はぐれていく 最終章

鈴木 優

はぐれていく 最終章

      はぐれていく

           最終章 東へ


『あ〜腰痛てー やっぱ、車で寝るのは無理だわ』 てか、うるさいと言う方が正しい位だ

 運転中の仮眠と違い、これが"宿泊?となると、ちょっと変わってくる それも幹線道路沿いの道の駅

 トラックやら何やら 常時行き来しているんだから仕方がないのは何となく分かっていたつもりではいたが、ここまでとは

 これでいて少々神経質らしい

 でもしょうがないよな〜 自分が選んだ"道"だから

 あれからニ、三日は地元のビジネスホテルなどを転々としていたのだが、やっぱり金銭的な問題が出てくる

 なんせ着のみ着のままで出てきているんだから

 多少の預金、今の財布の中身は十五万円ほど 行く宛なんて考えていなかった いい歳こいたオッさんが知り合いに泣きつくのも違うし、だからと言ってアパートなどを借りるとなると色々と面倒な事も出てくるだろう


 『面倒臭さ』と思いながらも、腹の中では 開放感?自由?に浸っている自分もいた

 元々が根無草 よく言えば自由人、殆どの人は思うだろう 明らかに前者だ いい加減な適当野郎なんだろう

 じゃなきゃーこうはならなかっただろう

 また"はぐれていく"

 

 それなりに夢もあったし、自分自身への期待もあった

 いつからなんだろう?

 気持ちは有るが、気力がついて来ない 踠き始め、考え、諦める イコール挫折してドカンみたいな

 

 持っているのは車と多少の金 後は目の前の真っ直ぐに続く道と器量甲斐性 普通?の奴等の生き方では得ないはずの知識とペシャリ

『ま〜何とかなんだろう』

 目の前には海 大きく深呼吸して右手の拳に力を込め、東へ向かう 

 助手席には親父が使っていた杖が語りかけている気がした

 『仕方ねー奴だ、でも優、負頑張れよ』あの言葉が蘇る 今は、御守りみたいなもんだ

『ヨッシャー行くか』

 

 北海道の東の町 まだ小さい頃叔父の家に暫くお世話になっていた事がある

 優しくてオシャレなイメージだった叔父さん 元気にしているだろうか?

 記憶を頼りに辿り着いた先には朽ち果てた木造のあばら家

『そりゃーそうだよなぁ』あれから五十年あまり 連れ合いを亡くし、子供は居たが疎遠状態

 たった一度の間違いを周りは許さなかったらしい

 日々の生活が困窮し、頼る人もいない

 そんな時、藁にも縋る思いで甘い言葉に誘われて、結果加担する形になったらしいとお袋から聴いた事がある 詳しくは語らなかった

 女房に先立たれ、周りからは孤立 自暴自棄になっていたんだと思う あの優しくてオシャレな叔父さん

 休みの日には動物園に連れて行ってくれた叔父さん

『今、何処でどうやって暮らし、元気にしているんだろうか』

 これ以上はやめとこう たとえ会えたとしてもお互いに気まずさしかないだろうから

 有る意味、俺も似たり寄ったりだしな〜

 

 地元には戻るつもりはない

 

 知り合いが居ない訳では無いが、もう何年も連絡はしていない それに不義理もある

 

 ニ、三日はビジネスホテルで過ごしたり、町外れにあるあの道の駅で過ごしていた 日中は町の様子を知る為? ま〜ぶらぶらして過ごす

『駄目だわこれじゃー こんな事してたんじゃ変われない』

 一念発起しなきゃ と思い、自分でもよくわからないがたまたま通った神社によってお参り 

『何やってんだろう俺?』"苦しい時の神頼み"

 この俺が 神さんだって迷惑だろう 適当野郎に五円で頼まれても 正直、『十円じゃないだろう?百円つーのも 千円札?千円は勘弁して下さい』

 こい言う場合は"ご縁がありますように"と言う思いでチャリ〜ン


 意を決して連絡『俺、優 久し振り 元気だった?』矢継ぎ早に喋りまくっていた と言うか、返答を聴くのが怖かったからだ 普通は『なんだコイツ、今頃になってよく連絡なんかよこしやがって』そう思われても仕方ないのだ

『ん?マーちゃん あんた元気にしてたの』意外だった

 そう、電話の相手は女性 彼女とは以前 震災の時に知り合った仕事関係の元請の方

 たまたま同郷で意気投合 空港へ迎えに行ったりするのが俺の役目 と言うか、率先していたの方が正しいかも

 キラキラしていて キャリーバッグを下げて降りてくる様は、まるで、売り出し中の"演歌歌手"のようだった オーラと言うか、ん〜街中ですれ違うと、二度見しちゃうようなあんな感じ?

 ようは"いい女"だった 

 それから約八年 お互いにいい歳になり、色々な経験、事をこなしてきた


 『本当、久し振りだねー』

 ファミレスで食事するオッさんとオバサン この空白だった時間 いったい何があったんだろう?彼女はあまり話したがらない だから俺も聴けなかった

 ただ一つ分かった事がある 彼女を変貌させたとてつもない苦労をしたんだなと言う事を

 "ミーちゃん いったい何があったの?"

