第13話 ダンジョン踏破!
中層のボスはキマイラだった。
顔と体がライオンで尻尾に蛇がいるアレだ。
高い敏捷性を持ち、尻尾の蛇が遠距離攻撃をしてくる。
ぶっちゃけボス部屋が広いこともあり、メデューサを含め下層で出会ったどのモンスターよりも厄介だった。
それでもどうにか高いステータスのゴリ押しとエリクサーを2本の消費で倒し切ることが出来たのだが、
「そりゃ、こんなのがいたんじゃ下層に到達できないわけだわ」
と納得できるくらいのやばさではあった。
キマイラを倒すと中層と下層両方への扉が開き、来る時は閉ざされていた宝箱が開く。
「おおっ! これは……!」
中に入っていたものを見て、俺は歓喜の声を上げた。
宝箱の中にあったのは、少しみすぼらしい腰掛けポーチだった。
が、俺は知っている。
これは上位冒険者の必須アイテム〈収納カバン〉である。
中が亜空間になっていて重さを感じずに物を持ち運べる所謂アレ。マジックバッグとか呼ばれることもある。
買うとかなり高いので、これは嬉しい報酬だ。
だが、
「……どうせならもう少し早く欲しかったなぁ」
どうしても、そうぼやかずにはいられなかった。
ここに来るまで、めっちゃ強そうだけどクソ重い大剣とか、バスケボールみたいなダイヤモンドとか、下層のレアドロップ品を持ち運べないのを理由に泣く泣く諦めて来たのだ。
一瞬回収に行きたい気持ちに駆られるが、そうなるとまたこのキマイラがリポップしてしまうのでグッと堪えた。
そうして俺はボスを突破し中層へと足を踏み入れた……のだが、
「……なんか、敵めっちゃ強くね?」
通常、中層は下の方まで行かなければトップでなくとも上級の冒険者なら安定して稼げるくらいの難易度だ。
だが、どこまで進んでも敵が普通に強い。
とはいえ下層のように黒風が無ければ死ぬかもしれない、と思わされる程ではなく、装備とステータスのゴリ押しで何とかなるので踏破自体は1週間もかからなかった。
全20階層だったので、1日3層のペースである。
敵が強かった理由は、俺が上層のボスだと思っていた相手を倒してから分かった。
「え……もしかして、1個ずつズレてた?」
上層の下部にはあの忌々しい大瀑布があり、どでかい滝音はボスを倒して中層に抜けてもしばらく聞こえると言われている。
だが、どうにもそんなことはないのである。
考えられるとすれば、一つだけ。
「俺が下層だと思ってた場所が深層で、今踏破して来たのが下層……ってことか? なんか頭が混乱してきた……」
試しに上に進んでみると、出てくるモンスターの殆どを黒風無しで瞬殺することが出来た。
まさしく俺が想定していた中層の難易度である。
あまりに楽勝なのでたった3日で30層ある中層を一気に駆け抜けてしまった。
そして恐らく上層のボス部屋であろう場所に辿り着いた俺の耳には確かにドドド、と重たい滝音が響いて来た。
「どうやら、ズレて考えてたってので合ってたらしいな」
本当の上層のボス(オークキング)を宝剣の一振りで瞬殺しながら俺は呟く。
「そうなると俺がいたあの黒灰の降る世界はなんだったんだ……?」
魔帝シリーズと深秘の宝剣を手に入れた赤い光の層が深層だとするならば、あの世界はそれよりもさらに下、世間では名前すら付けられていない領域ということになる。
「いやまあ確かに、なんか明らかに人の侵入を拒むような隠され方はしてたけども」
隠し部屋と宝箱、モンスターハウスのギミックは今思い出してもいやらしいと思う。
「……そういえば、最初に一番下のところで彷徨ってる時、明らかにボス部屋っぽいのがあったような気が……」
特に最初の1層目は限界状態だったので気にする余裕もなかったが、ボス部屋の扉っぽいのを見た覚えがある。
中には魔王っぽい強そうな敵がいたが、その時は全然肉を落とすモンスターに出会わず腹が減っていたので、あいつ倒しても肉落とさなさそうだしいいか、と思ってスルーしたのだ。
「つまり、あれが深層のボス部屋で? けどボスを倒してもあの螺旋階段を見つけないとその下にはいけないと。やっぱり性格悪いなこのダンジョン」
というかよくよく考えるとあれが魔帝シリーズの魔帝だったんじゃなかろうか。
だとすると、セット装備入手の機会を自ら捨てたことになる。
いやまああの時は本当に余裕がなかったし、今手元に残っているエリクサーは3本だけ。
あれが深層のボスなら絶対強い上に遠距離攻撃マシマシで相性最悪だったし、挑まなくて正解だったとは思うが。
そんな風に歩いていると、いつの間にか俺はあの滝へと戻って来ていた。
「……あの日、こんなところに付いて来た自分が憎い」
落とされた瞬間の有原の顔が脳裏に浮かび、思わず拳に力が入る。
「まあいい。もう少しで復讐できるんだからな」
