お姫さまは魔王城でレベルアップ!
渡貫とゐち
第1章
第1話 勇者、誕生
1
「遅いわよ。国王を待たせるなんて、あなたも偉くなったものね」
「……ごめんなさい、お母さま」
「人の目がある場所では『王女様』と呼びなさいと言ったでしょう?」
言って、お母さまは赤い絨毯の上を辿っていく。左右には男装をした女性を置いて……その左右の付き人が私をちらりと見る。監視の目ではなくて、あれは「ご主人を不機嫌にさせないでください」という非難の目だった。血縁関係であっても容赦がない人だよほんと……。
「はぁ」思わず大きな溜息が出てしまう。「(こうやってぐちぐちぐちぐち……と言われるから、早くメイクを終わらせてって言ったのに……っ。あの侍女たち、途中から自分たちが楽しんでいただけじゃない。遅れて責められるのは私なんだけど! まさか時間に間に合わないように調整した嫌がらせじゃないよね……?)」
私の半歩後ろをついてくる侍女に目を向ける。じー、と睨むと、黒髪メイド服の侍女は私の視線の意図に察しながらも、にこりと笑った。
「姫さま?」
「分かってるくせに……っ」
「タウナ、ぶつぶつとなにを言っているの?」
「いえ、なんでもないですよ、女王様」
「王女様よ。ひっくり返さないでくれる?」
お母さまは女王様の方が似合っていると思うよ。
今日は授賞式だ。
騎士団の騎士のひとりが、その多大な功績を認められて、ある称号を国王から貰い受けるらしい……。私はその場にいるだけでいいらしいけど、やることがないなら部屋に戻りたかった……けど、そういうわけにもいかないのだろうなあ、と諦めるしかなかった。
「早くきなさい」
赤い絨毯の先。集まった国民が見渡せる広々としたバルコニーだ。普段はここで国王(お父さま)がスピーチをおこなっている。今日は快晴。授賞式日和だった。
国王の隣に並んだお母さまに倣って、私も遅れて並ぶ。侍女や男装をしたお母さまの付き人は後方で待機だ。国の上位三名が並んでいるこの状況、もしも王族を狙う犯罪者がいれば狙い放題だと思うのだけど……いらない心配としていいのかな……?
「やっときたか、タウナ……」
私の注意を妄想から引き戻してくれたのは国王だった。
「申し訳ありません。タウナ姫の準備に少々手間取りまして……」
と、王女様。家族であっても、人の目の前である以上、ちょっと堅苦しい言葉遣いになってもそこを違和感とはしなかった。私たちの場合は普段の食事でもこういう感じだからいつも通りと言えばそうだけど……だから違和感があるわけがないのだ。
昔は違かった、はずだけど……本当に私が幼い頃の話だ。
国を背負う責任が肩に乗れば、普通の家族ではもういられない。
「構わん。時間を厳守し、中途半端な姿でこられても迷惑だ」
「…………」
今の私は及第点な見た目、ということね。時間をかけたにしては……だけど。
半分以上が侍女たちのお遊びだったとすれば、本格的なメイクの作業時間はいつもの半分の時間しかなかったのかもしれない。これは後でちゃんと叱っておかないと……。これが繰り返されるのだけは避けたい。
私もなにか返した方がいいのかな、なんて思っていると――「これより、授賞式を始める」と、国王が式を始めてしまったのですぐに口を閉じた。……喋るとボロが出るし、必要ないなら喋らなくていいよね? 見た目は整えてくれたわけで、私はここで笑顔で立っていればいいだけ……簡単なお役目だ。
物足りないとか、退屈だとか、私が言っていいことじゃない。
「騎士団・部隊長、ギル・レッドドールよ……こちらへ」
「はい!!」
背後から大きな声がした。あらかじめスタンバイしていた犬のような青年(忠誠心、という意味じゃなくて、見た目が犬っぽいのだ。もちろん、騎士なのだから私たちへの忠誠心もあるだろうけど)――が、小走りで駆け寄ってくる。
彼は亜麻色の髪を揺らしながら。
騎士だけど、今日は普段とは違うおめかしをしている。白と金の正装だ…………へえ。騎士の制服を着ている時はサイズが大きいせいで頼りない印象があったけど、きちんとサイズを合わせて正装をすれば、体つきも顔も普段とは違う……頼りになる、騎士さまだった。
私が言うのもなんだけど、着ている服で印象がガラリと変わるのね……。
見た目はまだ幼く見えるけど、私よりは年上だし……それに彼は見た目からは想像できない剣士としての強さを持っている。
今日の授賞式だって、彼の強さを称えたものだ。彼に任せればなんでも解決してくれる、そんな信頼が彼にはあるのだから……頼りないのは見た目だけだ。
それも、時間と成長が解決してくれるはずだ。
尻尾を振っているように見える騎士さまが国王の前に跪いた。私と王女さまは一歩引いて、ここから先は国王と騎士のふたりだけのやり取りが始まる。
「ギルよ、貴殿は魔王軍の強敵を、半年で六人も討伐した……単独での撃破は例を見ない快挙である。よって、貴殿にはこの称号を授けよう――『勇者』、とな」
騎士さまが貰ったのは剣だった。ただし、刃はついていないレプリカだ。飾っておくしか使い道はなくて……、でも、それでいいのだ。
勇者という称号を目に見えるようにしただけなのだから。新しく良い剣を渡しても、それが騎士さまの手に馴染むかどうかは分からないし、これまで一本の相棒で敵を討伐してきたのだ……それを新しい剣に変えて、勢いを『止めて』しまうのは望むところではない。
勇者と刻まれた剣を受け取った騎士さま。
「はい、ありがとうございます、国王様――」
「面を上げよ、ギル」
頭を上げた騎士さま。そこで、ばち、っと、彼と目が合ってしまった。すぐに逸らすのは悪いし……でも見つめ合うのも……と悩んでいる内に、騎士さまが「にかっ」と笑った。満面の笑みが眩しかった。私には堪えられない……浄化されそうな笑みで……。