 別にここでは無くてもいいんだけれど、土地勘も有るし

『この町で生きていこう』と考えたとしても、アパートを借りるにしても金は掛かる さてどうするか?車を手放して金をつくる ま〜合法的に考えるとそれが順当だろう 色々と考えながらいつもの"寝床"を出た

『車買取ます、高価買取』なんて看板をよく見るが はなっから信じちゃいない

 "そりゃ〜そうだわなぁ"向こうだって商売だし、安く買い叩いて高く売る 当たり前の事

 

 インターを出て目についた買取屋 目安を知る位ならいいと思って入った店 ツナギを着た兄ちゃん 愛想はいい感じ『いらっしゃいませ』適当に話を進め、いよいよ査定 ここからが本番 駆け引きの始まりなのだ

 確か、その時に名刺をもらった 名前は"山本"俺の"状態"を見て、即判断するとこなんざー ザ営業マン 『う〜ん結構できるん』だろう

『お待たせしている間、良かったらお使い下さい』すっと椅子を出してくれた

 展示している車をチラホラ眺めている間に時間を潰していた

 俺も以前"シノギ"として中古車屋をやっていた事もあり、自分の車の価値は、分かっていたつもりだ

 彼が査定している間、様子を伺っていると、丁寧かつ、慎重だ 思った以上 興味、価格を提示してくれた

 "即決"だった『この人なら』

 さて、そこからが問題だ 手放す事に躊躇は無いが足(車)が無くなると言う事は色々な不便が出てくる

 何処に何があって、先ずこの知らない町の土地柄?

 山本さんにその旨を伝え、『理解』してもらおう

『わかりました、先程提示させて頂いた金額から私が所有している車をお客様にお売りして、その差額をお客様にお渡しします』

 願ったり叶ったりとはこの事だ この町に来て、初対面 それも飛び込みの客に"神"に見えた

 後で分かった事だが、彼とは誕生日が一緒だった 人生で三人目 長い付き合いになりそうな気がした

 

『マーちゃんどうだい?あれから連絡無いし、どうしてるのかな〜って』ミーちゃんからの電話

 敢えて詳しい事情は伝えなかった と言うより言えなかった

 あの子とは、もう結構長い付き合いだが 俺の"いい頃"を見ているだけに知られたくなかった

『うん、何とかやってるよー こっちに住めるように進めてる』電話の向こうのミーちゃんは、喜んでいたように感じていたのか? 

 

 山本さんとは、アレから差額分の銭を受け取り、予算内通りの軽自動車を受け取った 軽とは言っても最近の物は実に性能、広さも充実とは迄もはいかないがチョロチョロするには十分である 正直、先入観や主観的に"所詮、軽は軽だろう"おばちゃんの車のイメージだったが、今の俺の立場や計画には仕方がないのはわかっているつもりだ

 『今の自分は違うんだよなぁー』

 そう言い聞かせている自分もいるのは確かだ

 平成の時代、一般の方々とは違う生活、自分の力だけではなく、"名前"で食っていた自分 勘違いしていた事をつくづく思い晒されていた

 第二章で語った少し短くなってしまった文章 実際、あまり思い出したく無いし、語れなかった事の方が多すぎて、見直した時、物足りないもどかしさを感じていた それだけの事

 

『ミーちゃん、車来たぜ〜』"新車"でドライブでもしながら飯でも食って、先ずはそれからだな

『マーちゃん あれからさ〜私』そこまで話すと彼女は口をつぐんでしまった 目から涙を流している 夕日に映るその顔は、俺が知っているミーちゃんとは程遠い感じに見えていた

 どれ位の時間が過ぎたんだろ?大事なものが、どんどん無くなり、離れていく 『生きていく術、金も』


 『マーちゃん、生きるってどんな意味があるんだろう』

 難しい事聞くな〜 悪い頭を必死にアップデートしながら頭の中の"引き出し"を必死に探した 

 『あ〜 生まれてきて良かったな〜って思う時が必ずあるよ その為に生きてんじゃねえの』

 なんか、昔観た映画?のセリフだったと思う 誰かに言われた事もあったような?

 ミーちゃんに伝えたつもりが多分、自分自身に言い聞かせていたんだと思う

 これから先、この町で生きて行こう あてなんか全く無い でも立ち止まっている訳にもいかない とにかく、踠きながらでも前に進もう ミーちゃんに会ってから、少しづつだが変わっていくような

『そうだよな〜性格は変えられないかもしれないけど、考え方はきっと変えられる』

 こっち側にいる"俺"が言っている

『優、頑張れ』の声も聞こえてきた気がした

 あの日の夕日は綺麗だった 一生忘れないだろう

 

 金と"足"はなんとか手に入れた 後は、住処!

 これが一番の問題

 敷金、礼金に権利金 後は前家賃 それに保証人

 よくわからんのもあるが、これらをクリアしないと始まらない 

 『衣食住だよなぁ〜』

 着のままだし、コンビニ弁当に住所不定だし

 いつもの"寝床"に戻り三日間考えた

『そうだよな〜役所に行ってみよう』

 生保(ナマホ生活保護)だ 

 ハローワークに行ってみて感じた事だが、需要と供給のバランスが全く違う『障害者雇用』とは言えども、雇用主側はやっぱり即戦力が欲しい 当たり前の事だ!

