【99KPV感謝】呪術師をフったらヤンデレハーレムの呪いをかけられました
シゲノゴローZZ
第1話 未知との遭遇
体が重くて、起き上がることができない。
平日、体が重いのはいつものことだ。俺に限らず、誰だってそうだろう。
でもな、そういう類のものじゃないんだ。気持ちの問題じゃないんだ。
物理的に重い。具体的に言うと、五十キログラム前後。体感だから正確にはわからないが、まさか百キログラムってこたぁないだろ。
覚醒するまでは、俗に言う金縛りだと思ったさ。初体験だから『おお、金縛りってこんな感じなんだ』と、ある種の感動を覚えたよ。
実際のところは、人力金縛りだったらしい。感動はどこへやら、恐怖を覚えたね。
「やっと起きたぁ。
やけにまったりとした喋り方をする彼女の名は〝
朝目覚めたら、異性の幼馴染が自分の上にまたがっていた。
ああ、最高のシチュエーションだよ。しかも、そこそこ可愛い系だぜ?
健全な男性なら、嫉妬で殺意を覚えるだろう。
だがな、俺と同じ立場に立てば恐怖を覚えるよ。
だってこの人、ここ数年ぐらい疎遠だったもの。
一緒に登校してたのって中学一年生の時が最後だよな? ってことは……ひい、ふう、みい……四年前か? 今が高校二年生だから、四年前で合ってるはずだ。
長らく一緒に登下校していないし、学校でも少し喋るぐらいだ。その少しのお喋りタイムさえ、年々減っていく始末。
そんな相手が家にあがりこんで、こんな起こし方するってさ、ホラーだぜ?
「最高の目覚めだよ」
友好度がピークの頃なら『重いぞ! 痩せろ!』と、ノンデリ畜生な軽口も叩けただろう。でも今は、とてもじゃないが無理だ。この状況なら尚更だよ。掛け布団ごと上に乗られてるから、普通のマウントポジション以上に抵抗できないもん。
「嬉しいこと言ってくれるねぇ。小五郎も大人になったんだねぇ、感心感心」
背筋がゾワっとしたね。
なんとかリングって現象あるじゃん? ほら、ションベンした後に、体がブルブル震えるヤツ。原理も正式名称も何もかもわからんけど、その現象みたいになったよ。
下品な話だがあの感覚、結構好きなんだよ。でもな、今回は嫌な感じだったね。
「ひ、柊木……? なんで頬ずりしてんだ?」
洗顔前の男に頬ずりできる衛生観念も気になるが、その行為自体が気になって仕方ない。普通ならば、柔らかさや匂いに興奮するのかもしれんが、そんなもん相手によりけりだっつーの!
「なんで苗字なの? なんで楓って呼んでくれないの? 幼馴染だよね? ねぇ?」
お、お前、流暢に喋れたのか。こんなシチュエーションで、幼馴染の新たな一面知りたくねぇ!
「楓、落ち着け。俺まだ顔洗ってないからさ、頬ずりしたら汚いぞ」
「汚くないよ、ほら」
んぶっ!?
えっ、今コイツ何した? なんかほっぺたが生温かかったんだが?
「小五郎も舐めていいよぉ?」
「は?」
舐める……舐める……バカにするって意味じゃなくて、ペロペロのほうだよな? 急に何を言ってんだ? っていうか……。
今コイツ〝小五郎も〟って言った?
「どーしたの? お目覚めのチューのほうがよかった? ダメだよぉ、まだそういう関係じゃないからぁ」
舐めとキスの序列おかしくねえか? 舐めるほうがハードル高いだろ。舐めていい関係のほうが、キスする関係より進んでると思うぞ。
恐怖心が強すぎて、逆に冷静になってきたな。とりあえず顔を洗いたい。
「楓、時間あるのか?」
「じ、時間? もしかして、デートのお誘い?」
登校前の空き時間に誘うヤツがいるかよ。するなら、いっそのことサボれよ。
どうしたんだよ、楓のヤツ。俺の知ってるお前は、少女漫画のキスシーンでゆでダコみてぇになるヤツだろ。いや、四年もあれば変わるだろうけど、ここまで急激な変化はせんだろ。別人とすり替わったと言ってくれたほうが、まだ信憑性あるわ。
「今から学校だろ? 早く起きて準備したいんだが、どいてくれねえか?」
「あー、ごめんごめん。こってりしてた」
「うっかりな。まあ、たしかに身長のわりには重いけどさ」
あっ……。
急に昔みたいな天然ボケかますから、俺も昔みたいなノンデリクソ野郎ムーブかましちまったよ。
「小五郎……」
や、やられる!
