縁なかったけど、そこそこ楽しかったよ。」

 「ああ…。」

 俺はよほど、間抜けな面をしていたのだろう。妻、あ、元妻は笑いを抑えるように、下を向いていた。

 

 「一人になりましたね。」

 「ああ、そうだけど。」

 含み笑いで、この家で使用人をしている男が話を振ってくる。てか、この人はそもそも俺のことを主人だと思っていない。

 俺の家族は、死んでしまった弟を含め、両親と、俺、たったの4人しかいないのに、とても大きな家で、使用人を複数雇い暮らしている。

 「元、奥様。しっかりした方だったんですね、要らないって、はっきりとされてる。」

 「悪いかよ。」

 「いえ…。」

 普段は言い返さない俺が、少し不機嫌な口調になるとそそくさと部屋を出て行く。

 でも、まさか一度も働いたことなど無いお姫様が、一人でやっていけるのか?

 今どうしてるのかは知らないけれど、驚いたのは実家の支援は受けるけど、一人暮らしをしている、という事だった。

 「仕事、しよう。」

 立ち上がって、パソコンとスマホを手に持つ。

 父から受け継いだ仕事は、重責だった。だから本当は、ちゃらんぽらんな俺じゃなく、弟が継ぐはずだった。けれど、弟は病気になってしまい、治らなかった。

 父はどうしてもそれを受け入れられなくて、でも知らない人間に会社を任せるのは嫌で、俺に白羽の矢を立てた。

 でも、俺はそんなこと無理、と思いながらも業務をこなしていくうちに、自分が案外、適性があるということに気付いてしまった。

 そのため、会社は傾かずに済んだし、父もゆっくりと仕事から、フェードアウトすることができた。

 そのついでに現れたのがあの女だった。

 弟が死ぬ、という時期になって、どうしても会いたいと俺が直々に探し出した。

 正直、ブスだなあ、と思ったけれど、やたら気が強い性格のせいか、はきはきとして、確かに、魅力的ではあると思った。

 そして、弟はこう言った。

 「彼女、今宙ぶらりんなんだろ?なら、守ってくれないか、こんなご時世で、あんなお嬢様が一人で生きていけるとは思わないんだ。」

 と、どうでもいいおせっかいを俺に押し付けた。

 でも、そんなの聞きはしないだろう、と思ったけれど、何件も見合いを断られ、荒れ狂っていた彼女は、すんなりとオーケーを出した。

 その結末が、これかよ。

 もういいや、と俺はすべてを振り切って、仕事へ意識を向けた。


 あたしは、大丈夫。そう確信した。

 あたしは、だって彼のことが好きだったのだから。

 その彼が、死ぬ前にあたしを、どうしても守りたい、と言ってくれたのだから、あんな嫌な奴とでも、結婚することを選んだ。

 しかし、しっかりと約束をしていたのだ。

 3年、一緒にいて嫌だったら、辞めてもいいよ、と。こっそりと告げられていた。

 あたしも、守りたかった。

 彼はあたしの初恋の人だった。

 ずっと社交界で浮き続けていたあたしに、彼は居場所をくれた。しかし、一緒にいることはできなかった。

 だから、こっそりと、心の中にしまっておいたのに、彼は、あたしのことを覚えていた。

 もう助からない姿で。

 義理は果たしたから。

 そして、助けてくれてありがとうって、

 あたしの父は、変な奴だった。そして、彼もそれを知っていた。あたしが、だから一度、こっぴどく痛い目を見ないと、気付くこともできない人だった。

 そのために、あたしに彼の兄との結婚を進め、解放した。


 あたしは、一人で生きていく。

 誰かの干渉なんて、いらない。

 強さなんて分からないけれど、あたしはただ、生きたかった。

 死んでしまった大事な人のことを考えると、辛くて死にそうになるのに、でもそれを繰り返すと、あたしは死ねない、と思った。

 だから、あたしは絶対に死んでたまるもんかと、誓った。

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