 土地柄、人口比率からしても明らかだ 

 そもそも相談窓口からして違う『これが現実』

 一応、登録して 一週間位してからまた行ってはみたが結果は思っていた通り『やっぱり生保(ナマホ)か〜』

 役所の様子を"探って"みる

 簡易的な仕切りが幾つかある 何人かの受給者?相談者?の顔が皆同じに見えていた ここでは、以前の地位や名声、ましてや武勇伝なんかなんの役にも立たないのだ わかっていたつもりではいたが、『現実、今』なのだと言う事を

 正直、"生保野郎"位に思っていた『生かされているだけ、 怠け者、不労者』

 恥ずかしかった、切なくなった、悲しくなった

 自分の置かれている立場が、ひしひしと思わされた 今迄、世間の風潮や見た目に流されていた 自分自身の考えや主観 "はぐれて"いくではなく逃げていた事を知った

 親との関係、家族への思い、平成時代、東京への思い 全てから逃げていた 変なプライドを捨てきれず、都合のいい居場所だけを選んできた 

 

 いつもの"住処"通りの音 違っていたのは、月が歪んで見えるのと感情だった

 

 週が明けた次の月曜日、少し緊張気味に役所の窓口へ向かっていた 

 昨夜、決して居心地が良いとは言えない"住処"で夜空を眺めながら考えた事を思い介してみる 

 相手は雛形通りの質問等をするだろうから自分なりに傾向と対策をシミュレーションしてみたが、結果は出てこなかった

 そりゃーそうだよなぁー こんな事初めてだし、そうなると親兄弟 時には、親戚などにも知られてしまうような事にもなる

 そう考えてしまって、憂鬱になっていく 中々の"狭き門"のような気がする

『他に方法は?』『誰かにヘルプかけた方がいいのか?』『でも時間が金が』そんな事を役所迄の四十分 ずーっと考えていた

『俺もついに落ちるとこまで落ちたか』と思う反面

『いやいや、これから始まるんだ 人生はまだ長い まだヤレる』そう自分にいい聞かせながら役所の門を叩いた

 担当が来るまでの間、三箇所に間じ切られた、一番右側に座っている年配の叔父さん 歳の頃は七十半ば位 脚が悪いらしく松葉杖を左手に持ち、右手で脚をずーっと摩っていた

 見た目は、こ綺麗にしているようだがシャツもズボンも結構着古している感じだった

『あ〜この叔父さん、昔は頑張っていたんだろうなあー』

 思わずハッとした その姿が将来の自分とダブって見えたからだ

 担当らしき人が言っている

『この書類に記入して下さい』

 その言葉には無駄がなく、事務的で淡々と言っているように聞こえた

 日々、どれ位の人達が相談に来るのだろうか? その全ての人にかける第一声がこれなんだろう

 "彼"は『仕事』をしているだけなんだ 俺はその中の一人に過ぎない

 現在の生活状況 身体の具合 何故この町なのか 所持金は等々

『解りました 三日後、再度来てみて下さい』

(三日後?来てみて下さい?)

 違和感と言う程の事では無いが何かしっくりこない

 先ず今日の所はこの辺で終わり 彼は"仕事"をしているのだ 多くの相談者が訪れる 俺は、その一人にすぎないのだから

『ちょっといいですか?』

 役所がなんか言っている

『あのー何故この町なんですか?それに、こう言う所に来る方には一見見えないようなのですが』

 はっ?見えないって何 来る方って?

 俺は着の身着のままで着てるし、現況も話してるジャン 

 薄汚れた格好で来いって事?それらしい格好の方がいいって事?それって何よ?冠婚葬祭に来てる訳じゃないんだし

『はい、他に持って無いんで』そう答えるしかなかった

 役所を出て暫くは思考が停止していた

 一服しながら缶コーヒーを飲んで一先ず落ち着いて考えてみたが解らない ただ気が付いた時にはタバコの廃が長くなっていたのを今でも鮮明に覚えている

 

 日本のセーフティネットに対して、つべこべ語るつもりは無いが、やっぱり狭き門なのは確かだ

 昭和二十五年に生活保護法なるものが制定されて、今日に至る迄の約七十年以上 一部分は改訂されたようだが、中身は殆ど変わっていない と言うより、ついてきていないと言う方が正しいのかもしれない

 AIが取り入れられるようになり、情報量もふんだんにある スマホ一つ有れば何でも出来てしまう この令和の時代に時代錯誤な話のような気がしている


 三日後、憂鬱なまま指定された時間に再訪してみたものの、窓口の様子は変わっちゃいない 衝立の真ん中に案内され"彼等"の出番を待つ

『ん?今日は二人』この間と様子が違う

 最初は、前回の復習みたいな感じで始まったが、一歩踏み入った感

 一通り終わりかけた時"役所"が言った

『あのーちょっとお伺いしますが、こちらに来る前にどちらかに相談してみた事ありますか?』

 相談出来る奴が居ないからここに来てるのに 何言ってんだコイツら?

『普通、支援団体、NPOなどに 時には、同行して頂くとかが大半なのですが』

 普通って何?そうしないと駄目なの?自分の事を話すのに何で?

