第66話 呪いのルール

 おかしいな……。プリクラ撮っただけなのに、精神が摩耗しちまった。

 予想通り、攻守逆転したよ。最初は園児が攻めて、後半は婦警さんがこらしめるという王道のおねショタだったよ。

 言うまでもないが節度なんてなかった。懲戒免職で済まないレベルのイタズラをされちまった。ああ、股間揉まれすぎていてぇ……。


「ねぇねぇ、小五郎。手錠どうだった?」


 ……オモチャとはいえ、あんまり良い気分はしなかったな。ただ、それを正直に伝えるのはまずいよな? かといって、楽しかったと答えるのもまずい気がする。


「本物をつけられる日がこないことを祈ってる」

「質問の答えになってないけど安心していいよ。小五郎を捕まえる輩は、マッポだろうと容赦しないから」


 国家権力ぞ? ステゴロでヤー公の事務所にカチコミかけられる女といえど、さすがに警察は……。とも言い切れないのが怖いところよね。


「次は無難にメイド服で撮ろっか?」

「え、まだ撮るのか?」

「え……まさかもう帰るの? まだ十回くらいしか撮ってないのに?」


 多いよ! そんなに連コインするヤツいねえから! しかも同じコスプレで!


「だいぶ金使っちゃったし、また今度にしようぜ? な? な?」

「うーん……。そうだね、確かにお金も無限じゃないし、どうせなら色んなデートがしたいよねぇ。わかった、小五郎の意見を取り入れるよ!」


 プリクラ地獄から解放されたのは嬉しいけど、俺の借りになってしまったのが解せないんだが?


「じゃあ、帰って鑑賞会しようか!」

「鑑賞会って……シールのか?」

「んー? 映像だよ?」


 ……映像? 画像じゃなくて?


「気付いてなかったの? 私のスマホで録画してたんだけど」


 な、何をしてくれてんの? シールだけでも特級呪物なのに、映像まで残してやがんのか? 見られたら憤死するよ?


「そ、それってダメじゃね? 知らんけど、動画なんか撮っていいのか?」

「いいはずだよ? 専用のスマホ置き場あったじゃん。プリ機も時代と共に進化するんだねぇ」


 進化前を知らんくせに、それっぽいこと言いやがって。初めてプリクラ撮ったくせして、プリ機とか通っぽい単語使いやがってよ。

 それにしても参ったな。楓がマウントを取るために録画を他のヤツらに見せたら、間違いなく面倒なことになるぞ? 椛達とも三文芝居やるハメになると思うんだが、どうやったら楓を止められる?


「……その映像、俺らだけの秘密にしないか?」

「二人だけの秘密? えへへ、なんだか照れくさいねぇ」


 おっ、いけそうか?


「じゃあ、ちょっとコンビニ寄るね」

「ん? ああ、構わんけど……」

「コンビニのATMは手数料かかるけど、まあ仕方ないよね」


 ……ATM?


「もうお金ないのか? さっきのプリクラ代、半分出すぞ?」

「いいのいいの! 私のワガママだから!」

「そ、そうか?」

「あっ、プリ帳も五冊くらい用意しないとね。小五郎もいるよね?」


 五冊……? え、もしかして……。


「まさかもう一回撮りにいくつもりじゃ……」

「アハハ、もう一回なんてありえないよ」


 そ、そうだよな、ハハハ。


「最低でも五十回は撮らないとね」


 正気か!? デバッガーにでもなる気かよ!


「な、なんでそんなに……?」

「だって二人だけの秘密なんでしょ? えへへ、いっぱい秘密作ろうね?」


 アカン、秘密の共有という甘美な言葉に酔いしれてやがる。楓が自分の小遣いをどう使おうと勝手だけど、あんなアブノーマルなコスプリを五十回も追加したら死んでしまうわ。さっきも筐体から出た時、野次馬に囲まれてたし、そのうち通報されかねないって。


「い、家で撮らんか? 別にプリクラにこだわることないだろ?」


 母親と妹になら聞かれても問題ないし、なんなら見られても平気だ。それも変な話だけど、とにかく家で撮影するほうが安全なはず。通報されることはないし。


「うーん……。確かにお金かかるもんねぇ」

「そうだろう、そうだろう」

「コスプレも百円とはいえ、チリツモだもんね」


 それは本当にそう。さっきの撮影だけでかなりの額飛んでいったぞ。まさか撮影一回毎にレンタル料取られるとは思わなかった。


「そうだ、うん。お金は大事にしないと……」

「コスプレなら免税店とかに転がってるだろうし、一度買えば撮り放題だよね。さすが小五郎だよ」


 ……おや?


「それにお家ならお店と違って過激なことできるもんね。ワクワクが止まらないよ」


 ……ひょっとして俺、また何かやっちゃいました?




 俺の足の間に座り、パソコンを弄る楓。うーん、青春だなぁ……。


「ねぇねぇ、このコスプレ可愛くない?」


 青春……かなぁ?

