第10話 テロリスト制圧
なぁ、絶対わざとだろ?
隣の席の女子、まあクマっさんなんだけどさ、教科書忘れたとか言って机をくっつけてくるんだよ。
まあ、忘れることぐらいあるさ。むしろ、置き勉してなくて偉いと思うよ。
でもな、毎授業毎授業くっつけてくるのは、さすがにおかしいだろ?
お前むしろ何を持ってきてんだよ。そのカバンに何を入れてきたんだよ。カバン持ち上げた時に気付くだろ。『あれ? 軽くね?』って。
脳みそも軽いのかよ。
「なぁ、坂本」
授業中だというのに、小声で俺に話しかけてくる。
無視するとお経に発展しそうなので、仕方なく返事してやる。
「どうした?」
「知ってるか? おっぱいって重いんだぞ?」
なんの話だよ。
重いのはお前の愛だよ。頭は軽いくせに。
「それがどうした?」
「確かめてみろよ」
俺の手を掴んで、服の下に潜り込ませる熊ノ郷。
おいおいおい、授業中だぞ?
あのさ、たしかに男の夢だよ? 巨乳を持ち上げて、重さに驚くって、男の夢、童貞の妄想だよ?
なぜか学校に攻めてきたテロリストを制圧するってのと同じくらい、メジャーな妄想だよ? それが叶うのは嬉しいけどさ……。
「おい、後ろの席だからって……」
「しっ……バレるだろ」
「じゃあやめろよ……」
「授業中にやらないと邪魔されるだろ?」
そりゃそうかもしれんが、この行為の意義を教えてくれ。
異議を唱えてやるから。
ダメだ、そしたらお経を唱えられる。詠唱バトルは俺の負け確定だ。
「バレたらまずいっていう、緊張感とか背徳感があるっしょ?」
ニシシとイタズラっぽく笑う熊ノ郷。可愛いけど、可愛いけど、可愛いけどさぁ!
求めてないんだよ!
いや、おっぱいは触りたいけど、背徳感とか求めてないんだよ!
人妻じゃねえんだからさ!
「服の上からでいいだろ?」
「それじゃ重さわかんねーだろ? 下から持ち上げてくれよ、根本からな」
……モタモタすればするほど、危険だな。現時点で、授業中にシャツに手を突っ込んでお腹触ってる変態だし。
ええい、ままよ!
「小五郎ちゃん、熊ノ郷さん、何をしているの」
違うんだよ、〝ママよ!〟じゃないんだよ。引っ込んでろ委員長。
くそ、眼鏡っ子だろ? 一番前の席に座れよ、なんで隣なんだよ。
「今すぐやめないと報告するわよ? 席替え確定よ?」
それは助かる。
だけど、このプレイが周知の事実になるのは困る。助からない。
「ちっ、ママを名乗る変態がよ」
すげぇ、正論言ってる。ギャルが委員長に正論言ってる。
ふぅ……助かった……。
……お腹、柔らかくて気持ち良かったな……温かかった……。
やっとお昼休みだ。
全然嬉しくないけどね! 弁当地獄が待ってるもん!
あ、でも楓は今日弁当じゃないのか。よかった、一人前で済みそうだ。
「おうおう、委員長さんよぉ。学級委員長様とあろうお方が、クラスメイトの睦まじい交流を邪魔しやがってよぉ」
絡み方がチンピラすぎる。
諦めろ、明らかにお前が悪い。でもありがとうな、興奮したよ。当分、これだけでシコ……。
「不純異性交遊を咎めるのも役目よ」
いや、お前も授乳しようとしたからな?
むしろ、持ち上げさせるほうが、まだ健全だからな?
お前のやろうとしてるプレイは、社会に打ちのめされた三十路男性のためのプレイだからな?
「アンタ、アタシを舐めてねぇか?」
「私が舐めるのは、我が子の小五郎ちゃんだけよ」
俺の知ってる親子愛じゃない。やっぱりバブバブママだろ、お前。赤ちゃんプレイやりたいだけの変態だろ。
「アタシの強さ教えてやんよ。立てや、佐々木」
「え、な、ななな、なんですか?」
やめたげてよぉ!
陰キャをイジメないであげて!
「今から一撃でコイツを沈める」
「熊ノ郷? ダメだぞ?」
「おら、手を後ろで組んで、足を開け。絶対閉じんなよ」
「ホントにダメだって、やめろ」
そんなんで強さ測れねぇから!
お前の強さに関係なく一撃だから!
「足開けつってんだろ、びびってんじゃねえぞ。玉金ついてんのか」
ついてるから嫌がってるんだよ、やめてやれよ。
ガチで不登校になるから、本当にやめてあげて。彼は真面目な良い子なんです。
「一撃で倒すぐらい私だってできるわ、佐々木君、足を開いて」
いや、お前は止める側だろ。
学級委員長がクラスメイトを戦闘力測定機にするなって。
「たす、たすけて!」
恐怖が限界に達したのか、食べかけの弁当をそのままに、一目散に逃げる佐々木。
なんかごめんな? 毎回毎回、食事を台無しにされて。
それを軽蔑するような眼差しで見送る熊ノ郷。
「ダッサ……」
いや、いわれのない中傷だと思うぞ。
「情けないわね……」
いや、委員長。彼の逃走は賢明な判断だと思うぞ。
まあでも、この茶番のおかげで、一触即発の空気感は緩和されたようだ。
ありがとう佐々木。これもご褒美だと思って強く生きろよ!