 人それぞれ支援を必要な方々も居ると言う事 俺は一人で来た ただそれだけの事

 以前、かなり前の話しだが聞いた事があった その時は自分が当事者になるとは思ってもみなかった話し

 "生活保護を自給する迄には幾つものハードルがあり、中々簡単にはいかない 自給されたからと言って、それを足掛かりに復帰を目指すのはもっと難しい"と聞いた事があった

 そのハードルを今 自分が越えようとしている

 帰り際"役所"が何か言っている

『他に何か聞きたい事とか有れば 無ければ後日此方からご連絡させて頂きまして、改めて...』

 ここまでは聴こえていたが、後は"音"として耳に入って来るだけだった

 今迄、此処へ来て感じた違和感?レシピ通りの質疑応答?何の為に一人から二人?初めに感じていた違和感が、だんだんと変化していくのがわかった


 『ちょっといいですか、生活保護ってセーフティネットなんじゃないんかい?最後の砦なんじゃないのか?貴方達の立場も解る 仕事してんのも解る でも俺には死活問題なんだよ!』

 終わった

 

 ここに至る自分の今迄の行状を棚に上げて何を言っているのか 最もらしい言葉を並べてただ、グダついているだけだ 

 自分の悪い部分を曝け出してしまった

 そりゃーそうだよなぁー 向こうにしてみれば冷静に一人づつ対処しながら進めて行き、時には駆け引きめいた事を入れながら"探っていく"まんまとハマった感

 物事、決断を強いられる時は自分のテリトリーで進めるようにした方が最も有利だ

 今回は、少々勝手が違う なのに...

 通い慣れた道 いつもの"住処"に帰る途中、ミーちゃんからの着信があったのを思い出したが、返信はしなかった 今日行く事を伝えてはいたが...

 

 どれ位の時間が経ったんだろう 

 辺りは薄暗くなっていた タバコを吸いながら通りをただ黙って見ている

 最近少々の緊張と腰痛からか寝不足気味だったのもあるんだろう

 ん?電話 ミーちゃんからだ

『マーちゃん 今どうしてるの?カレー作ったからさー家来ない マーちゃんの事だからちゃんとご飯食べてないんでしょ 色々話しもしたいし』

 俺も話したい事は沢山あるが、 上手くいってから連絡するつもりだった 今の状態だと甘えてしまうし、負担になるのも嫌だった

『ミーちゃん有難う 俺は元気だから』

 全然元気じゃなかった

『マーちゃん強がってないで、たまには私の言う事聞いて!カレーも美味しくできたし 目玉焼きとウィンナーもトッピングしてあげるから お風呂だって入ってないんでしょ』

 完璧に見透かされていた

 そう言えば、彼女と食事する時はカレーばっかり食べていたような?トッピングまで

 薄暗くなった通りをミーちゃんの家へ向かう途中 夕日が沈んでいくのが見えた 俺はこの様子を後何回見る事になるんだろう

 

 ミーちゃんのアパートは市街地から少し離れた所にあり閑静な住宅街 2DKの一人住まい

 指定された場所に車を停めて部屋へと向かう

『いらっしゃ〜い』

 年齢の割に、小柄で若く見える でも俺が知っているミーちゃんとは違うような

 部屋の中には美味しそうなカレーの匂い 来る時間に合わせて温め直していてくれたんだろう 鍋には湯気がたっていた

『支度している間にお風呂入ってきたら 少し臭いよ それまでに用意しとくから』

 言われるままに取り敢えず風呂

 湯船に浸かるのは何日振りだろう?毎日"住処"に併設されたシャワーばかりだったので本当に久し振りだった

 浸かりながら眺めていると、ミーちゃんの生活感が見えたように思えた 棚にはキッチリまとめられたお風呂用品 水回りって結構性格が出るような

『マーちゃ〜ん 上がったらこれ使ってねー洗濯機の上に置いとくからー』バスタオルの事かァ〜

 ん?タオルは解る これはどう見てもパジャマ 少し長めの短パンにTシャツ これ、わざわざ買ってきてくれていた?

 マジか〜

 居間のテーブルにいい匂いのカレーとサラダ 氷の入った水

『さっ食べよー私もお腹空いたよー』ミーちゃんは、ニコニコ笑っている

『マーちゃん やっぱり少し痩せたみたいだねー ちゃんと眠れてる 私、もっと早くに呼びたかったんだけど マーちゃんそんなの嫌な人だし...』

 うわー気使われてるし

 そうだ!

