火のついた水神

仕事先に向かう馬車の中で揺られながら何気なく馬が走っている方の景色を眺めている時のことだった。

「なあ、おっさん、あんた初陣なんだってな、足引っ張るなよ」

「ちょっと、バルド、失礼でしょ、すみません、うちのバルドが・・・」

と、双子の姉のクラリスが弟をいさめる。

おっさんとは俺のことである。

男は30になっておっさんと言われてもキレたり落ち込んだりするものではない。

ここは一つ、大人の余裕というものを見せておかねばならないだろう。

「お気になさらないでください、それに私は初心者ですからね。失敗だってする可能性も大いにあります。邪魔にならないように極力努力しますが、迷惑でしたらいつでも言ってください。すぐにこの仕事を降りますので」

俺は年下相手に敬語が使えない人間ではない。

仕事先の先輩ならなおのこと、気を遣わなければならないのは初心者の方だというのは心得ている。

「何だよ、自信がねぇのか?」

「えぇ、正直言ってありません。内心、戦々恐々としてますよ」

と、バルドの質問に答えた俺に対して市杵島姫が「フフフ」と笑って言った。

「坊や、この男は頼りにならんかもしれんが、私が居ればゴブリンやオークの1万匹や十万匹など者の数ではないから心配はするでない」

「そんなこと言ってもよぉ、こんなヒラヒラした布を着てるおばさんなんかが本当に敵を倒せる力なんかあるのか?」

おい小僧、女神に向かっておばさん呼ばわりはやめろ。

この女神様は竜にも化けるんだぞ、逆鱗に触れたらどうする。

そうなったらこの馬車の中にいる全員はオダブツだと思え。

俺のそんな心配をよそに女神は余裕の表情を見せていった。

「坊や、見た目に囚われて本質を見抜けぬようではまだまだじゃな。そんな調子で突っ走っておったら大怪我をするぞえ」

「なんだよさっきから、子供扱いしやがって」

「よくある年寄りの警告じゃ、ありがたく心に留めておくが良い」

と、女神はバルドに対して最後まで余裕だった。

そして俺の方を見て言った。

「どうした、まさか私が子供相手に拳でも振り上げると思っておったのか?」

「ほんの少し、そう思ってしまいました」

「やれやれ、信仰の本質が分かっても、神の心までは見通せぬのよな、まぁ、神の心を覗き込もうとするような不敬な輩でなかったとここは安心しておこうかの」

「助かります」

そう言って俺はほっとしたがまたバルドは絡んで来た。

「何だよ、女相手にヘコヘコしやがって」

それを聴いた俺は流石に言っておかなければならんと思った。

「バルドさん、市杵島姫様は女ではありません。女神様なのです。そして私はその信徒、ですから頭を下げるのは当然のことなのですよ」

「神だからって、全部が全部、偉いわけじゃないだろ?邪神になったりする奴だっているじゃないか」

このバルドの発言に対して俺は感心した。

無鉄砲な子供かと思ったらしっかり自分の考えを持っていたからだ。

だから俺は真摯に答えた。

「確かにそうですが、だからと言って無碍にしたりぞんざいに扱ったりしていい訳ではありません、彼らだって心があります。あまりにもひどい言葉を投げかけたりすれば邪神にだってなってしまうかもしれないんです」

「それはまぁ、そうかもしれないけれどよぉ・・・」

「あなたのガンズロックだって大切な神でしょう?」

「えっ、別に、大切ってわけじゃないし、ただ戦場に出して適当に暴れさせれば勝てるから俺が使ってやってるだけで・・・」

その瞬間、馬車の中が怒気で凍りついた。

流石に俺だってこの言葉を訂正させようと思いましたよ。

だが少し遅かったようですね。

馬車の中の一つの神を除いて人間だけでなく他の神をも顔を青くしている。

俺といえばあまりのプレッシャーの強さに吐きそうになっていた。

更にその問題点が怒気を放っている神が誰なのか。

それが我らの市杵島姫命なのだから手に負えない。

それでもこの圧殺されそうなプレッシャーの中で動ける人物がいた。

バルドの双子の姉のクラリスである。

「本当にウチの馬鹿弟がすみません。でも違うんです。誤解しないでください。本当は弟はガンズロックのことをちゃんと大切に思ってるんです。ただうちの弟はシャイなので本当の気持ちをうまく表せないんです!」

「いや別に、俺はそんなんじゃ・・・」

「いいからあんたは黙ってなさい!」

この様子を見た市杵島姫は静かに怒気を僅かに収めて言った。

「まぁ、文化の違いもある。童らよ、すまなんだ、少し大人気ないことをした」

謝罪はなされたがまだ微妙に『圧』のようなものが残っている。

それは戦場で解放されようとしていた。

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