どうする? やられる前にやるか? 急なローリングで振り落として、上から布団被せてストンピングを……。
「よかったぁ! 昔の小五郎に戻ってくれたぁ!」
先手を取って仕留めようと画策していたんだが、どうやらズレていたらしい。驚くことに、コイツに殺意は無いようだ。
にしても、昔の俺か。お前こそ、昔に戻ってほしいんだが。
「でも女の子に対して『重い』は、ないよねぇ。ないよぉ」
いや、あるわ。殺意あるわ。処そうとしてるわ。
「えっとだな、あれだな、あれ」
「どれ?」
まずい、頭が真っ白だ。小学生時代に見たコイツのパンツより、真っ白だわ。むしろコイツのは、ちょっと黄ばみが……。
「言い訳していいわけ?」
どっちだ? このクソつまらんギャグは、昔に戻ったってことでいいのか?
「と、とりあえず準備させてくれよ。登校の道すがら、話そうぜ」
「いいけど……重いって言われたこと、忘れないよ? いいね?」
遅かれ早かれケジメをつけさせるという宣告と共に、部屋を出る楓。いや、楓と思わしき女。楓の体を借りた誰か。
忘れてくれ。引きずらないってのは、お前の数少ない長所の一つだろ。
「……顔、舐められたんだよな……?」
恐怖で泣きそうだよ。母親からお使い頼まれて、お釣りちょろまかしたのがバレた時より、よっぽど怖ぇよ。
「朝からなんなんだよ……もう……学校より疲れる……」
モテ期か? 神に願ったモテ期が、伝言ゲームみたいに歪んで叶えられたのか?
ん? 願い……モテ……。それって、昨日の……。
いや、まさかな。あれは狂人による狂言だ。因果関係はないはずだ。
そう、あれは昨日の放課後のこと。
人生で初めてラブレターを貰ったのだ。縦長の真っ白な封筒だから、果たし状だと思ったけど、正式なラブレターだった。
いや、達筆な上に文面が『放課後、礼法室にて待つ』だったから、実際に差出人に会うまで、果たし状の可能性を捨てきれなかったんだけどさ。
ともかく、正真正銘のラブレターだったよ。ガチムチのお兄さんが待ち受けてたなんてことはなく、女の子が待っていたさ。黒髪のロング。ウェーブがかかっているというより、ナチュラルな癖毛だったな。失礼な言い方をすれば、身だしなみが悪いという印象だ。
女性の容姿がどうであれ、ラブレター確定だ。望まぬバトルみたいな展開は、なんとか免れた。免れる以前に、そもそもなかったんだろうけど。
……嫌な予感が的中しているとすれば、マッチョマンからの果たし状のほうが、よほどマシだったな。マッチョマンは妖術なんて使わねえもん。
「あ、あの、えっと、その……お手紙をくださったのは、貴女でしょうか?」
童貞丸出しで事実確認をする俺。お相手によっては、百年の恋も冷めるだろう。
俺の声に反応して、ゆっくりと振り返る癖毛の女性。
「来てくれたんだね、小五郎君。嬉しい。貴方はやっぱり優しい人」
驚いたね。和風ホラーの化け物を彷彿とさせる前髪と目つきにも驚いたけど、俺が真に驚いたのは台詞だよ。
いきなり下の名前で呼んできたし、後半の台詞も恐ろしい。
初対面だというのに、俺のことを知っている感じを出してきて、本当に怖かった。今でも怖いよ。
「私は三年生の〝
(どこかで聞いたような……)
帰宅部の俺に三年生の知り合いなどいないが、そんな交友関係の狭い俺でも聞いたことがある名前だ。
「知ってると思うけど、呪術師の家系よ」
「呪術師……あっ!」
ここでようやく思い出した。
ここら一帯で古くから呪術師を営んでいる〝黒川家〟とかいう、明らかにヤバい一族。その息女がウチの高校にいるという噂を、遅まきながら思い出したのだ。
「残念だったわね。せっかくラブレターを貰ったと思ったら、学校一の嫌われ者が差出人だったなんて」
そう、家系自体も悪い噂が絶えないのだが、この高校に限っては、本人の悪い噂が学校全体に飛び交っている。
近づくと呪われ、精神を崩壊させられるだの、自傷行為に走るだの、犯罪に手を染めるだの。イジメと言っても過言ではない悪評だ。
……どの噂も真実だったのかもな。今にして思えば。
「根も葉もない噂は、どうでもいいです。初めてのラブレターも嬉しいですし、その相手が美人の先輩ってのも超嬉しいッス」
「嬉しい……? 美人……?」
非モテを極めた俺は舞い上がっていた。
唯一の幼馴染女子とも疎遠になって、異性関係に希望を持てずにいた。今は、疎遠問題が解消されたせいで絶望してるけど。
そんな中、美人な先輩から告白されたんだぜ? 髪型が不気味なだけで、整えりゃ絶対に美人だよ。今の髪型も、これはこれで魅力的だしな。
「小動物を殺して、黒魔術に使ってるって噂が流れてるのよ?」
「噂なんて、あることないこと言われるもんですよ。それとも、真実だって言うんですか?」
馬鹿馬鹿しい。見た目だけで勝手に流してるだろ、その噂。
そもそも呪術と黒魔術って、多分別もんだろ。
「私をイジメた野球部が、私の呪いによって、股間にピッチャー返しくらって入院したって噂よ?」
呪いは知らんけど、その珍プレーは聞いたことがある。
片方潰れて、彼女に捨てられたらしいな。
ウチの野球部イキっててウザいし、男として同情しなくもないが、いい気味だわ。
そもそも、片金になったから捨てられるって、元々愛なんてないだろ。
「ちょ、笑わせないでくださいよ。ただの間抜けが、言いがかりつけてるだけじゃないですか。因縁つけられた黒川先輩のほうが、百倍不幸ですよ」
スポーツ経験ろくにない俺が言うのもなんだけど、そいつはスポーツマンとして終わってるね。自分がイジメてる相手を言い訳に使うなんて。
「ありがとう。でも、それに関しては真実よ。小動物は完全な言いがかりだけど」
「真実? ピッチャー返しの呪いをかけたっていうんですか? あはは」
呪術師をよく知らんけど、多分そういうもんじゃないだろ。
予言したりとか、精霊? を降ろしたりとか、そんなんだろ?
