第9話 いざってときには技名を叫ぶ。ダサくてもOK

 


 突如現れた、おまけに自分の体より大きなハンマーを握る私を見て、ミカルと冒険者が驚愕にのけぞった。


「ええっ!?嬢ちゃん、まじか!」

「レナ、それ……!?」


 握ったハンマーを何度か振り回してみる。うん、いける。

 水晶をぶっ壊した時にも思ったけれど、ハンマーは時間が経てば経つほど私の魔力に馴染んでいるようだった。

 それにしても、ずっと思ってたんだけど。


「ねえミカル?」

「は、はい」


 切り替えの早いミカルは返事をしながらも迫ってくる魔物を魔法で消し炭にしていく。

 できる子だわ!


 私は思わずニヤリと笑った。


「【聖女の鉄槌】って、ちょっとかっこよくない?」


 実はあの武器庫でハンマーを手にした時から思っていた!


 ミカルはまだ迷っているみたいだったけれど、私としてはその判断を待ってはいられない。

 ハンマーだけじゃなくて体にも魔力を流していく。

 色々試してきた結果、攻撃魔法は無理だったけど、筋トレやランニングで体をいじめてたイメージの応用で、なんと身体強化魔法は大の得意だった。


 ……本当、つくづく聖女っぽくないよね。

 ダミアン殿下たちに落ちこぼれって言われるのも納得だ。


 全身に聖魔力がみなぎっているから、ちょっとやそっとの魔物の攻撃は一瞬で治癒される。

 初めて戦闘自体に加わることになって、気分が高揚してるのもあるかもしれない。

 もはや、やれる気しかしなかった。


 大きい魔物に向かって一気に走り始めた私に、周りの魔物が向かってくる!


「やっぱり、これからは聖女も戦う時代だよ……っとー!」


 四方から飛びかかってくる魔物に向かって、くるりと回転しながら遠心力を使ってハンマーを振り回す!


 イメージ的にはジャイアントスイングだ。

 前世のお兄ちゃんが『俺程度振り回さないでどうする!』とか言って最低2回転できるまで強要された時はふざけるなと思ったけど、まさかの異世界でその経験が役に立つ日が来るとは。


 大きなハンマーはそれだけで全ての魔物を消し飛ばした。


「ひゃあ!やっぱりこのハンマーめちゃくちゃ強い!」


 武器そのものの強さなのか、私が聖魔力を流しているからなのかは分からない。

 手応えもほとんどないほどの軽さで小さな魔物を倒せてしまう。

 まあそりゃあんなに大きなティモシーの魔力たっぷり水晶を一撃で割れるくらいだもんね……。


 遠くでは火柱が次々と上がっていた。

 ミカルが魔法をどんどん放っているのだ。


 増えるばかりだった小さな魔物の数が一気に減っていき、冒険者たちも余裕を取り戻していく。


 傷ついた者は魔物から離れた場所に退避して、まだ動ける者が彼らを庇う。ミカルが魔物を減らして、残ったやつらは冒険者でも相手にできていた。


 ──あとは、あいつだけ!


 大きい大きいと思っていたけれど、近づくと思った以上に大きい!

 人間何人分よ!?

 小さな山なのかと思うくらい。真上に見上げるほどの大きさだけれど、やるしかない。


 ふと、いつかのお兄ちゃんとの会話が脳裏に浮かぶ。



『いいか、いざってときには技名を叫ぶんだ。人間声を出すといつもより力が出る。あと気分がノッてなんか上手くいく』

『なにそれ』



 私はほぼ無意識で声を張り上げた。


「聖女ジャーーーーンプ!!!」


 宙に浮かぶと同時にハンマーを振り上げる。

 そのまま勢いに任せ魔物の脳天に向かって思い切り振り下ろした。


「ギャアアアアアァ!!!」


 魔物の断末魔が響きわたる。


「きゃあ!」


 さ、さすがに桁違いの大きさ、水晶を破壊した時のように反動で吹き飛ばされる!

 空中で体勢も整えることができない。

 どうしよう?

 とりえず怖いので、思わず目をギュッとつぶる。


「レナ!!」


 気がつけば、ふわりと甘い香りに包まれていた。今はそれに少しだけ砂の匂いも混じっている。

 そっと目を開ける。


「は、はあ、間に合った、よかった……!あ、あはは……!」


 目の前に唇をわなわなと震わせながら引き攣った笑いを浮かべるミカルがいた。

 人間は驚きすぎると笑いが出るものである。


 どうやら落ちてくる私をミカルが全身で受け止めてくれたらしい。

 一緒に地面に転がりながら、それでもぎゅっと抱きしめてくれていた。


「ミカル、ありがとう」

「本当に、あなたは……あは、あはは……聖女ジャンプって……」

「えっ!?」


 そういえば叫んだんだった!それに冷静に考えるとちょっとダサい。

 高揚が落ち着いてくると猛烈に恥ずかしい。

 けれど笑いの収まったミカルはそれ以上突っ込まずにいてくれた。


「……レナ、お疲れ様です」






 魔物は断末魔のあとすぐに絶命していたようで、大きな体は地に伏している。

 そのうちジュウジュウと音を立てながら溶け始めた。

 後に、大きな黒い水溜まりのようになっていく。


 それをミカルが炎の中級魔法で一気に燃やし、全てが消えていった。


 完全に魔物がいなくなったのを見届けて、ハンマーをネックレスの形に戻す。


 そんな私を見て、ミカルが慌てて私の肩を掴み、迫ってきた!


「そうですよ!レナ、なぜそれを持っているんですか!?」

「えっ!」


 このハンマー、まさか王宮の宝物武器庫から勝手にもらってきちゃったのバレてる!?


「そ、そ、それっ!ずっと武器庫に眠っていた神器ですよね!?誰にも持ち上げることができないという、伝説の……っ!」



 ……なんて?



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