 『ミーちゃん これってワザワザ用意してくれてたのパジャマ』

『サイズ大丈夫だったかなァ』正直でかかった

 ご飯を食べながらこれまでの事や役所での様子、これからどうしていくか色々と話した

 ミーちゃんが持っていたスプーンを置くと、徐に話し始めた

『マーちゃん 暫く決まるまで家に居てもいいんだよ 身体の事もあるし、正直心配なんだよねー』

 前回会った時も言おうとしていたが、その話を遮るようにしたのは俺の方だ

 ミーちゃんの気持ちは有り難いと思っているが、この子は"そう言うだろう"と分かっていたから余計に話の端をおった

 お互い、いい歳だし分別も弁えている だからこそいい距離感を保ちながらいた方が上手くいくような

 何より、今は考えられないし、負担をかけるのが嫌だった

 そりゃー色々と"楽"にはなるだろうけど

 手のいい紐状態になるんだよな〜

 そんな事になると、こっちに来た意味が無くなるし、今は一人がいい 世間体みたいな物も有るから

『ミーちゃん、有難う 取り敢えず頑張ってみるわ』

 ミーちゃんは少し俯いて俺の話を聞いていた

『ミーちゃん そろそろ帰るわ 今日は有難うね 特製ミーちゃんカレーも食べたし』

 ビックリしたような顔をしている

『えっ 帰っちゃうの?だって...パジャマも...』

『また来るから それにニ、三日の間にアパート決めないといけないんだ』

 今度"役所"から呼ばれる迄に住を定めておく必要があるからだ

 話を聞いた時、矛盾もあったが"資産を全て売却"と言う事の裏付け?俺の場合は車を売って得た資金でアパートを借りるのが前提らしい

『だからミーちゃん今日は帰るよ』

『だったら私も一緒に探してあげる だってマーちゃん土地勘も無いし、一人より二人の方が便利でしょ』

 確かに! 土地勘はない 利便性の事なんか考えていなかった 地元の人が居れば有利なのは明らかだ ミーちゃんが天使に見えた

『そうだよなー 明日とか用あんの?』

 首を大きく横に振りながらニコニコしている

 ミーちゃんは、何かを達成したかのように満足気な顔をしていた

 帰り際、ミーちゃんがオニギリを持たせてくれた

『朝食べて 明日待ってるからねェ〜』

 

 いつもの"住処"へ帰る路すがら、ミーちゃんの事を考えていた

 彼女は以前とは違うけど、何かが吹っ切れたのか それによって失った物も有ったんだと思う 少し寂しかったのかなァ 人恋しいとか

 彼女も"はぐれて"いたんだろう

 いつもの大通り 今夜は星が綺麗に見えていた

 

 次の日、新たな"住処"探しを始める 今度は心強い"相棒"もいる

『おはよう』

 昨夜とは少し違って見えるミーちゃん

『マーちゃんが帰ってから色々とググッてみたんだよねー』

 先ずは、コンビニで作戦会議

 ミーちゃんによると、繁華街より、最近この街は郊外に伸びているらしい 大学も少し離れた所にあり、そちら方面に集まって来ているらしい オマケに家賃もリーズナブルとの事 なんせ、家賃は規定の金額内に収めるのが前提 "生保(ナマホ))"はこの地域では家賃補助が3万円迄らしい

 正直、この金額内の物件なんかあるのか疑問だった

『先ず、ここから行ってみようよ』

 段取りがいい ミーちゃんはアレからピックアップしていた スマホの地図にマーキング迄している 画像まで

『やっぱりこの辺がいいの?』

 確かにマークの辺りには色々あって便利が良さそうだが、なんか... 

『ここって真ん中 ミーちゃんの家じゃないの?』

 ニヤニヤしている

『色々と絞り込んだら、この辺がヒットしたんだよねー それに歩いても行けるし』

 歩いても行ける?来れる?どっちなんだろう

 今日は外観と周りの利便性だけを下見 後日お気に入りを内見すると言う具合

 3軒目の下見が終わる頃には昼はとうに過ぎていた

『マーちゃん お腹空いたねー どうせだから景色のいい所で食べようか』

 そう言えば迎えに行った時、バックの他にもう一つ紙袋を抱えていた

 町外れの少し小高くなっている場所

『うわーこんな所があったんだ コリャー地元の人じゃないとわかんないわ』

 絶景だった 目の前には地球が丸い事がわかる位に広がる海と砂浜 

 改めて思う 海のある街にいるんだと

 今朝早めに起きワザワザ作ってくれた2人分の弁当を食べている ミーちゃんは時折振り向いて微笑んでいた

 不思議な幸福感、やすらぎを感じていた 


『ねーマーちゃん、2軒目に見たやつなんかいいんじゃない 広さも十分だし 家具や家電も付いてるらしいよ』

『あっあ〜』現実に戻った あのままだと理性が持たなかったかもしれん 危なかった

 不動産屋に連絡して、明日内見の申し入れをした

 

『マーちゃん やっぱりここ良いよねー』

 何故か小声で喋っている

 新品ではないが、主だった家電は揃っている

 聞けば、この辺は学生が多く退去時に処分、または譲ったりしていくのが結構あるらしい

 この部屋は、大家がそんな荷物を保管する場所に使っているらしい

 礼金と前家賃で6万円 金額は申し分ない 強いて言えば風呂が狭い事とキッチンが少々やれた感

 ま〜一人だし、贅沢は言ってられない それに時間もない

『マーちゃん いいんじゃない ウォシュレットも付いてるし、この広さでお風呂とトイレ別々なんて中々無いよ だって家電付きだよー』

 その通りだ 後はソファーにカーペットを揃えれば完璧だ

 何故かミーちゃんは浴槽の中に座ってニコニコしながらメモをとっていた 

『ここに決めます』

 不動産屋も感じがいい方だし

『今日契約するとして、最短で入居はいつ頃できますか?』

 もうあの"住処"からはおさらばだ 脚を伸ばして眠る事が出来る

『明後日位には鍵をお渡し出来ると思います』

 二人で顔を見回し、暗黙の了解

 さて契約って事は保証人つーものが必要になってくる どうしよう?