そうやって己を鼓舞しながら、俺はもう二度と落ちまいと、大穴から一番遠い壁際をゆっくりと歩く。
──そんな時だった。
「い、いやっ! 誰か……誰かああああああぁぁあああっ!」
と、どこからか女性の叫び声が聞こえて来た。
「……クソ!」
その悲痛な叫びに、目の前の大穴に落ちてからの苦痛が俺の中に蘇る。
気付けば、俺は駆け出していた。
「あれは……ゴブリン・スパイダーか?」
声の下通路の最奥には、至る所に巨大な蜘蛛の巣が張り巡らされていた。
その奥では叫び声を上げた女性をなぶるように、人よりもでかい蜘蛛が尾針を突き立てている。
ダンジョンのモンスターは基本的に人を殺す目的で襲いかかって来るが、中には例外もいる。
その一つがあの蜘蛛だ。
人間の、特に女性を好んで捕え、悲鳴を上げさせ更に人を巣へと誘い込む。
また捕らわれた女性は所謂苗床として蜘蛛に利用される場合がある。
創作と違って本物のゴブリンは女性に乱暴をしないのに、よっぽどゴブリンのような行動をする蜘蛛。
なので、見た目は全く似ていないのにゴブリン・スパイダーと呼ばれているのだ。
通常時は大した事がないが、巣に構えたゴブリン・スパイダーは上層のモンスターでも最強クラスだと言われている。
女性がいつ蜘蛛の魔の手に晒されるか分からないという極限状態で最強モンスターに挑まなくてはならないこの状況は、最悪以外の何ものでもない。
——尤も、今の俺には関係ないが。
「え……?」
俺は黒風で全ての巣を溶かしながら、一瞬にして蜘蛛の身体を一刀両断した。
女性に覆い被さっていた蜘蛛が光の粒子となって消える。
女性はあられもない姿で、何が起きたかわからず困惑している。
「あ、あの……! 大丈夫、ですか?」
俺はできるだけ爽やかな笑みを浮かべ、少しどもりながら声を掛けた。
独り言を除いて久々に声を出したので妙に掠れて低い声になってしまった。
だがまあ、命の恩人相手だ。そのくらいの事は目を瞑ってくれるだろう。
……と、思ったのだが、
「い、いやあああああああああああぁぁぁああああああっ! 来ないでっ!」
女性は俺を見た途端に悲鳴を上げ、蜘蛛の糸まみれなのも気にせずにその場から走り去ってしまった。
「……うそん」
ショック過ぎて俺は言葉を失う。
そんなに俺の笑みは気持ち悪いのだろうか……
「あ、でもあの子の声甘い系でめっちゃ可愛かったな……」
もはや拒絶する叫び声を脳内変換して現実逃避をするほかに、自分を保つ術はなかった。
そんなこんなで最後に少し傷付きながらも、俺は1日かからずに上層を踏破し、遂に地上へと戻って来た。
「ようやく、辿り着いた……!」
恐る恐る外に出ると、辺りはもう夜だった。
でもダンジョンの中と違って空気が美味しい。
汚れた東京の空気ですら物凄く新鮮に思えて、思わず泣きそうになる。
欲を言えば暖かい太陽の日差しを浴びたかったが、それは明日までお預けだ。
もういつでも好きなだけ日向ぼっこが出来るのだから。
「帰ったら母さんたち驚くかな?」
なんて思いながら、ゆっくりと地上を踏みしめる。
すると、
「お、おい! 君!」
驚いた様子で叫びながら、男が駆け寄って来る。
制服姿のダンジョン管理官だ。
「なんでしょうか?」
「なんでしょうか、じゃないよ。そんな酷い格好で出てきて。さっきといい全く最近の若いのは……えっと、君名前は?」
管理官がタブレットを確認しながらそう尋ねてくる。
「えっと……古瀬伴治です」
普段は入る時に名前を書くだけで出る時は何も言われないのに……と訝しみながらも、国家権力に嘘を吐くわけにもいかないので、俺は正直に答えた。
すると、
「え……」
選りすぐりのエリートであるはずのダンジョン管理官が、呆然とした様子でタブレットを落とした。
ガダッと強い音を立てて、タブレットの背面が割れる。
「ちょ……大丈夫ですか!?」
俺は慌てて声を掛けるが、男には聞こえていない。
「ちょ、ちょっとそこで待っていなさい! 絶対に動かないように! いいね?」
管理官が血相を変えて事務所へと飛んで行く。
なんなんだろう……と思いながらなんとなく顔を上げると、目の前のビルの大型ビジョンに信じられないものが映っていた。
『今日で悲劇の高校生、古瀬伴治君が旧歌舞伎町ダンジョンの大瀑布に落ちてからちょうど一か月になります。遺族の方々からのコメントを受け、ツアーを主催した企業は責任を――』
そこにはでかでかと映し出されていたのは、引きつった笑みを浮かべたテンプレ陰キャの写真。
「え……俺?」
どうやら地上では、俺が思っている以上の大事になっているらしい。
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