うみがおちる

祇光瞭咲

第1話 みなととなぎさ

 僕は椅子取りゲームが嫌いだ。

 我先にと座る場所を奪い合い、どこにも居場所がなくなった僕は、ぽつんとひとり輪の外へ。みんなは勝ち取った椅子にふんぞり返り、所在なく佇む僕をニヤニヤと眺める。

 あの時感じた言い知れぬ不安。疎外感。

 それがもうずっと、僕の心の中にある。


 思春期なんてそういうものだ、と横川渚沙よこかわ なぎさが言っていた。

 部活に、クラスに、仲良しグループに所属したい。帰属意識は安定感。みんなが居場所を求めてる。けれど、僕みたいにどこにも属することができない不適合者は、ずっと後ろ指を差されながら立ち尽くすしかないのかもしれない。



***


 僕が横川を意識するようになったのは、ある日の寄り道がきっかけだった。


 毎日毎日、放課後になると予定もなく直帰する僕。早い時間の帰り道には他に歩いている生徒もいなくて、それがすごく寂しかった。寄り道をしたのは、そんな寂しさに言い訳をするためだった。


 坂道を下ると、そこには延々二キロは続く堤防がある。真下は平らな岩場になっていて、夏になると磯遊びをする子どもで賑わった。泳ぐにはまだ少し早い六月の今日、海で遊ぶ人影はない。


 堤防にひとりの少女が座っていた。僕と同じ高校の制服。長い髪に混じり、紺色のセーラー襟が潮風に靡いていた。

 女が髪を掻き上げたことで横顔が見えた。クラスメイトの横川渚沙だと気付く。これと言って話す間柄でもなかったけれど、一緒に当番をしたことがあったので、互いに存在だけは認知していた。


 彼女は僕に気付くと猫のような吊り目でじっと見つめてきた。


「あ……お疲れさま」


 咄嗟に出てきたのはそんな言葉だった。横川は「ああ」と鼻を鳴らす。


「クラスで孤立している遠山湊とおやま みなとくん」

「孤立してるのは横川も一緒だろ」


 僕はズキリと胸に刺さった槍を抜いて投げ返した。しかし、彼女はそんな言葉はどこ吹く顔で、ニヤリと口を歪めてみせた。


「私は孤立しているんじゃない。入りたい『輪』があそこにはないだけさ」

「何が違うんだよ」

「全然違うよ」


 横川は言った。

 誰もがどこかに所属したい。自分の居場所を求めてる。

 けれど、自分には適さないコミュニティに無理矢理合わせて所属しようとすると、すぐに無理がたたって崩壊してしまうのだ、と。


「だったら、最初から所属しようとする必要なんてない」


 僕の話をしているのだと、すぐにわかった。

 入学当初、僕はクラスに馴染もうと必死だった。友だちと呼べるものがほしくて、同じ地味そうな男子の輪の中に潜り込んだ。けれど、結局僕には合わない場所だったのだ。それでもしがみ付こうとして、無理に話を合わせているうちに、段々と彼らと僕のひずみは大きくなって。気が付いたら仲間外れにされていた。

 傍から見ても、孤立していく僕の姿は滑稽だったのだろう。僕は羞恥と怒りで彼女を睨み付けた。


「そんなのは格好つけてるだけだ。横川だって、僕と同じ社会不適合者のくせに」

「そうだ」


 彼女は否定しなかった。むしろ、我が意を得たりと頷いていた。


「私の居場所は君の言う『そこ』ではないから、不適合なのは当然だ」

「じゃあ、横川の『居場所』ってやつはどこなんだよ。どこにもないから、こうして独りでいるんだろ」


 そんな彼女の余裕が憎らしくなって、僕は吐き捨てるように訊き返した。ところが、横川渚沙は薄く笑みを浮かべただけだった。細い腕を真っ直ぐに伸ばし、白魚の指先で海を差す。


「私の居場所は、海だよ」


 何を言っているんだ、と笑ってやろうと思った。けれど、彼女の横顔を、希望に輝く黒真珠の瞳を見た途端、何も言えなくなってしまった。


「今はまだいけないが――いつか、必ず行ってやるさ」


 横川はそう言って立ち上がると、堤防を降りて磯を走っていった。途中で脱ぎ捨てるセーラー服に、僕は思わず顔を背ける。

 ドブン、と音がして振り返ると、彼女はもう海の中へ消えていた。



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