 不動産屋曰く、金は掛かるが保証会社なるものがあるらしい 昨今は色々な事情で利用者が増えてるとの事 高齢化も一つの要因らしい

 無事に契約を済ませ、明後日の入居の準備をするのだが、何を揃えていいもんやら...

『マーちゃん 一度家に帰って考えてみよう』彼女はとても優秀な"相棒"だ、それにとても落ち着いている

『マーちゃん 引っ越しってさー結構お金かかるんだよー だから備品は百均、家具はリサイクルショップでいいんじゃないかな〜』もっともなご意見!

『取り敢えず今晩は家に泊まって明日見に行ってみようよ』慣れない街を周って疲れたのもあるし、今日はお言葉に甘える事にした コンビニ弁当を食べながらメモを見ている

『何書いてあんの?』

 差し出した手のひらサイズのメモ帳には小さな文字がびっしり箇条書きされている

 そうかー 生活必需品、一人暮らしをするにあたって必要なものを書き出してあるんだー

 項目ごとに分け、わかりやすくメモしてある

 俺一人では到底思い付かないであろう事まで事細かく

 女性目線じゃないとわからなかった物まで全て オマケに予算の果てまで 正直恐れ入った

 ミーちゃんが張り切って明日の予定を話しているが、先が見えた安堵感からかどっと睡魔が襲って来ていた

『疲れたんでしょ こんなとこで寝たら風邪ひくよ』

 言われるままにベットに入る

 久し振りの布団 脚を伸ばして寝れる開放感からか、一気に落ちた

 夜中に目が覚め時計を見ると午前1時を少し周っていた

『えっ?いつの間にパジャマに着替えたっけ』

 着ていた服はハンガーにきちんとかけられている

 ってか、隣にはミーちゃん

『どうしたの?トイレ 喉渇いた』

 確かにセミダブルだし、ソファーは狭い だからって隣にって...

 今更抜け出すのも変だし、良からぬ妄想を抱かないように横を向いた ただミーちゃんの腕と細い脚が纏わりついていた

 その晩は理性との戦いで熟睡出来なかったのは言うまでもなく

 ただ早く朝が来るのを待った

『マーちゃんもう8時だよ ご飯食べてそろそろ支度しないと 今日は忙しくなるんだから』

 そうか〜昨夜の事もあり朝方迄眠れなかったんだよなァ

 ミーちゃんは何事もなかったようにテキパキと朝食の用意をしていた

 俺はと言うと、慣れない寝床と緊張で身体が痛い

『先ずさ〜リサイクルショップに行ってみようよ それから百均の順でね 後、細かい物はのちのち買うって事で』ミーちゃん なんでそんなに張り切ってんの?

 リサイクルショップに来るのは初めてだが中々のもんだった

 主だった家電は備えてあるので、ここでは掃除機やらボット電気で沸かすやつを買う予定

 確かに中古ではあるが全然いい感じ 使用感もなく綺麗にレストアされている

 俺はボットとオーブン ミーちゃんは掃除機と炊飯器 家具は隣の棟にあるらしいので後にした

 一通り決めた所で家具がある棟へ

『マーちゃん これなんかいいんじゃない』3人掛けのソファー L型にも変えられるらしい

 これだと、あの部屋に置いても違和感はないだろう でも値段が...

 ミーちゃんが何やら店員さんと話している 聞けば、色々買うから値段交渉をしているらしい しっかりしてると言うか、大胆 意外な一面だった

 ソファーは決まり 次はベット これが中々決まらない 腰の持病の事もあり慎重にはなるのだが、ここはリサイクルショップ 数に限りがある

『これはどう』ミーちゃんが選んだのはシングルの少し広いやつ 硬さはいい感じ 値段も手頃 側面にキズ有りとある

『ねーねー店員さん これって結構目立つよね〜 ソファーも買う事だし まだ色々買うからさー』

 ミーちゃんは此方を見て意味深なニヤニヤ

 店員さんの顔は半分引き攣っているように見えた

 後は適当な棚や雑貨を購入

 予定より大分安く揃える事が出来た 明日の午後には全て届くらしい

 それにしてもミーちゃん恐るべし 俺一人じゃーこうは行かなかったに違いない

 次の日、いよいよ鍵を受け取りに向かう

 荷物も午後には届く それまでに拭き掃除を済ませ、部屋の中を除菌と虫除け 水を入れて煙を出すらしい

 引っ越しと言えば蕎麦だが、近くにラーメン屋があったのでその辺は同じ麺と言う事で妥協した

 食事を終えてアパートに帰ると何やら騒がしい

 掃除をした時に窓が少し開いていたらしく虫除けの煙が出ていたらしい 近所の方が火事ではないかと通報寸前だったらしい 引っ越し早々人騒がせな話し 後に、ご挨拶を兼ねて謝罪したのは言うまでもない

 家具が入ると、一通り生活感が出てきた

『今日から新しい"住処"か〜』

 身を引き締めて、此処から新たに始めてみよう 一日も早くまともに生活出来るように

 居間は8畳有るんだけど、家具が入ると実際より少し狭い感じがしたが1人だと充分すぎる

 寝室にはベットとちょっとした机と本棚

 ミーちゃんは食器やリサイクルショップで買った小物を整理している 午後にはガス会社の方が来て立ち会いして完了

 全てが終わった頃には少し薄暗くなっていた

『お腹すいたねー』

 そう言えばバタバタして昼は食べていなかった

『近くに焼肉屋あるからさー引っ越し祝いしようか』

 そうだよなァー生保(ナマホ)になったら中々来れなくなるし、コンビニ弁当っつーのもなんか

 夕食をしながらまたメモをしている

『なんか必要な物ある?』

『マーちゃん 自炊するんでしょ?調味料とかラップとか細々した物未だ買ってないよ』

 全然考えてるなかった 流石女性目線

『こんな感じかな 全部百均でいいよね? 明日来る時 私揃えて来るから』

 ふっと思う ミーちゃんはどう思っているんだろう?