「はぁ、なんか白けたな。委員長、見逃してやるからあっち行けよ」
予想通り、俺の分の弁当を用意してきた熊ノ郷。
楓の弁当ないし、ありがたいんだけどさ、申し訳なさが先にくるよ。
「あっちに行くのは貴女のほうよ。小五郎ちゃんの離乳食は私が用意してるわ」
マジかよ、お前も弁当……今、離乳食って言った?
「あの、さすがに離乳食は……」
「あらあら小五郎ちゃんったら。まだ母乳が……」
「脱ぐなっての!」
お前な、他の男子生徒もいるんだぞ。いや、二人っきりでも勘弁してほしいけど。
「悪いけど、固形物を食べたいんだよ。気持ちだけ受け取るよ、委員長」
「意思表示ができて偉いでちゅねぇ」
こ、こんなところで頬ずりするなって。
さっきから皆が見てるんだよ。朝から委員長らしからぬ言動が続いてるから。
「やめてくれって、見せもんになりたくないだろ?」
「見せつけてるんでちゅよぉ。絶対にやめませんからねぇ?」
「なんで? 納得のいく説明をしろ! 委員長!」
「……ママって呼ばないからよ」
冷たい声で言い放ち、頬ずりからキスに切り替える。
手数が凄い! 手数っていうか口数? ともかく凄い。
コンマ数秒の短いキスを、俺の頬に連打してくる。あの、ここ教室……。
うわぁ、めっちゃ見られてる。赤面しながら見てる子もいるよ。
羨ましそうにする男子や、ドン引きする男子もいる。肖像権を知らないのか、スマホを向けている不届き物もいるぞ。ふざけんなよ、SNSに流したらお前の人生……。
「小五郎? 菫ちゃん? 何してるのかな? かな?」
委員長の蛮行を見るに見かねて、楓がやってきた。
楓って呼びたくないよ、般若って呼びたいよ。
俺、昼休みが嫌いになりそうだよ。っていうか呪い解けた後の、コイツらの学園生活どうなるんだよ。本当に申し訳ない。悪いのは黒川先輩だ。
「この子がママって呼んでくれないのよ」
それが正常なんですよ。同級生をママ呼びは、下手したら卒業までイジられる案件なんですよ。最悪の場合、イジメられる案件なんですよ。
「い、委員長」
「ママ」
「……ママ、えっとね、ママのことを好きな男子もいると思うから、こういうことしたら、僕がイジメられちゃうの」
なんだよ、この羞恥プレイ。
穴があったら入りてぇ……掘ってでも入りてぇ……。
「大丈夫よ、小五郎ちゃん。小五郎ちゃんをイジメる子は、玉逃がしの刑だから」
「何? 玉逃がしって」
「こう指で輪っかを作ってね、そこに無理矢理タマタマを通すの。そうするとタマタマが一時的に変形して……」
「聞きたくない聞きたくない」
やめろ、想像しただけで痛くなってくるから。
なんでそんなエゲつない拷問を思いつくんだよ。お前絶対に、法に携わる仕事に就くなよ。
「ねぇ? いつまでイチャイチャするの? 幼馴染を無視して、エッチな話をして楽しいの? 私の心を傷つけて、楽しいの?」
してません、エッチな話など。
「私のファーストキス奪ったくせに! おはようのチューしてきたくせに!」
マジでやめて、本当に。
お前らのやってることは、外堀埋めじゃないんだよ。本丸爆破なんだよ。
「なあ坂本? 本当なのか? アタシを差し置いてキスしたのか?」
「あの、すぐに泣きそうになるのやめてください」
人の罪悪感を煽らないでくれ。俺一ミリも悪くないのに、申し訳なくなるんだよ。
「一生懸命お弁当作ったのにさ、結局アタシなんて眼中になかったんだな。はは、アタシはとんだピエロだよ。じゃあもう、とことんピエロになるしかないな。あのさ、ピエロって儚い存在なんだぜ? 盛り上げるために、自分の尊厳を傷つけてさ、それでも笑顔のために体を張り続けるんだ。ショーが終わった後、観客の心に残るのは、空中ブランコとかそういう派手なヤツなんだけど、それをわかった上で道化を演じるんだ。よし、アタシも道化になってやるよ。学校で居場所を失ってでも、アンタらカップルの引き立て役になってやるよ。丁度ショックでお腹の調子も悪いしな? 派手にぶちまけてやるよ。お前らがおはようのチューをしてるところを想像しながら、全身全霊を腹に込めて……」
まずい! お昼時にテロが起きちまう! 違う意味で飯テロになっちまう!
「椛!」
「な、なんだよ」
「親愛のチュー!」
「んっ……」
よし、これで皆が救われた。
どうした皆の衆? なぜ静まり返ってるんだ?
バイオテロを阻止した英雄に、万雷の拍手を送りたまえよ。
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