「アイツ、私のことを『根暗ブス』呼ばわりしてきたのよ。だから、男として不幸になる呪いをかけてやったわ」
男として不幸ねぇ。まあ、生殖器失って、無様晒して、彼女に捨てられたって考えると、男として不幸だわな。
「同性として、可哀想だと思うでしょ? 私のこと、最低だって軽蔑するでしょ?」
「自業自得ですよ。女性にそんな暴言吐くヤツは、毎試合ピッチャー返しくらえばいいんですよ」
これに関しては百パーセント本音だ。呪い云々はさておいてな。
「やっぱり、小五郎君は良い男だよ」
「いやぁ、良い男だなんて」
我ながら腹立つな。ちょっと女の子に褒められたぐらいで舞い上がりやがって。
「勇気を出してよかった。ほら、心臓が凄いの。こんなの初めて」
そう言って、俺の手を自分の胸に押し付ける。
長身で細身だから貧乳だと思い込んでいたが、思いのほか大きかった。巨乳というほどではないが。
「ちょ、せん、先輩!」
童貞特有の取り乱しよう。
いや、高校生なんてこんなもんだよ。平然としてるヤツらがおかしいんだよ。
先輩の鼓動なんてわからなかったよ。俺のほうが心拍数高かっただろうから。
「小五郎君もドキドキしてる」
俺の手を胸に当てたまま、俺の胸に耳をピタっとくっつける。
え、何この状況。これで落ちない男いる?
清潔さを感じない髪型だが、普通に良い匂いだったよ。癖毛が酷いだけで、不潔なわけじゃないらしい。
「この状況で私を突き飛ばさないってことは、私のことを気持ち悪いと思っていない証拠よね?」
「言いませんでしたか? 美人だと」
メイクならまだしも、髪型変えるだけで美人になるの確定なんだぜ? 付き合わないヤツいる? いたわ、俺だわ。
「じゃあ、さっそくクソオヤジ……お父様に報告しにいきましょう」
聞き捨てならない暴言が飛び出た気もするが、訂正後も大概だ。
「ま、待ってくださいよ。早くないですか? その、お友達から……」
童貞特有……いや、童貞にしては冷静だわ。ここであえて距離置くって、上級者のテクニックよね。俺は、焦りから距離置いたんだけど。
「なんで? 二年後に結婚するんだから、早く挨拶しといたほうがいいでしょ? 夏休みの宿題を後回しにするタイプ? 苦労するわよ」
「け、けけけ、結婚?」
「ええ、一族的には婿養子にしろとかほざくでしょうけど、私がなんとかするから安心して」
いや、戸籍上の立ち位置とか、それ以前の問題なんですが。
「あまりにも急すぎますって。まずは普通の交際から……」
「ダメ。血判を押してもらう」
時代錯誤にもほどがあるわ。紙で指切っただけで悶絶する男に、血判は無理だ。
「婚前交渉も今日のうちに済ませるわ。済ませると言っても、一度きりじゃないから安心して。男子高校生が性欲を持て余してることぐらい理解してるわ」
ひょっとすると、俺はヤバい人に目をつけられたのかもしれない。
いや、独身ルート回避できるのは嬉しいけど、性急すぎんか? 性急の〝性〟の意味も変わってくるし。元の意味もよく知らんけど。
「貴方のご両親は、黒川家の差別派かしら? もしそうなら、説得しないといけないわね。呪いを使わずに納得していただけると助かるんだけど。ああ、助かるのはご両親ね。私はどっちでもいいの」
どうする? 二階だから、飛び降りても死にはしないと思うんだが。
などと、できもしない逃走を画策した。今にして思えば、するべきだった。
いや、この段階まで来た時点で手遅れなのかもしれんけどさ。
ああ、噂を真に受ける俗物だったら、ここまで話が進むことがなかっただろうに。
俺の予感が当たっている前提で話すが、この日の対応さえ間違ってなければ、楓がおかしくなることはなかった。すまねぇ……。
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