 暫く音信不通だった奴が突然現れてこの街に住む事を選んだ

 幾ら昔からの知り合いとは言え恋愛感情?があるとは言えない奴になんでここまで関わってくれているのか 確かに情が深い所が有るのはわかる 同情?情け?友情

 目の前にいるミーちゃん いつものようにニコニコしている

 

 引っ越しも無事終わり、部屋にも慣れてきた

 明日、役所に行きその旨を伝える予定だ

 目に見えない金も結構かかるもんだ 何もない所からだから仕方がないが

 食事や買い物などはミーちゃんが色々とやってくれているが、早々世話になるのも気が引ける

 幸い、調理をするのは苦にはならない方だしアレンジしながらやるのも中々楽しいもんだ

 ただ、スーパーに出掛けて買い出しをするのには中々抵抗があった

 カートを押しながらカゴに商品を入れていく 今迄一人では経験がない事だったからだ なので、買い物はミーちゃんが来た時に行くようにしていた 一人ではラーメン屋に入るのも中々なもんだった 本来は気が小さいのだと思う

 

 4日後役所に行き、車を処分してアパートを借り住所登録をした旨を話した

 "役所"が言っている

『わかりました 貴方の場合は緊急性があるとみなされていたので受給決定致しました 此方に署名 捺印をお願いします』

 長かった〜 この街に来てから約1ケ月間、車中泊を続けながら過ごして来た 色んな方に世話になりながら

 車屋の山本さん 今も付き合いがあり色々と相談に乗ってくれる仲間 ミーちゃんは言うまでもない

 人は一人では生きていけないと言う事をひしひしと実感している

 今やれる事、これからの人生 足掛かりとして一日も早く自立に向けて生きていく事を目標にしていく 

 ハローワークにも行ったが、需要と供給が伴わないのが実態

 仕事をしたいと思っても雇用する方は即戦力を優先する ましてや身障者 資格は色々あっても中々ハードルは高い 土地柄と言う事も有るのも確かだ

 仕事がしたい 普通に生活がしたい ただそれだけなのに

 時々思う

 "来年の今頃は何をしてるんだろう"

 "どうしてこの街だったんだろう"

 平成の頃、同じ事を考えた時がある 

 周りにはいつも"仲間"が居て、後ろ盾もあって"シノギ"もあった でも、気持ちの中はいつもピリピリしていて満たされてはいなかった

 初対面の人には手のひらを見せないようにし、子供達の行事には目立たないようにしていた

 いつか女房が娘から聞かれた事があるそうだ

『お母さん、お父さんてヤクザなの』

 いつかそんな日が来るのを女房は察していたようだ どう答えたのかは敢えて聞かなかったが と言うか聞けなかった

 平成の頃の事はあまり思い出したく無い 出来る事なら記憶から消したい位だ 人を傷つけ、不幸にして来たであろうあの頃

 俺みたいなやつには普通の暮らしがこんなにも難しいとは...

 

 月に一度はハローワークに出向き様子を伺っては見るが、相変わらず変化はないようだ

 よく見かけるのがやはり介護職 高齢化の表しだ

 自分も後十五年もすればお世話になる事になるだろう

 ナマホ自給者の方達は普段どうしているんだろう?勿論、日々病気と上手く付き合いながら生活しているのは当たり前なのだが、色々な噂を聴く

 日本の人口が1億2000万位 その内、1.8パーセント位に占めるのが自給者とされている その内の1割程度が不正自給らしい そんな奴等のせいで生保自給者は虐げられる事が有るのも事実

 以前、WHOが日本に対して自給率があまりに低く、貧困率が高いと言う勧告をした事があったらしい

 自分が窓口に行って感じた事だが所詮他人事、窓口払い、威圧的 あれじゃー年寄りは意気消沈してしまう 申請しても途中で諦めてしまう人も居るだろう言い回し でも現実に飯が食えないので我慢する 此処で上下関係が出来上がる

 自給が決まると2ケ月に一度は担当のケースワーカーが面談に来る ありきたりな質問をして帰る 中には、卒業したてで配属がたまたまここって奴になる これは最悪だ 何を聞いても答えられず

 『お聞きになった案件は一度持ち帰って』

 何を聞いてもこれの繰り返しと言う始末 無理もない 大学を出て、安定した公務員になったものの配属先が此処なんだから 専門性のかけらもない 何年か仕事をこなしていれば部署が変わり煩わしさから開放される

 俺の場合は既に5人変わっている 一年毎に変わるって?