 時間も時間なので免税店には行かず、一緒に通販サイトを見てるわけなんだが、一刻も早く帰ってほしい。


「あっ、この蛇のコスプレよくない?」

「うーん……? ゴメン、俺にはよくわからん」


 猫とか犬を差し置いて蛇? コイツ爬虫類とか好きなんだっけ? そういう話は聞いたことないけど。


「ほら、絡みつくシチュエーションとかさ」

「あー……シチュエーションありきで選ぶのね」


 それコスプレしないほうが興奮しない? だってネタコスだろ? それ。


「それに蛇なら、噛んでも許されるしね」


 いや、許さんよ? ってか蛇じゃなくていいじゃん。


「犬とか猫のほうが噛むイメージあるんじゃない?」

「でも玉だよ?」


 ……え?


「ほら、蛇って卵が好物でしょ? ちょうど小五郎ツルツルだし」

「ダメだダメだ! それはダメだ!」


 呪いの恐怖をそっちのけで、全力で制止する。ここで静止しないと精子が危ない。


「アハハ、さすがに噛みちぎらないって」

「いや、噛む時点でアウトだから!」


 破壊しなければセーフ理論やめろ。


「もぉ、基本的に甘噛だから大丈夫だって」


 なんだよ、基本的にって。例外もあるのかよ。

 っていうか甘噛でもダメだよ。甘噛って結局は、お前のさじ加減だろ。


「あのな、楓? 楓が思ってる以上に痛いし、危険なんだよ」

「じゃあ頬張るだけにするよ。歯は立てずに舌だけで弄るから安心して」


 これ、ひょっとしてドアインザフェイスか? 女の楓でも、噛みつきはヤバいことぐらいわかるだろうし、断られる前提で無茶な交渉をして、ランク落とした要求を通すっていう……。


「し、舌で弄るのも痛そうかな。経験がないからわからんけど」


 俺としては『痛い』と明言して拒否したいけど、そんなことしたら『なんで舌で弄られたら痛いってことを知ってるの? 自分でやったとか言わないよね? なぁ、どこの誰にしゃぶらせたんだよ、おい』みたいな感じで問い詰められかねん。


「あれだけ揉んで平気なんだから大丈夫だよぉ」


 プリクラでの淫行を思い出したのか、うっとりとした目で利き手を見つめる。アイドルの握手会にでも行ってきたのかよ。


「平気って言うけど、結構痛かったぞ?」

「え……? 痛かったの? 本当に……?」


 あれ、なんか様子がおかしいぞ? めっちゃ申し訳無さそうにしてんだけど。

 そこまで本気で掴まれたわけじゃないし、言うてそこまでの痛みじゃなかったんだけど、俺はどういう対応をすればいい?

 ここで下手に庇うと『じゃあ揉んでも問題ないよね? よし! モミホーダイプランに加入するよ!』とか言いかねんし、責めたら『わかった! じゃあ私も痛い目に遭うよ! 私の処女膜を破って! 早く! 早く脱いでよ! ほら、女が覚悟決めてんねんぞ! 早く脱ぎなはれ!』となりそうで怖い。


「大丈夫? 潰れてない? 平気? ちゃんと機能してる? 色は? 形は? へこんでない? ごめんね? 本当にごめんね?」


 怖い怖い怖い! 何この人、どうしたん? さっきまで噛みたいとか言ってた人が急にどうした?


「落ち着け、もう痛くないから」

「じゃあさっきまで痛かったんだね? 本当にごめん、小五郎嬉しそうだったから、気付かなかったよ」


 嬉しそうにした覚えはないけど、気付かないのは正解だよ。気付かないように我慢してたんだから。


「怒ってる……よね?」


 別に怒ってないけど、それを告げてもいいものだろうか?

 くそ、彼女よりも対応に気を遣うな。彼女なんていたこともないし、呪いのせいで一生できそうにないけど。


「気にするなって」

「こごろぉ……ごめんねぇ……」


 俺向きに座り直したかと思えば、そのまま俺の胸板に顔を埋めて体を震わす。誰だコイツ……。俺の知ってる楓じゃ……いや、本来の楓はこっちなんだろうけど……。

 呪いが弱まった……? いや、まさかな。


「本当に潰れてない? 大丈夫なの?」


 ……やたらと安否を気にするな。なんとなく察してたけど、やはり物理的な危害を加えないってルールがあるんだろうな。

 そもそもの話だが、黒川先輩が俺に呪いをかけたのは、自分以外の女に愛想を尽かさせるためだ。俺の命を脅かすことが目的ってわけじゃない。


「大丈夫だから、もう気にするな」

「……うん、ありがとう」


 なんというか殊勝だなぁ。いつもこうならいいんだけど。

 結局その後は特に何も起きることなく、そのまま解散となった。

 ヤンデレ攻略の糸口が見つかった気がするが、下手に動くのは危険だと思う。しばらくは今まで通り、刺激を与えないようにしつつ解呪の方法を探ろう。

 ……やっぱ白か? 今のところ信じられる要素がないけど、もうアイツにすがるしかないよな……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る