「う、」とこぼれてしまったけど、顔には出ていないと思う。すぐさま取り繕って、「さすが騎士さまです。いえ、これからは勇者さまになるのでしょうね」と、捻り出すことができた。ついついテンプレートな言い方にしなってしまったけど、立て直す方を優先したのだから仕方ない。事情は話せないけど、まあ分かってよ。
騎士さまもとい、勇者さまは額面通りに受け取ってくれて――彼は頬を掻きながら恥ずかしそうに耳を真っ赤にしていた。
「ギルよ、これも貴殿にやろう。首飾りだ……戦闘には一切役に立たんが、他国で見せれば少しだけだが、優遇されることだろう。私に近しい者、という認識をされるはずだ。……くれぐれも、それを身に着けたまま問題行動を起こしてくれるなよ?」
「はっ、気を付けます、国王様――」
その言葉を受け取った国王さまだけど、心配そうな表情は拭えていなかった。飛び抜けた功績を上げる者は、やっぱり真面目な優等生ばかりではない。どちらかと言えば常識外れの天才であることが多い……、それは勇者さまも、例外ではなくて。
素直な方だとは思うけど……優等生ではない。
騎士の中でも異端。それが強さに繋がっていると周りはよく言っていた。
騎士団の中でもまだまだ若い方だから…………まあ、欠点がない方がおかしいよね。
「期待している……これからも励め、ギル」
「はっ。お任せあれ」
そして、長く感じたけど短かった授賞式が幕を閉じた。
2
「――タウナ姫っ」
弾んだ声で話しかけられた……かけられてしまった。国王と王女は既に退席している。なのでバルコニーには私と勇者さまのふたりきりだった。……まあ、すぐ傍の柱の裏に侍女が控えているけれど。
「……はい、なんでしょうか、ギルさま」
「そんな、『さま』なんていりませんよっ、普通にオレのことは『ギル』と呼んでください」
そういうわけにもいかないでしょう。
私とあなたは『友達』ではないのですから……とは言えず。
……こういう時、王族という立場はめんどうだ。砕けた口調で気軽にお喋りをしたいけど、侍女と話すような感覚で『私の裏側』を知る人と同じように接することはできない。それは色々なルールを破ってしまうことになる……なので、私は表舞台では無難なことしかできないのだ。
まるで操り人形だ。……似合ってる?
「ふふ、努力しますね」
周りに「はしたない」と思われてしまうのでそれはできませんね、という意図を含んで微笑みで誤魔化す。
幸い、相手は私に見惚れてくれているので、深く突っ込まれることもなかった。
容姿が良いだけで人間関係が円滑に進む……メイク様様だ。
「見てくださいっ、この首飾り――綺麗ですよね」
首から下げていた水色の首飾り……、たぶん伝統的なものではないと思う。剣と同じくこの日のために作らせたものだろう。
他国では特殊なパスポートとして使えるようだけど、ようはお父さまのサインでも内側に刻まれているのだろう。それを見た他国の王族が、勇者さまを特別扱いしてくれる……そんなような効果だと思う。
さすがに私利私欲過ぎる要望は応えられないと思うけど……今の世界は、余裕があるわけではないのだから……あまり意味のない特典だったかもしれない。
思ったけど口には出さない。出せないでしょ、こんなこと。
「そうですね、よくお似合いですよ?」
「いえ、タウナ姫の方がとっても綺麗ですよ」
「ふふ、ありがとうございます」
心の中で溜息を吐いて。
さて、この会話からどう逃げよっかなー、なんて考えていると――侍女が顔を出した。
「姫さま、次のご予定が迫っております」
「え、うん……分かったわ」
私の顔色を見て判断してくれた? ありがたいけど、この子に感謝をしたくはないな……すれば調子に乗るのは目に見えてるし。喜ぶ顔は見せない方がいい。
「ギル様……本日はここまでです」
「あ、クイン……」
「いいですね?」
ふたりの一瞬のアイコンタクト。だけどそれ以上はなく……ん?
知り合い……だったりする? 侍女の人間関係までは把握していないから、実際のところどうなのか分からない。あとで調べさせようか……彼女とは別の侍女に。
でも……言いたくないことなら、絶対に提出された情報には細工がされていると思うしなあ……というか、私ってそこまで彼女のことを知りたいんだっけ? 嫌いではないけど……心の中まで踏み込む仲ではない。言いたくないことを無理やり掘り下げても――
「タウナ姫!」
「はいっ!?」
び、びっくりした――ギルさまが私を呼んだのだ。……侍女に断られたはずだけど……まだなにか? と見えない角度で嫌な顔をして、気持ちをリセットする。
彼に見せる顔は表舞台で多数の人に見せる顔と同じだ。同じにしなければならない――私のその表情の変化を最初から最後まで見ていた侍女は、彼女こそ嫌な顔をしていたけど……、彼女に気を遣う余裕はなかった。
表と裏を知っている……、表を作ったのがあなたたちだけど? と文句を言いたい。
私の裏は、表だったはずなのに……。
「なんでしょう、勇者さま」
「必ず、お守りします。あなたがどんな危機に陥っても、地獄の底まで向かって、あなたの手を引き、生還します――絶対に」
「そう、ですか……はい。期待していますよ――ギル」
言うべき言葉はこれで良かったの? という反省はしなかった。これでいいのだ。
ここだけは。
彼のやる気にさらに火を点けるため、王族らしく、彼を呼び捨てにした。
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