 書類には『面談の結果現状は変わらず』この程度だろう 中には親身になって接してくれる方も居た 最初のケースワーカーさん この方には感謝しかない この方が居なかったら今の生活、俺はなかっただろう

 昨今、世界全体が未曾有の危機に晒され、命の危機、職を失った方々 皆んな頑張って生きている 普通の暮らしができるようになる事を祈るばかりだ

 

 日々気をつけていたつもりだがある日を境に腰に違和感 日に日に痛みが激しくなってきている 特別な事をした覚えはないが?

 かかりつけの医師にその旨を伝えると

 『診断書を書いておくので精密検査を受けて下さい』との事

 後日、大きな病院で検査をした結果、脊柱管狭窄症との事 背骨が変形して神経を圧迫し、痛みや痺れが出る 『やっぱりか〜』

 初めてではないので何となくわかってはいたものの、『また手術か』それは仕方ないが、以前とは状況が違う

 今は一人なのだ 入院中はいいが退院してからが問題

 リハビリや食生活 どうしたものか?

『考えても仕方ないし、やるっきゃねーか』

 敢えて誰にも知らせなかった 電話にも出なかった ミーちゃんからは何度も着信やメールがあった

 担当の医師の話だと一部骨折していたらしい 検査では見つけられず、開いてみて解ったらしい

 俺の背中にはボルトが2本とプレートが埋まっている オマケに股関節にも これが寒くなるとなんとも言えない痛みが出てくる コルセットは要着用 杖に関しては、変な見栄があった

 それでも、月に一度はハローワークに出向き様子を伺う

 両手、右脚、頭はまーまー普通に知恵はある こんなんでも何か出来る事が有ればと言う気持ちからだ

 つくづく思う、生保を足掛かりとして考え、普通の生活に戻れるように頑張って行こうと思っても中々難しい事 雇用する方は即戦力を選び、いざ仕事が見つかっても移動手段が制限されている

 本人にやる気があっても制限される事が上回っているのが現状だ "役所"に掛け合った所で『決まりですから』の一点張り 納得のいく説明を問いただしても『タクシー、バス』を使うように これだけ

 それでも昨今、例外が認められるケースがある 僻地で移動が中々難しい地域

 降雪地にはノンステップバスは運行されて無いんです 杖をついて、あの3段あるバスに乗り込むのは至難の業である タクシーを利用して領収書をもらい、それを提出してもつぎの支給日もしくは、1週間程かかる

 毎月のタクシー代が8千円程度 10万円の支給額から1割はでかい 大変な出費である

 資産価値のない軽自動車に任意保険が2千円程度 ガソリンを満タンにして4500円 数字に置き換えると一目瞭然な話だ 就職に向けても有利なはず それでも『決まりですから』なんじゃこりゃって感じ

 自給が決まるとそれに甘んじて慣れが出てくる

 毎月予約日に病院へ行き、普段は引きこもり状態 朝からテレビはつけっぱなし 会話をしないのが1週間続く 世間とはかけ離れた生活が続く 故に最後は孤独死 社会問題として取り上げられる事すらない

 役所の担当は『大丈夫ですよ』ビックリする回答 奴等は"仕事"をしているだけの事 

 今迄、5人変わったが皆 専門性に欠けている 

 役所に就職して、最初の配属が生活援護課 無理もない これが生保の現状だ

 今は、無理をせずにタイミングを待つ 常に自立の道を模索している状態 身体を使うのが無理なら知恵を絞って考えてみる 時間だけは山程あるのだから

 常に希望を持ち、幾つになっても夢は捨てない事 思い続ける事が必要だと思う

 

 最近、よく夢を見る 思い出したく無いはずの若い時の夢を

 子供の頃に家族で行った海水浴とか、父親の背中にしがみついてバイクに乗っている夢、平成時代お世話になった人達の夢 家族、友人 夢の中では、不思議と皆んな笑っている

 そんな夢を周期的に見るようになった

 誰もが一度は思うであろう

『あの時こうしていたら、ああ言っていたら』

 若さ故に勢いだけで突っ走り、時には人を傷つけ、後悔をし、挫折、そして己の気量を知る事になる

『はぐれていく』

 

 世間は決して甘くは無いが、チャンスも同時に与えてくれる

 今迄の人生の中で関わってきた全ての人達に感謝している

 生きていく為の糧を教えてくれた人

 笑う事を教えてくれた人

 時には叱咤激励をしてくれた人

 一番は自分を産んでくれて、一生懸命育ててくれた両親

 今の自分と上手く付き合い、生きていく

 後悔をする前に 次は"はぐれて"行かないように

 

『マーちゃん カレー出来たよ今日のは少し辛口だからね』 テーブルには氷が多めに入った水とサラダ

 

 ミーちゃん本当は俺、カレーがそんなに好きなんじゃないんだよ 子供の頃、家族4人でテーブルを囲んで皆んが笑顔で食べているのを思い出すんだよ

 

 テーブルの向かいで頬杖をつきながらミーちゃんはニコニコ微笑んでいる

 彼女も色々な試練を乗り越えてきたんだろう

 

『ミーちゃん 今日のカレーは涙が出るほど辛いね』

 

               最終章 完



 

 

 

 

 

 

 


 

 

 


 

 

 

 


 


 

 



 


 

 

 

 





 



  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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はぐれていく 最終章 鈴木 優 @Katsumi1209

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